第15話 彼女の自然体は俺好みに染まってしまったようです

 翌日、香夜かやまゆに会いたいという思いが強くなり、クラスで一番早く登校してしまった。

 昨日の夜、香夜に電話して夜を遅くしてしまったので、来るのが遅いと判ってはいたけど、登校前に『早く会いたい』とメッセージを送り既読が付いたので淡い期待があった。

 繭の方は、元々今日の朝に顔を合わせる予定がある筈なのだが、来ない……。

 それどころか、彼女達よりも前に友人が来やがった。


「おはよう。今日は朝早いんだな。神代さん達は?」

「今日は同じベッドで寝ていないからな」

「話の過程を省略するなよ。……マジか、昨日は同じ屋根の下で一緒だったのかぁ」

「昨日は雨のせいで一緒に登校したから、隠す必要もないからな」


 あとは、噂を流して俺と彼女達が既にどれほど進んだ関係なのか勘違いしてほしい。

 恋愛強者でも、三人の純愛は予測不能だろうから、付き合い始めてからの短い期間で関係が深まることに納得せざるを得ない筈だ。


憂鬱ゆううつな顔しているけどよ。立派な自慢だぞ? それ」

「は? 自慢しているんだけど。東矢って案外鈍いのか?」

「性格悪くなったよな、お前」

「まあ、鈍いのは悪い事ばかりじゃない。東矢のことを好いている女子だって、いるかもしれない」

「一理あるな。てか、お前はこんな時でもポジティブ思考なんだな。いや、だからモテモテになったのか」


 モテモテかぁ……そっか、周囲からしたらそう見えるのかもしれないな。

 じゃあ、俺の想いって結構重い? 駄洒落になっちまったよ!!

 ああ、手のひらが寂しい……いつもなら、彼女達をお触りしている頃合いだからな。


「はぁ……」

れん? 自分の手のひらを見つめてため息なんてどうしたんだ。手相占いできるのか?」

「できねぇよ!」

「ちぇ、俺のモテ期でも占ってくれればいいのに」

「高校生活の間には彼女できるだろ」


 これは本心だ。

 東矢は顔も悪くないし、身体もひょろくない。

 こいつでもいいかもしれない、と思う女子はいると思うんだけどな。

 ……なんて言ったら、俺もすっかり恋愛強者面してしまうのか。


「適当言っただろ」

「言ってないぞ。告白をする勇気が残っているなら、普通は何回目かにできる」

「フラれる度に傷付くだろうが」

「運命はモテ期を運んでこないんだよ。自分から行動した時がモテ期だぞ」

「やべぇ、今日の蓮イケメンかよ」


 適当に名言っぽいこと言うと、東矢が俺を褒めてきた。

 いつもはイケメンじゃないとでも? 失礼な奴だ。

 ぞろぞろと教室が埋まる中、香夜かやがやってきた。


「蓮くん、おはようございます。それと……」

東矢とうやのことは気にするな」

「俺もイチャイチャを見たい訳じゃないから席戻る」


 香夜は、多分東矢の名前忘れていたんだろうな。

 可哀想に東矢……素敵な彼女ができるといいね!


