第18話 イチャイチャを見ながら食べる飯はうまいか?

 宿舎に着き、部屋班ごとに移動し一旦荷物を置く。

 部屋の班が同じ東矢とうやが、くつろぐと俺の腹の虫が鳴りだした。


「……腹減ったなぁ」

「自分の彼女達に夢中で、満喫していないのか? いや、満喫はしているのか。俺は食べ過ぎてそんなに空いてない」


 空腹になるまで食べなかっただけで、満喫しているのか疑問に思われるのかよ。

 別に、香夜かやまゆに遠慮したわけではない。

 そりゃ、東矢の言う通り香夜と繭に夢中だったが、俺の理由はもっと単純明快なものだ。


勿体もったいないな。折角の豪華な夕食なのに」

「そうなのか? でも、ラーメン美味しかったしなぁ。つけ麵で美味だったぞ」


 俺が腹を空かせていることを知っているから、わざと言っているのだろう。

 ああ、認めるよ……話だけでも美味しそうじゃないか。

 だからこそ、俺はしおりを開きこの後食すディナーに期待したかった。


「そうだよ。ほら、しおりに書いてあるじゃないか」


 俺は東矢に読むことを促すも、明らかな反応は見られなかった。


「レストラン貸切にするのは凄いかもしれないけど、いい店なのかよ?」

「お前、下調べくらいしてこいよな。有名だぞ、ここ」


 説教するように俺は説明したが、俺も夕方時点で食べ歩きしようとしたところ、香夜に注意されて初めて知ったので、そこまで強い言葉を使わずに判ってもらうための努力をした。

 東矢が納得したのを見て満足したら、退屈を思い出した。


「時間に余裕あるし、手持ち無沙汰だから、ちょっと彷徨さまよってくる」

「おう」


 何の意味もなく部屋を出て、静かな場所を目指した。

 この宿舎、外観は閑静かんせいとしていて風情ふぜいが良かったが、中はモダンな空間が広がっており、徘徊はいかいしていると風光明媚ふうこうめいびな夕焼けの景色が拝めた。

 このフォトジェニックな情景こそ、彼女達と共有したいと思って、重いからという理由で香夜から預かっていたデジカメを取り出し記録した。


 シャッターが、俺の視覚を捉えた。

 しかし、時間は再び動き出さない……当然だ。これは表現ではないのだから。

 画廊に飾られた一枚の絵画をひっそりと持ち帰る……そんな泥棒みたいな感覚だった。

 この際、今日撮影したであろう写真を見返せば、たった一日でとても多くの思い出が記録されていることに気が付いた。

 それは、誰かの視覚を捉えたものだけではなく、それこそが、存在を示す表現だった。


 とても感慨深い気分に浸って、ゆっくりと部屋に戻る頃には、何故か誰もおらず、代わりにスマホが鳴り出した。

 香夜か繭を期待してみれば、東矢からであったことにしょんぼりとした。

 電話に出ると、ざわめくノイズと共に少し大きめの声が響いた。


『どこ行っているんだよ。その年で迷子とか笑えないぞ?』

「悪い。ありゃ、もう時間か」

『そうだよ。みんな既にバスに乗っているから急いで来い』

「マジか。俺待ちだったかぁ」


 随分と魅入られていたようだ。

 香夜や繭と一緒に過ごすときもそうだが、最近時間の進みがやけに速く感じるんだ。

 きっと、俺のリアルは充実しているのだろうね。

 だから、性急せいきゅうな行動にも欠伸あくびが出てきそうで、のんびり歩いていた。


『腹壊したのか? 暢気に歩くなよ』

「なんで判ったんだよ。宿舎内で迷っていたから、慎重にならないとまた迷うだろ?」

『屁理屈言うなよ。急がないと、お前の彼女さん達が寂しがるぞ』

「それは問題しかないな」


 せっかちな物言いを適当にあしらおうとしたら、無視できない事を言われて電話を切った。

 めるように足の動きが速くなり、披露を忘れていた。

 バスもまた自由に座って良かった筈だから、遅れてくれば残った席しか残っていない。

 これから向かう先のレストランまでは、そこまで距離があるわけでもなさそうだが、そんな取るに足らない事にまで気がいってしまうのは彼女の特別性を表わしているのだろうね。

