第10話 女の子一人より二人の方が男子の家に泊まりやすい件

 放課後、二人と一緒に学校を出るのはめだってしまうため、駅前で集まることにした。

 栗野くりの神代かみしろさんが何処へ行こうと不思議ではないし、最もストーキングされない対処だ。

 当の二人は堂々と家に向えばいいと主張したが、心配であることを強調してなんとか丸め込むことに成功した。

 こうやって隠れて行動した方がドキドキするので、無理を押し通してしまった。

 実際の労力は二人にかかるので、放課後の別れ際には不満気な顔を見せてきたが、従ってくれて良かった。

 俺は一度家に帰り荷物を置いた後、駅におもむいた。

 そこでは、出会い頭に未だ仏頂面ぶっちょうづらの神代さんが文句を言ってくる。


「駅まで来たら、着替えたくなったんだけど……」

「寝巻以外にも持ってきたのか?」

「そういうのじゃないけどさ。むしろ……ああっ、そうじゃなくて。なんか落ち着かないだけ」

まゆちゃんは緊張しているんですよ」

「なるほどな。栗野もか?」


 神代さんと違い栗野は取り繕ったりしていないからすぐに判った。

 栗野自身が緊張しているから、神代さんの気持ちもわかりやすかったのだろう。


「えへへ、ばれちゃいましたか」


 ほおに手を当てながら堂々と照れた。

 どうやら、目をらしたり、顔を隠したりするのはもうやめたらしい……でも、しっかり照れ顔を見せてくれるのは、心の距離が縮まったように感じて気分が良かった。

 学校外で、制服の女子二人を見れば、悪い事しているみたいだ。

 まあ、俺も同じ高校生……若いから単なるじゃれ合いにしか見えないだろう。

 これが年取っていたら、通報などされていたのだろうか。

 今が青春しやすい時期ってことだろう。


「立ち話してたら駅で集まった理由ないよ。早く連れて行って」

「そうだな。荷物持つよ」

「ありがとうございます」


 家に荷物を置いていったため、どうせなら男らしい行動でもしてみようと思った。

 栗野は素直にお礼を言って俺に預けてくれる。

 対して、どうしても緊張が取れないのか押し付けてくるような奴がいた。


「まあ、安本やすもとくん手ぶらだし、そうよね」


 昼間の姿とのギャップが激しいな。

 れしいのはウェルカムだが、なんとなく揶揄からかいたくなる。


「ありがとうは?」

「ありがとうございますー! もっと優しくすべきだと思う」


 そして神代さんはノリがいい。

 俺は荷物を受け取って、持ってあげていることを見せつける。


「行動は見ての通り優しいと思うんだけどな」

「台詞とかみ合ってないから言ってるの」

「はいはい、ナーバスだったのを忘れていたよ」

「わかっていた癖に……」


 今日の学校では、淑女しゅくじょたらんとした態度だったのに、俺の前では感情的エモーショナルになっている神代かみしろさんを見て、からかってみたくなってしまった。

 二人が緊張しているのなら、尚更ムードは整えないといけない。

 だって……多分内心俺が一番緊張しているから。

 授業中も悩んでいたけど、いざ同級生の女子二人を泊めようと案内するなんて、普通のメンタルでは悶絶してしまう。

 打ち解けた二人であっても、緊張は最後までぬぐえなかった。


 住んでいるマンションまでは大丈夫だったのだが、エレベーターに乗ろうとして、出てきた夫婦を気にしてしまう。

 女性の方が微笑ましそうな目線を送ってきたのが辛かった。

 いかがわしいことをしようだなんて思っていないのに、そう思われたら嫌だな……みたいな妄想が脳裏に渦巻うずま挙動不審きょどうふしんになりそうになる。


「お邪魔します」

「……お邪魔します」

「洗面所はすぐ左。タオルは勝手に使っていいから」

「ちゃんとハンカチ持っているんだけど……」

「そんなつもりで言ったんじゃないぞ。神代さんがしっかりしているのは知っているから」

「そ、そう」


 扉を開けて二人を先に入れると、荷物を置いて俺も椅子に座った。

 最初に手を洗い終わった栗野くりのが部屋を見渡した。


「どうだ? 案外綺麗で驚いたのか?」

「はい。多分、私の部屋よりも整理されていますよ」

「それは私も同じく思った。でも、昨日急いで整理したんでしょ?」


 神代さんが、後からやぶからぼうに、でも正確に痛い所を突いてきた。

 ました顔が、凹ませる意志を内含ないがんしているわけではないと伝えてくるが、ストレートな物言いだったと思う。


「当然そうだ」

「開き直られると、困るんだけど……」

「細かい事で明らかな噓吐く方が信用できないだろ」

「まあ、うん。女の子を招くんだし、当然だよね……」


 神代さんは自分が悪いことを言ってしまったのかと困惑していた。

 自覚が無いのは緊張しているからなのだろうか。


「俺がだらしない方が良かったのかよ」

たまにはそんな姿見せてくれてもいいんじゃないかな、とは思ってる」

「十分見せてる……と思うんだけどな」

「そういえば、午後の授業で舟漕ふねこいでいましたね」

「え、そうだったの? 見たかった……」


 どうやら、午後の授業で眠たかったのを栗野に見られていたらしい。

 栗野の席は俺の席から右斜め前方向にあるので、意識しなければ見ることはできない筈なんだけど……神代さんも同じく前方で気付いていないのなら、無自覚にいびきをかいた訳でもなさそうだ。