「あれ、繭ちゃんまだ来ていないんですか? ……張り切り過ぎちゃったのかな」

「え、なんて?」

「何でもありません。ところで蓮くん。髪染めるなら、何色がいいと思いますか?」

随分ずいぶん唐突とうとつな話題だな。香夜は甘栗色あまぐりいろが似合うと思うぞ」


 当たり前に香夜の苗字を由来して思い浮かんだ案だが、きちんと他の色も考慮しての結論だ。

 以前から、似合う色があるとすれば甘栗色だと思っていたよ。

 今の茶髪も悪くないが、性格から考えてももう少し明るめの髪色が合う感じがした。


「ふふーん、さてはそんなに期待していないですね? ファイナルアンサーですか?」

「本当に元から思っていたことだぞ。ファイナルアンサーだ。何故クイズ番組みたいなことするんだよ」

「蓮くんの愛情を確かめました。まさかの即決に驚いただけですよ。近いうちに絶対魅了してあげますので、楽しみにしておいてください!」

「俺はもう香夜にメロメロだぞ?」

「これから来る繭ちゃんに目を奪われると思うので、先に宣告しておきたかっただけですよ」


 一体何の事だろうかと疑問に思っていると、クラスの喧騒と共に集まる視線があった。

 香夜の顔に釘付けになっていた俺も、その香夜が目線を促してくれば、見ざるを得なかった。

 唐突な話題だと思ってはいたが、香夜は匂わせていただけだった……お陰で、一瞬も見間違うことなく注目の的が一体誰なのか理解できた。


 教室に入ってきたのは、銀色に髪を染めたまゆの姿。

 俺の部屋にあったグラビア誌の表紙を意識していたのは覚えているけど、まさか、俺好みのお洒落しゃれを極めていた。

 そして、繭は俺の方へと一直線にやってきた。


「おはよう。どう、かな?」

「おはよう。教室じゃなかったら、抱きしめていたよ。天文学的な確率で似合っていると思う」


 繭は素で桁違けたちがいの美人だったので、更に美しさを身につけてくるとは思わなかった。


「天文学的な確率って、褒めすぎ。でも、嬉しい」

「すごく綺麗ですよ。教室じゃなかったら、キスしていました」


 俺よりも大胆な事を言うのは、対抗しているのだろうか。

 接吻せっぷんも女の子同士ならしやすい事なのかもしれない。


「香夜ちゃんは知っていた癖に、大袈裟おおげさなんだから」

「よし、1時限目サボろうぜ」


 俺は彼女達だけに聴こえる小声で囁いた。

 繭が目立つほど、独占したい欲に駆られてつい言葉にしてしまったんだ。


「ええっ、蓮くん本気? 今から学校出たら目立つよ?」

「学校内でいいだろ。、鍵あるか?」

「あー、悪知恵働くなぁ。オッケー、あるよ。そうしようか」


 大勢の目線が集まるが、しっかり俺の彼女であることを示すように繭の手を恋人繋ぎして見せた。

 そのまま教室を抜け出し、俺達は三人で授業をサボった。



◇◆◇



 俺が示した場所は図書準備室……香夜は知らないので、中へ入り鍵を閉めると不機嫌になってしまった。


「私はこの場所知らなかったんですけど、二人だけの秘密ですか?」

「話す機会がなかっただけで、隠そうとは思ってなかったの」


 繭が弁明をするも、香夜は話に興味がないのか繭の背後に回り、染めた髪の毛を手に取って触っていた。


「触り心地が前よりもいいですね。やっぱり手入れに時間がかかっていましたか」

「これからは三人だけの秘密ってことで許してくれないか?」

「つーん。もう秘密はダメなんですからね?」


 繭の髪の毛をほおこすりながら香夜はねた物言いをした。

 多分、繭の髪を触りたかったから適当に言っているだけだろう。

 内心これっぽちも反省できなかったが、秘密はもうない筈なので問題ない。


「ごめんなさい」

「それなら、もう許してあげます。今日の主役は私ではないので。髪の毛も堪能たんのうできましたし、蓮くんにも楽しんでほしいです」


 そういって、繭を俺の方へ押し出した。

 俺はまゆの肩を掴み、そのまま抱きしめて唇を重ねた。


