第16話 射止めちゃった糸めちゃかわいい

 髪の毛を切ってさっぱりした頭が、何故だか気になる。

 いつもよりかっこよく見せたいという思いから理容室にお願いしたプランが上手くいったことには幸いしたが、この感覚は何だろう。

 飲み物を取り出そうとして、リーチインに反射する自分の顔を見たからだろうか。


 修学旅行当日、朝早くから駆り出され、あまりいい気分はしなかったが、俺の彼女達と一日中一緒にいれる機会だし、楽しむ準備は出来上がっていた。

 それなのに、経由する副都心の駅構内で自由時間を迎えるとはなばなれになった。

 迷ったとかではなく、自分たちで離れたので愚痴ぐちる矛先も見つからず憂鬱ゆううつだ。

 一応手洗い等を済ませるための時間だが、一部の生徒は自由気ままに買いたいものを買っていた。

 俺達の班も同じく足りないものを調達しようと、俺が出向いた。


 構内は広くて多少彷徨ったが、楽に売店が見つかる。

 そこで、飲み物を買おうとレジに出した瞬間、横から少量のお菓子類が置かれた。

 そこにいたのはまゆだった。


「なんで付いてきたんだよ。待ってろって言っただろ」

「蓮くん、せっかちだな~。折角の旅行なんだから離れるのは束の間だとしても勿体ないよ!」

「それはわかるけどさ。てか、香夜を置いてきてるじゃないかよ」

「班員一人は残ってないとダメなんだから仕方ないでしょ。あ、カードでお願いします」

「はあ……彼氏としての面子が立たないだろうが」


 俺が財布を取り出す前に繭が支払ってしまった。

 繭の実家は、地元の名家らしく由緒ある家柄だったらしい。

 だから、お金に余裕があるのは知っているが、俺だって貧乏なわけではない。


「その分、向こうで奢ってくれればいいでしょ? 別にそう見栄を張ってほしいわけじゃないけどさ」

「見栄を張るというか、今のは俺が払って当然の場面だっただろう」

「そうかな。後から買い足したんだし、私だって子供じゃないよ?」

「繭は見ていないと心配になる程度には心配だぞ」

「十分レディーなので、それは聞いて嬉しくない台詞だよ」


 繭は不貞腐ふてくされて、腕を絡めてくる。

 認めたくないのに、甘えたいとは仕方ない奴だ。

 ここ一週間で、かなり感情をオープンにしてきた繭だが、隠したい感情もあるらしい。


「そうだな、お嬢様」

「てか、不毛だね。こうやって隣歩きたいから追ってきたのに、お金の話でもめたくない」

「そうだな。ところで、こっちの道で合っているのか?」

「わかんな~い!」


 繭がいじらしく綺麗にそろった歯を見せながらニッコリと笑って見せた。

 改めて服装を見ると、白いワンピースに銀髪はあまりにも似合い過ぎていた。


「やっぱり子供だよ。現地に着くまでにもう一度地図見直さなきゃいけないな」

「香夜ちゃんがいれば大丈夫だよ。それに、私あんまり方向強くないから」

「ああ、この状況を鑑みれば、方向音痴なのはわかるよ」

「ストレートに言わないでくれない!?」


 俺は近くの構内地図を見つけて、集合場所へと向かった。

 まさかの逆方向へ進んでいたようだ……迷宮かよ。

 慣れていないだけで、自分で迷子になるのは少々情けないと思った。


 案の定、集合場所へ戻ると膨れっ面の香夜かやが顔を見せた。

 休憩時間がとっくに過ぎていたが、俺達と同じように迷子になったのか体調不良者が出たのか、何人か欠けているのが判った。


「えっと、遅れた。ごめん」

「どうせ、繭ちゃんが引っ張っていたら迷子になってしまったんですよね?」

「何故分かったんだよ。鋭すぎだろ」

「当たっていたんですか。まあ、他のグループも似たようなものですから、おかしい事ではないですよ」


 女の勘というやつなのかと思ったら、状況分析からの予測だった。

 まあ、最後にトボトボと戻るような真似しなくて良かったと思うよ。

 俺は繭と行動していた訳だし、何をしていたのかとか質問される要因を増やしてしまう。


「そうよね。ほら、私おかしくはないって」

「誰も、繭をおかしいだなんてさげすんでないだろ。大体、子供みたいかどうかって繭が言い出したことだからな」

「嘘……あ、本当だ!」

「まあ、ゆっくり休めよ」

「悔しい。また自ら墓穴を……」

「大丈夫ですよ、繭ちゃん。そんなところも魅力ですから、伸ばしていきましょう」

「いや、伸ばしちゃダメだろ。ポンコツ化したら誰が面倒みるんだよ」


 ……と、言いつつ繭の生活力が高い事を知っているので冗談だ。

 数日前、俺の部屋を数時間で見違えるように綺麗に片してしまった。

 本人曰く、美容を考えるならそれは当然らしいので、繭が堕落だらくするのは想像しにくい。


「私は当然面倒みれますよ?」

「ああ、香夜はそういう奴だった。でも、本当に堕落していくのはやめてくれよ?」

「しないよ? 私だって真っ当に生きてきたんだから、甘えるべきところとそうでない時の分別くらいつくって」