 見られていた事に恥ずかしさを覚えたが、何食わぬ顔で神代さんに言及げんきゅうする。


「見たかったのかよ。酷いやつだな。あまりカッコ悪いところ見せたくないんだけど?」

「…………」

「いや、なんでそこで黙るんだよ」

「ううん、言おうとしたけど喉が詰まっちゃった」

「じゃあ、なんて言おうとしたんだ?」

「安本くんは褒めたらその分調子に乗るから、言いたくない」


 ぷいっと顔を逸らし、口を閉ざした。

 男子のだらしない一面を見て褒めるって言い得て妙でよくわからなくなってしまった。


「ほう、褒めるような内容だったのか。それは嬉しい限りだな」

「ツンデレですか?」

「教室ではクールだし、クーデレかもしれない」

「好き勝手言ってくれてさ……」


 ねた反応をよそに、俺は手洗いを済ませて戻ると、ベッドの上にカーディガンのボタンを外した神代さんの姿があった。

 栗野は横にちょこんと座っているだけなのに、二人とも堂々と私物化している気がする。


「おい、俺のベッドに寝転がるな」


 汚い……からではない。

 誘っているのか? と錯覚さっかくしてしまいそうになる。


「制服の同級生女子が自分のベッドで仰向あおむき、次は何をするの?」

「観察する」


 その瞬間、そっぽ向いて丸まってしまった。

 子供っぽい姿に笑ってしまう。


「私もまゆちゃんに便乗びんじょうしていいですか?」

「荒らすなよ。一応、そこは今日二人に貸すから、後で困るのは二人になる」

「そうなんですね。大きいベッドですけど……寝相ねぞうが悪いんですか?」

「別に。ただ、思った以上にこの物件の部屋が広かったから、寂しくないようにかな」

「え~、寂しかったの?」


 俺の言葉に、また元気になった神代かみしろさんが口端くちはしげて反応した。


「じゃあ、今日は寂しくないね。女の子二人にはさまれて眠れるよ?」

「え、どうしてそうなった? 俺は貸すって言っただろ」

「私も、三人で寝る気で来たんですけど……」


 栗野くりの……それ、神代さんも最初からそういう魂胆こんたんだったって白状ばらしているようなものだけど、いいのだろうか。

 まあ、神代さんがウキウキしているからいいか。


「嫌なの?」

「そんな訳ないだろ」

「ほら、変なところで躊躇ためらうの良くないよ。私の前じゃ素直なのに……」

「神代さんの前以外でも素直だろ」

「教室で、何か目立たないように振舞ふるまってない?」


 あまり自分の行動を気にしたことはないが、教室内の俺は地味だったのだろうか。

 確かに部活にも入っておらず、東矢くらいしか話し相手のいない俺は目立ってはいないか。

 意識したことないから、わかんねぇや。


「そう見えるか? 栗野」

「そう見えますよ」

「マジか……あれで自然体なんだけどな。むしろ、教室にいる神代さんの方が素直じゃないだろ」


 教室でいる間は、元々こんな感じではなかったけれど、今日なんかはまた様変わりしていたことを思い出す。


「……え? それって、さっき教室ではクールだったってやつ?」

「ああ。もしかして、自覚無いのか?」

「そんな……え、でも。香夜かやちゃんから見てどうだった?」

「私が正解を言える訳ではないと思いますけど、それを踏まえて繭ちゃんはクールって言われてましたよ」

「みんな、からかっているだけだと思っていたのに……イメージ崩れてたのね」