「今日はいきなりなんだ」

香夜かやが先にキスすると思ったのに、しないからお先に頂いた」


 主役でないと自ら認めるのなら、今日くらいは香夜より一歩先を進んでいいよな。

 ……と、香夜も納得してくれると思ったのに、残念ながら叶わなかった。


「酷いですよ。じゃあ、私が蓮くんの唇を奪って繭ちゃんと間接キスです!」

「ここにいるから、直接すればいいよね!? 香夜ちゃん、絶対蓮くんとしたいだけだよね」

「いいえ、ちゃんと二人とも欲しいからこその選択ですよ」

「香夜ちゃんも好き~!」


 また香夜の言葉に繭がほだされていた。


 この後、沢山唇を重ね、沢山胸を揉んだ。

 特にいかがわしいことはしなかったが、夢中で2時限目までサボっていた。



◇◆◇



 荷物を置きっぱなしのためサボっているのは判り、校内放送で呼び出される可能性が生じたので3時限目からは真面目に出席した。

 繭の席は前の方向だから顔を見ることが叶わなかったが、時々垣間かいま見える顔に自然と目が惹きつけられた。


 時限間にある数分の休憩の時には、女子達に囲まれていたが、繭は自然体で笑っていた。

 前よりも素直な態度は、誰からの不評も湧かず、むしろ好評のようだ。

 女子達の「綺麗で羨ましい」といった羨望せんぼうの言葉に、全て彼氏の影響だと答えていたことで、とてもほこらしくなった。


 あっという間に昼休み休憩を迎えると、沢山の女子に囲まれて話しているまゆの姿を見た。

 香夜かやも以前とは違い、女子の群れに混ざりつつ繭を後ろから抱きしめてじゃれ合っていた。

 俺はその光景を他の男子と同様に眺めていたが、繭が俺の方へと向けて手を振ると、滅茶苦茶注目された。

 流石に恥ずかしくなった俺は、東矢とうやの元へと逃げた。


「なんで、今日は来ないんだよ」

「いや、来てほしくなさそうにしていただろうが。蓮、ツンデレは似合わないぞ」

「誰の真似だよ、気持ち悪いな」

「蓮の真似だよ。上手くね? ……って、なんで無言で席に戻ろうとするんだよ。悪かったって」

「余計な事言うなよな……」


 久しぶりの友人同士でのこういった会話も悪くはない。

 最近はいい思い出が多すぎた反動で、とても新鮮な空気を吸っている気分だ。


「でも、綺麗だよなぁ。素材が良いのは判ってるけど、あそこまで光るのか」

秘訣ひけつは愛情みたいだぞ」

「痛々しいけど、正解なのかもな。自分を見てくれる人がいるから頑張れるって感じか」

「繭の場合は、香夜も可愛いから競争心もあったりしそうだ。流石俺の彼女、ちょーかわいい」


 おっと、ついぞ思ったことをそのまま声に出してしまった。

 そうなんだよな……繭の姿は、俺を意識しての努力であり、嬉しくないわけがなかった。

 次はどんなグラビア誌をしのばせておけば、どんな影響がしょうずるのか実験したいくらいだよ。


「いきなり惚気のろけかよ。まあわかるぜ? 正直神代さん舐めてた」

「は? まゆをぺろぺろ舐めていいのは彼氏である俺だけだが? あとは彼女の香夜かやか」

「そんなベタな意味で言ってねーよ。でも、そうか……お前はそんな事もできるのか……羨ましいな」


 普通にツッコミを入れるなら香夜でも可である部分なので、本心からの気持ちであると察する。

 ふっ、東矢こそ思ったことが声に出ているね。

 仕方ないさ……無意識に声に出してしまうくらいの美しさであると考えれば、この反応は必至と言ってもいい。


「今の言葉は東矢自身が言ったんだからな。敗北宣言してみ? 見届けてやるから」

「お前……ガチで性格悪くなったなぁ」

「香夜と繭以外に好かれてもなぁ……同性に好かれるのはこっちからごめんだしな」

れんが修羅場になっても助けないからな」

「いらねぇよ」

「そういや、神代さん告白されていたな」

「ぶっふぉ……はあ?」


 さり気なく衝撃的な事を聞かされて、俺はお茶を吹き出しそうになってしまった。