「残り待ち時間はどちらですか?」

「蓮くんには十分くっ付いたから、香夜ちゃんに甘える時間!」


 繭は香夜に抱き着くとそのまま胸に顔を埋めていた。

 ピンクのもこもこカーディガンで包まれているのは、気持ちよさそうで俺も後でしてもらおうと思った。


 結局、迷子になった挙句外に出てゲームセンターに行っていた連中がいたらしい。

 バカなんじゃねぇの? と思ったが、その後惨めにも駅員に同行して来たためあわれみの視線が集まっていた。

 新幹線が出発するまで余裕があったから慢心していた本人たちだが、置いて行かれる恐怖から駅員に頼んで連絡を取ってもらったという。

 一歩間違えれば、自分たちもそんな風になってしまったのかと思うと恐ろしいと未だ香夜に頭をでられて介抱されている繭を見た。

 すると、急に顔を起き上がらせる。


「何か、とても冷たい視線を浴びた気がする」

「何言っているんですか。もう行きますよ。大きな荷物はまだ手持ちだそうですよ」

「夢中で先生の話聞いてなかった~。ありがとう、香夜ちゃん」


 香夜が再び説明したことにどうかと思ったが、繭は本当に聞いていなかったらしい。

 まあ、香夜がいれば何も問題はないのだろう。


「あ、身体から力が抜けている……」

「仕方ないな」


 繭が立ち上がるのもぎこちなくなっていたので、俺は繭の大きな荷物を手に持った。


「ごめん、ありがとう」

「介護されるようじゃ、何言われても文句言えないからな」

「言い方! もー、もう力入るから、荷物返して?」

「嫌だ。俺が持っていくからな」


 さっきは見栄を張れなかったのだから、少しくらいは彼氏らしい事をさせてほしいね。

 どうせなら、香夜の荷物も持ってあげたかったが、人間には限界が存在する。

 俺はそこまで筋肉がある方でもないし、繭のだけでも俺のより重かった。

 きっと、女の子の荷物はみんな重い、それを頑張って持っているのだから俺も負けていられないと思うのだ。


 新幹線に乗ると、基本学籍番号で割り振られていたが、席の交換は緩かった。

 指定席の車両ではなく自由席なのが大きいところだ。

 指定席にしか座った事なかったので、教室を何ら変わらず賑やかな光景が広がって少し苦笑いした。

 中にはグループ席を回して対面している奴らもいて、東矢がグループ席に誘ってきたが、当然彼女達がいるのだから断った。

 俺達は前方が壁、つまり車両最前列の三人席に横並びで座った。

 繭が窓側で、香夜が通路側で、俺が真ん中だ。

 俺は先ほど買ったビニール袋からペットボトルの飲み物を取り出し飲んだ。

 前方に備え付けられていたテーブルを下げて、飲み物置き場に置こうとするも、揺れたら落ちそうだったのでネットに入れた。

 その一連の行動を見ていた繭が怪訝けげんそうな顔になった。


「学校もケチだよね。グランクラスは求めないにしても、グリーン車くらい良いと思うけど」

「そう簡単に言うなよ。大勢がグリーン車に入ったら、外部の人が迷惑に思うだろ」

「それはそうだけど、なんかな~って」


 グリーン車もそこまで変わらないどころか、テーブルがスライド式なのでむしろ適しているとは言えない。

 単純に高さのあるペットボトルを買った俺が悪いし、不平を抱く部分でもない。

 繭もそれを自覚しているからか、別にどうでもいいけど……と、話を切り上げようとするが、丁度トンネルに入り窓に映った顔は納得していないようだった。

 金持ちの生活に慣れてしまうと感覚が狂ってしまうものかと考えたが、きっと俺に気を遣ったためのものだろう。


「俺の価値観では、別にこれで十分だけどな」

「それ以前に、繭ちゃんの考えは愚の骨頂ですよ。肘掛ひじかけが邪魔な席じゃないですか」

「あ、そっか。密着できないもんね」


 俺がなだめようと言葉をかけたが、更に一枚上手な香夜が気の利いた事を言って納得させた。

 どうしよう、香夜がイケメンすぎて俺の立場が危ういかもしれない。

 香夜はさっきまでスマホを弄っていたのだが、トンネルに入ってからは園外になってしまったのかかばんに仕舞って、代わりに何かを取り出した。


「これ、持ってきたんですけど遊びませんか?」


 手に持っていたそれはトランプだった。

 向こうの宿での時間は長いので、きっと就寝前の娯楽用に持ってきたのだろう。

 当然断る理由もない俺だったが、繭があからさまに違和感のある表情を浮かべた。


「どうしたんですか? 繭ちゃん」

「罰ゲーム無しならやる」

「あ、罰ゲーム忘れていましたね。何がいいでしょうか」

「無しならって言ったのに何で考えるの!?」


 またまゆが墓穴を掘ってしまったことにもだえていた。

 香夜かやは、その光景を滑稽こっけいに思ったのか笑っていた。


「冗談ですよ……ちゃんと最初からあるに決まっているじゃないですか」

「冗談なのは罰ゲームの有無にしてほしかったのに……」