 しかし、遅れてきた俺の事をクラスメイトの誰も非難することはなく、ざわめきと共に歓迎された。

 最後尾の椅子、その真ん中が空いていた。


「遅いですよ。早く座ってください!」

「寂しかったんだけど?」


 空席の両隣に座る香夜と繭が大袈裟にアピールし出した。

 続いて最前列に座っていた東矢が声をかけてくる。


「その二人が、どうせ遅れるなら、って席替え始めたんだけど、愛され過ぎじゃないか?」

「愛されてんだよ、ばーか。恥ずかしいこと言わないでくれ」


 東矢が煽ったせいで、バスの中という密室でみんなの視線に囲まれながらそこまで辿ることが辛い。

 何が恥ずかしいって、こんな下らないことに盛り上がれることが一番こそばゆい。

 つまり、これってさぁ……もう俺達の関係が誰から見ても羨ましいような形を築けているってことだろう? 

 堂々と誇ればいいのに、レストランに着くまでの間、何故かダメージを負った俺は繭に寄りかかられていた。


「疲れた。もう動けない」

「香夜と違って体力ないのは知っているけど、噓吐くなよ」

「むかっ、女の子を比較したらダメだって知らないの?」

「そうですよ、蓮くん。繭ちゃんは甘えたいだけなんですよ?」


 寂しかったと言うのは東矢の電話があったから揶揄ってきたのだと思っていたが、本心だったらしい。


「ごめんな。もう二人にはしないから、許してくれ」

「最初からそう言えばいいのに……」

「素直じゃないな、俺も繭も」


 俺は声を遮り繭の言いたいことに自分の言いたいこと上乗せして伝えた。

 やはり自覚があったのか、黙ってしまう。

 この瞬間の繭の顔を写真に残してみたいと考えた時、デジカメを返していないことを思いだした。

 ポケットから取り出して香夜へと渡すと、中身の写真を確認してくれた。

 香夜が目をパチパチとしながら数度見返し驚いていることから、俺の写真を見てくれたのが判る。


「どうだ?」

「良いですね。風景写真はこれだけですけど、撮り方も上手いです」

「意外な才能が見つかったかな。まあ、そこまで写真に興味はないけどな」

「私も見たい。見せて? ……へー、綺麗だね。私と同じくらい?」


 繭が俺に向けてニコッと笑顔を向けてくる。

 やっぱり元気じゃないか。


「そうだな。繭と同じくらい綺麗だから、つい撮影してしまったよ」

「冗談だったのに、キュンとくること言わないで……やっぱりもっと言って?」

「愛しいよ。構ってほしいと素直なところも全部含めて」


 今日の繭は終始幼い感じで甘えたがりだったと思う。

 寝不足になると起こる現象なのかわからないが、今の言葉は本心だ。

 繭が俺の肩に額を付けて照れている間に、香夜が話を戻した。


「明日は、一緒に撮りませんか? これを背景にして」

「残念ながら、明日は宿舎が変わるな」

「まったく同じでなくても良いじゃないですか。似たような場面に遭逢したらでいいんです」

「それも、そうだな……」

「大事なのは、三人の思い出にすることだもんね」

「繭ちゃんの言う通りです」


 先ほど言いたいことを遮られた仕返しなのか、ムキになったように繭が口を挟んで俺の本心を言ってしまった。

 ああ、それこそが思い出で、表現で、芸術だからな。

 重複する美しさもさることながら、共鳴する彩りが美しい。


 目的地に着くと、班ごとに座るようにだけは言われたので、誰にも邪魔されずそのまま彼女達と共にいれた。

 ビュッフェ形式だから、適度に選んで自分の分をテーブルに置いた。

 食べ始める前に三人の写真を残すのはもう恒例だったが、それに加えて香夜が料理単体を撮影していた。


「明るさ的に映えさせるのは難しそうですね」