 繭が昨日告白されていたなんて、初めて知った。


「だから神代さん昨日告白されていたって。放課後、海道かいどうに告白されているの見た」

「お前さあ、そういうのはもっと早く言えないのか?」

「俺悪くなくね? 神代さんから聞いているものだと思っていたよ」

「あ、それもそうか。ちょっと繭に訊いてみる」


 彼氏として、何をいてどういう事を言うのが正解なのだろうか、考えさせられる。

 俺は席を立ちあがり繭の席へと向かうと、香夜が繭に餌付えづけしていた。

 周囲の女子達が見て来るのは緊張したが、道を開けてくれて助かる。

 自分の席へ戻る女子も多くて、空気を読んでくれている。


「なんか、俺近づかなかった方が良かった?」

「気にすることないですよ。来てくれて嬉しいです。蓮くんも食べますか?」

「頂くよ」


 俺が香夜に肉団子を箸で掴み、差し出してきたので、口を開き食べた。

 すると周囲から黄色い声が上がったが、気にせずに柔らかくて美味しい歯ごたえを感じ取る。

 たとえ会話が聞こえなくても、行動は隠しようがないので自重しない。


「美味しいですか?」

「ああ、何度食べても香夜の料理は最高だ」


 なんで、いつまでも売店のパンを食しているんだって思わされるよ。

 今度からは俺も弁当作ろうかな。


「ふふっ、純粋に一人で作ったのはこれが初めてですよ。でも、繭ちゃんに劣っていなくて良かったです。これから毎日作ってあげますね」

「そこまでしなくていいよ。たまに俺から頼む」

「私も、頼まれれば作るよ?」

「わかった。そういう気分になったら繭にも頼む」


 彼女達が作ってくれるなら、断る理由はないし、遠慮もしたくない。


「蓮くんはそういう気分になるのが遅いですから、少し心配です。いつになったら私達を押し倒してくれるんでしょう」

「そういう事は、周りに人がいる状況で言う事か?」

「アピールですよ。こう場面で言った方が蓮くんも手を出しやすくなりそうですしね」


 香夜は、やんわりと笑いながら俺の顔を伺ってきた。

 相変わらずの狡さ、俺だって香夜には


「それで、蓮くんはどうしたの? 本当に我慢できなくなったとか?」

「あ、いいや違う。繭が昨日海道くんに告白されたという噂を聞いてな」


 軽口で言ってのけたが、内心少し複雑だった。

 すると、繭よりも先に香夜が目を見開いて反応した。


「そ、それは私も初耳なんですけど、事実ですか?」

「ごめん。普通に言い忘れていただけだよ。昨日は急いで帰ったのに呼び止められて苛立いらだっちゃって。ちゃんと断ったよ」


 単純な失念しつねんなら仕方ないか。

 香夜も知らないなら嘘ではないだろう。


「そうですか。あ、もう秘密はダメって言ったのに秘密があったので、マイナス一点ですね」

「何の点数だよ……繭がビビっているんだが」

「変なことはしませんから安心してください。少し色々撮影会をするだけです。蓮くんには刺激が強すぎると思うので見せることが写真でしかできないと思いますけどね」


 マイナスの点数というくらいだから、何点か詰まれれば何か罰ゲームでもするのかと思ったが、一点でもうアウトらしい。

 一体どんな撮影をするのだろうね。


「ひっ……ごめんなさい」

「まあ、繭が綺麗なのは仕方ないし、ちゃんと断ったんなら今回は不問に付していいんじゃないか」

「ふむふむ、それもそうですね。蓮くんの采配さいはいに感謝してください。お仕置きはなしです」

「やっぱりお仕置きだったのかよ」

「良かったぁ」


 何だかんだ俺が止めようとすると香夜はやめてくれる事が多い。

 聞き分けが良いからストレスかからないし、彼女は俺にとって特別なんだと思う。

 繭の件が判った以上、もう東矢の元に戻っても良かったのだが、そんな訳でギャラリーがいても居心地が良くて、昼休みは最後まで彼女達と一緒に過ごした。

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