 何故か、神代かみしろさんは悲壮感ひそうかんかもした。

 ああ、まったくこいつは……どうして優柔不断ゆうじゅうふだんに悩んでいるのだろう。

 俺は、ダメだと思いつつ神代さんの顔の横に手をついて、おおかぶさった。

 押し倒しているように見えるが、俺が我慢すれば後で講釈こうしゃくれるだけでどうにでもなる。


「ちょッ……」

、覚悟は出来ていたよな?」

「それ、根に持っていたの? なんでこのタイミングで……」


 そんなムードではないこと、俺の方が判っている。

 でも、そんな事をしたいからではないのだ。

 横をチラッと見ると、口元を手で覆った栗野くりのの姿……ピュアだよな、栗野処女は。

 邪魔してくれないのなら、見ていてくれるだけでいい。


「お前を逃がさないためだ」

「そんなんで、女の子はキュンとしないよ」

「鏡の前で同じセリフが吐けたら立派だぞ」

「何それ……ヤダ」


 明らかに、神代さんはときめいていた。

 今までの神代さんなら、抵抗してきたんだよ……今まで胸を揉んでいる時の顔は、受け入れている反応を見せてくれた。

 だから、


「でも、神代さん……繭が想像している通りのことをしたい訳じゃない」

「なんで、名前で呼ぶの?」

「ちゃんと俺の話を聞いてほしいからだよ」

「逃げられないのに、徹底的てっていてき……」


 個人への服従は難しい。

 そんな事は当たり前だから、これまでだって大胆な行動には理性が働いていた。

 でも、ここは何処だ? 俺の家だ。

 別に、服従させたいからこうしているのではない。

 それでも、この状況シチュエーションでじゃないと伝えられない事があると思ったんだ。


「なあ、聞いてくれるか?」

「拒否権ないのに……聞くよ」

「なら遠慮なく……そんなにイメージが大切なのかな。俺には、時々繭まゆが無理をしているように感じる」

「そんなこと……か。期待していた事じゃなくて残念だけど、安本に私を知ってもらいたいから答えるよ」


 期待していたこととは何なのか、気になったが、今伝えたいことを優先しよう。

 神代さんは一呼吸して、答えてくれた。


「大切だよ。どう見られているか、そんな事でみんな態度を変えちゃうんだから」

「なあ、繭は学年一の美人って言われているけど、その呼称は大事か?」

「それは……大事だよ」


 だからこそ、そう呼ばれるのに相応ふさわしいいを心掛こころがけてきたのは知っている。

 けど、それは本心からの行動なのかな。

 もしそうなら、めがあますぎるだろう。


「嘘だな。そうなら、俺や栗野くりのといる繭は苦しいってことになるが、そうなのか?」

「そんな訳ないよ」

「なら、嘘だな。俺が見ていた繭は楽しそうだった。それは、ありのままだったからだろ?」

 もう判っているんだよ。

 でも、今までのことが葛藤を生んでいるんだろ? 楽になればいいのに、プライドか何かが邪魔をしているのだろうか。あるいは、どう言い返せばわからないのだろう……数秒、俺達は見つめ合うだけの無言が続いた。


「でも、そんなの……恥ずかしいよ」

「いっそ、イメージ崩せばいい。どんな繭でも、綺麗だって。誰もそう言わないなら、俺がそう言ってやるから、な?」


 俺は、そのまま胸を揉んだ。

 ずるいけど、あらがえないようにするにはこうする方がいいと思ったから。

 でも、繭は目を開けたまま俺の顔を見て、ちゃんと言葉も発することだって出来たんだ。

 