「そんな勿体ないことできませんよ。蓮くんもいますしね。それに、運がものを言うゲームですよ?」

「つまり、生まれながらにして恵まれている私の勝率が高い?」

「平然と自慢するのは良くないですよ。勝ってから言うことです」


 ちゃんと恵まれている繭は遠慮なく誇った。

 いつもは動じない香夜もこれには苦笑を浮かべたが、次には打倒してやろうという気概きがいが感じられた。


「まあ、軽い罰ゲームなら良いんじゃないか」

「参加するって……香夜ちゃん、罰ゲームは何なの?」

「本当は勝った人に擽られるというのを考えていたんですけど……」

「地味にイヤな罰ゲームだった。勝者もあまり嬉しくないんじゃない?」

「私は楽しいと思いましたけど、繭ちゃんはそうでもないんですね」


 俺もくすぐられることにはそこまで耐性があるわけではないのだが、ここで反応したら弱点だと思われかねないので黙った。


「でも本当は、って前ぶりするんだから、変更したの?」

「はい。折角横並びですからね。勝者が蓮くんの膝を独占でいいでしょう」

「いやいや、俺が勝った時はどうするんだよ」

「じゃあ、私と席を入れ替えて二人の膝を提供します。繭ちゃんもそれでいいですか?」

「うん。罰ゲームがないなら、全然問題ないからね」


 香夜の案に、色々と言いたいことはあったけれど、勝ったらその時考えればいいと思い、俺は何も言わずに意義のないことを示した。

 擽られる可能性があるよりも全然良いし、膝を独占って座席の性質上、上に座るしかないから全体重に苛まれることもない。

 直接彼女達に言ったりしないが、体重が幾ら軽くても人間の全体重を乗せたら重いよ。

 女子高生を軽々しく持ち上げるなんてフィクションだ。


 そして始まったゲームはただのブラックジャック。

 他のトランプゲームはどれもこの座席ではしにくいことだったので、香夜が提案したのがこのゲームだった。

 俺達は、ローテーションでディーラーを回しながらチップの取り合いをした。


 結果から言えば圧倒的な大差で繭が勝利した。


「強すぎないか? 豪運ってやつ?」

「イカサマは、ないでしょうね。私が提案したことですし……」


 繭の次に持ちチップが多かった香夜も、初手より少ない。

 信じられないという顔で繭に質問を投げかけていた。


「繭ちゃん、ディーラーの時以外異様に強かったのですが、確率を計算したりしていたんですか?」

「本当に運が良かっただけだよ。攻めの姿勢で、バーストしなかっただけ」

「香夜は堅実なプレイだったよな」

「はい。私は計算していたつもりだったんですけど、やはりバーストが怖くて手が止まった瞬間が多かったですね」


 このゲームはストラテジーを考慮していれば、かなり有利になるゲーム。

 香夜のプレイングは良かったのだろうね。

 そして、比較的に俺はダメダメだったと振り返る。


「というか、蓮くんがバーストし過ぎなのはあるんじゃない?」

「繭が明らかに攻めてきて、弱腰にはなれなかったんだよ」

「蓮くんは、まんまと流されていましたね。中々勇気のいるヒットが多かったと思います」

「だから、逆にディーラーの時は上手くいったと思ったのになぁ。そこでブラックジャック出されたら終わりだろ」


 チップが少なくなっていき、ダブルダウンを狙っても逆転が難しそうになったので、俺がサレンダーした。

 一応香夜に勝つ気があるなら続けても良かったが、彼女もまた逆転の可能性がわずかで諦めてしまったようだ。

 堅実な打ち方だからこそ、確率で考えて負けを悟ってしまったのだろう。」


「仕方ないです。残り時間、蓮くんの膝を譲りましょう」

「やった! 香夜ちゃんに何かで勝つの久しぶり?」

「初めてなんじゃないか?」

「テストの点では一応勝ってるもん!」


 そう言いながら、俺の膝元に繭が座って占領した。

 流石に対面で抱き着いては来ないで、背中を預ける形になった。

 俺は手で包んだが、ただのじゃれ合いに見えるか心配だ。


「俺には負けているんじゃなかったけ?」

「うるさいなぁ。蓮くんだって今は負けたんだから黙って」

「お、おう」


 俺が寄りかかったまゆの頭を時々撫でていると、段々と反応が薄くなった。


「あれ?」

「繭ちゃん。すやすやですよ。写真撮っちゃいましょう」


 どうやら、俺の膝の上で眠ってしまったらしい。

 昨日から今日の修学旅行が楽しみだったのかな。

 写真を撮られても、起きる気配がなかったため、香夜かやがカーディガンを脱いで被せてくれた。

 その後で、撮った写真を香夜が俺に見せてくれた。

 俺の姿勢からして寝顔は見えなかったので助かる。

 その寝顔は純粋な可愛らしさをはらんでおり、やっぱり子供のようだと思わされた。

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