「そこはデジカメで撮らないのか?」


 デジカメを返したはずなのに、態々スマホのカメラを使う事が、よくわからなくて疑問だった。


「あれ、言っていませんでしたか? Wi-Fi機能が付いてないSDカードなので、できません」

「そうか、ごめん」


 残念ながら、俺は香夜が何を言っているのかわからなかった。

 試しに自分のスマホで調べてみると、スマホに転送できないことを言いたかったのだと判った。

 ん? スマホに送ってどうするんだよ。

 しかし、元々知識があって俺よりも先に気付いたらしい繭が香夜に訊いた。


「香夜ちゃん、私達の写真ネットにアップロードしてないよね? 香夜ちゃんのSNSって少女漫画愛好会しか知らないんだけど……」

「してないですよ。ただ、こういう料理くらいはしようかな、とは思いましたけどね。さっき、蓮くんの撮った写真を見て、流行りのSNSを使ってみようかなとインストールしたので」


 度々、今までもスマホで撮るのを見ていたのでそこまで疑っていなかったが、俺の影響で今まで使っていなかったSNSにも手を出したのか。


「あ……ごめん。やっぱり節度は守っているよね」

「もー、疑っていたんですか? そうですよね。繭ちゃんの様々な写真が世に出回ったら大変ですもんね」

「そ、そうだよ。本当に気を付けてね?」

「もちろん、ファイル分けしてあるので安心してください」


 俺の訊きたい事は全て繭が代わりに訊いてくれたので、俺に注意する部分はなく、やっと食べ始められる。


「でも、よくこんなレストラン貸切にできたよなぁ」

「ニューヨークに行く代わりで、予算が浮いたって、香夜ちゃんが言っていたでしょ?」

「え、俺それ聞いてない」


 聞いてなかったけれど、二人の会話を想像すれば、グリーン車にしなかったことを掘り返すまゆが脳裏に過った。


「そうだった?」

「はい。その話をした時、蓮くんはいませんでしたよ」

「なんか、今日ずっと一緒にいた気がしたから、間違えちゃった」


 仕方ないな……今日の繭は幼げにしている方が似合っている。

 それなのに、追い打ちをかけるように香夜かやは疑問を弄した。


「バスで待っている間は寂しかったのに、変なのですね。妄想でいることになっていたとか、ですか?」

「別にそういうのじゃないよ。香夜ちゃんがいたから、そこまで気にしていなかっただけ」

「ふぅん、そうですか」


 最後まで疑う視線を向けながら、香夜は肉を食べていた。

 俺もそれにならって同じものを食べる。

 流石、有名店だけあって評判の肉は美味で、贅沢な気分になる。


「そんなに積んで注意されないんですか?」

「されなかったな。あまり食べ過ぎると、胃が荒れるのが怖いか」

「それ以前に、食べ放題のバイキングではないんですから、という意味ですよ。健康成就があるのに、そちらも心配するんですね」

「運勢は魔法じゃないからな」

「行動に移していないから、説得力に欠けると思うよ?」


 俺が調子に乗って肉類を沢山取ってくると、香夜に注意された。

 結局、繭が言い返せないことを繰り出したので、分け与えようと箸で肉を掴んだら、口を大きく開けて見せてきた。


「はい、あーん」

「あむっ……おいひぃ~!」

「繭ちゃん、口に含んだまま喋ると下品ですよ。食べさせもらうと一段と美味しくなるのは、わかりますけど」


 香夜は次に繭へ注意するも、アイスクリームの件を思い出したのか、納得してしまっているようだった。

 そんな彼女達を見ながら食べるディナーは、数段美味だった。

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