「キライ。調子に乗りすぎ」

「台無し……とは言わないんだな」

「だって、もう慣れてるし……」

「そうだな」


 俺は、手を離した……名残惜なごりおしいけど、止まらなくなる方が恐ろしい。


「なんで、やめちゃうの?」

「いや、もう納得しただろ?」

「してない。してないから……」


 納得してないから、続きをしてほしいと言いたいのだろうか。

 でも、しないよ……したいけど、いや、したいから、らしてやるんだ。

 だって、キライだなんて言いながら、すっきりした顔していたし、納得してくれたのは判る。

 丁度、俺の欲求を満たすだけなら簡単に叶うから。


栗野くりの、次はそっちいいか?」

「名前呼びで許可します」

香夜かや、いいか?」

「よくできました!」

「段々、香夜には上手いこと扱われているうように感じる」

「そんなことありませんよ。さっきまで、繭ちゃんにばかり構っていたので、私も欲張りたかっただけなんですから」


 それは、嫉妬しっと? なのかな。

 わからないけど、我慢できそうになかったまゆ牽制けんせいできていた。

 俺は、見上げる繭が立ち上がらないように抑えながら、香夜の胸を揉んだ。

 また感触が布の少なさを教えてくれる。


「そうだ。お泊りをしたかった理由、まだちゃんと聞いてない」


 胸を揉むのは続行しながら、話を切り出す。

 俺達の仲ではただのスキンシップであることを植え付けたいし、何を言われても続けよう。


「触りながら、その話するんですか?」

「いいだろ。イヤなら、やめるけど」

「イヤじゃないです。お泊りは、私と安本やすもとくん……もうれんくんって呼びますね。そのめを詳しく話したら、繭ちゃんが提案したんです」

「香夜ちゃんにその気があるなら、泊まれると思った」

「いきなり意味がわからなくなったな」


 俺は香夜から片手を離し、繭の方も揉み始める。

 まだ、繭の方は恥じらいを見せて来る……さっきのは押し倒した驚きがあったから、意識が弱かったらしい。


「その、一人で泊まろうとしても、親に説明するの大変でしょ?」

「そりゃあな」

「でも、香夜ちゃんと口裏合わせれば簡単だし、やす……蓮くんだって断れないと思ったから」

「違います。繭ちゃんが一人で泊まろうとしていたので、私もついてきたんです」


 繭もまた俺を名前呼びし始めた。

 二人の言い分は別に食い違っていないしそれはいいのだが、どの道ちょろいと思われていたのなら心外だ。


「どっちでもいいけどさ。つまり、どういうことだ?」

「泊まれそうだったから、泊まろうと思った」

「なんて傍迷惑はためいわくなんだ……」

「え、イヤだったの。ごめん」


 しゅんとした顔で、繭が謝ってきた。


「冗談だ。来てくれて嬉しいに決まってるだろ」

「もー、意地悪ですよ!」


 軽く香夜が俺の肩を叩いてきた。

 全く痛くないのでいいのだが、繭じゃなくてお前が反応するのか。


「なんだ、香夜も素直だな」

「違います。私もじゃれ合いたかっただけです」

「素直じゃないかよ。かわいいな」

「あ、また褒める。よくないよ、それ」


 繭がまた面倒くさいことを言い出した……本当は嬉しい癖して素直じゃない。


「普通、褒めたら喜ぶ方なんじゃないのか?」

「そうですよ。私は嬉しいのに、繭ちゃんは違うんですか?」

「違わないけど、ほどほどが大事だって言いたいの!」


 そして、まゆも俺のひざをポンポンっと叩いた。

 いっそ、足を退かせて胸を揉むのをやめて焦らしてやろうかと、思ったがやめた。

 もっといいやり方を思いついたからだ。


「照れるから……とか?」

「んー! もー!」

「当たりか。上下関係を弁えたらどうだ?」

「何言っても許されると思っているの? 確かに、今の体勢は蓮くんが上……」


 俺は適当に言ったつもりだったが、見下ろしているからその通りだった。

 自分で墓穴ぼけつったと気付いたのか、繭は黙りこくってしまった。


「なんだよ。意識して二の句が継げなくなってるぞ」

「もうヤダ。口開けば恥ずかしい思いするんだもん」

「そうだよな。なかよしするのはもう恥ずかしくないもんな」

「……うん」


 素直になった繭の顔は滅茶苦茶めちゃくちゃかわいかった……なんだ、この破壊力は!

 そのまま、数十分を過ごした。

 体力を使うことではないし、やろうとすれば一日中だってできることだろう……その場合、俺の理性が保てるかによるけどな。

 すると、香夜かやが一言こぼした。


「……いつまでも、こんな幸せな時間が続けばいいのに」


 だから、俺はこのタイミングでつい言ってしまったんだ。


「ならさ、二人とも……付き合わないか?」


 本当に大胆だと思うし、場合によってはすべてがみずあわすような勿体もったいないことだとも思う。

 でも、今言いたかったんだ。

 二人は黙ってしまったけど、その顔には、驚きと嬉しさしか見られなかった。


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