第9話 低気圧でも教室は騒がしい

 週明け、気だるい身体をなんとか動かし登校する。

 朝はみんな賑やかで、いつも通り俺の前には東矢とうやが顔を見せる。


「おはよう、寝不足か?」

「微妙。低気圧だからテンション低いのはあるかもしれないな」


 窓の外を見れば、曇り空……明日は雨が降るらしいが、予報によれば今日は大丈夫らしい。

 しかし、テンション低いのは少し考え込んだのが理由だろう。

 俺の悩みは、昨日の神代かみしろさんがした行動……ほほにキスをするなんて、好きでもない男にはしないだろう。

 あの瞬間では俺を動揺させるためだと解釈して落ち着いていたが、無視できない事だと振り返ってしまった。

 ……今日はこのままの気持ちでいると不味いんだよなぁ。

 ああ、机も冷たく固い……コツっと手の甲で鳴らすと単純明快たんじゅんめいかいな音が返ってきて、俺の悩みに正解はないものかと項垂うなだれてしまった。

 そんな中、暢気のんきな東矢が周囲を見渡し、とある人物について言及し出したことで、俺は現実へと意識を引き戻される。


「あれ、栗野くりのさん今日大荷物だけど……あの子って何部だっけ?」

「入ってないんじゃないか? 知らないけど」


 俺の知る限り、栗野は部活に所属していなかった筈だ……同様に神代さんもその筈なのだが、今日


「神代さんも何か持ってきているけど、あの二人って何か接点あった?」

「修学旅行の班。因みに俺も一緒だ」

うらやましい奴だな。でも、れんが知らないなら、修学旅行関係ではないのか」

「冷静に分析するなよ。気持ち悪い」


 自分の仲のいい女子をそういう下心が見え透いた目で見られると、妙に虫唾むしずが走った。


「何でだよ。以前蓮だってしてたじゃないか」

「俺はここ最近で意識改革をしたから、精神が潔白なんだよ」

「過去は変わらないぞ……」

「変わろうとすることが大事なんだよ。わかってないな」


 栗野や神代さんと毎日一緒にいたが、様々な変化を見ることができた。

 元々、表には出さない一面を隠し持っていた彼女達だが、最近新たに増えた一面はあるだろう。

 そして、俺も彼女達から影響を受けている。

 上手く話を逸らしていると、予鈴のチャイムが鳴った。


 授業中は、今日の放課後が楽しみで……悩んでいた。

 理由は、彼女達の手荷物……少し大きめだから、何かと気になる者もいるのだろう。

 その中身は、

 どうしてそんな事になったのか、話は昨日の夜にさかのぼる。

 どうやら二人は電話で急に計画を立てたらしく、唐突とうとつに泊まっていいか返事を求めてきた。

 俺は、この機会は逃したら勿体もったいないものだという恐れと期待を胸に即座に快諾かいだくしてしまったのだ。

 その後には部屋の隅から隅まで綺麗に掃除をして、整理整頓も頑張った。

 気付けば深夜を過ぎており、換気かんきのために窓を網戸あみどにしたまま床に就いてしまえば、起床と共に湿った空気を吸って、ぐったりとしてしまった。

 だから、東矢の言う通り寝不足というのは間違ってはいない。

 更に、神代さんの件が頭を過れば、今日のローテンションも仕方ない。

 そんな調子で今日の午前を過ぎて昼休み、みんなも低気圧に頭がやられているのか、疲れているのかわからないけれど、朝の教室は嘘のように静かだった。

 そんな中、俺は東矢と弁当を食べていると、神代かみしろさんの周囲の会話が聞こえてくる。


「ひみつー」

「なんで? 友達じゃん、教えてよ。栗野さんと関係あるの?」


 どうやら、神代さんは友達に荷物の中身を質問攻めされていた。


「あるよ。でも、本当に大したことないから」

「ふーん。怪しいけど、これ以上はなんか本気イヤそうだからやめておくよ。なんか、流されなくなっちゃったね、まゆ

「え? 別に今までだって流されてないと思うけど……」

「いやいや、みんなに合わせていたの知っているから。ねえ?」

「うん。考えてみれば、最近変わったと思う」


 グイグイと積極的な女子は、隣の大人しい感じの女子に同意を求めて、神代さんの変化を気付かせた。

 神代さんは自分のイメージを過度に気にしていたので心配になったが、そこまで動じなかった。

 成る程、主観的に見ても以前と違うのは明らかだな。


「もしかして、隠れた彼氏とランデブー? そのままお泊りとかかな?」

「それだと、栗野くりのさんと関係なくなっちゃうでしょ」

「あー、確かにだ。じゃあ、なんだろ。気になる~」


 神代さんはいつになくクールに返した。

 なんだ、あの美人は……チラッと見たその姿に、俺は目を奪われてしまった。

 実際にお泊りの予定があるので少しビビったが、そんな不安が雲散霧消うんさんむしょうするような神代さんの振る舞いに心まで奪われそうになる。

 俺と一緒にいる時の神代さんを知っているから、またギャップ萌えだった。

 しかし、俺は東矢に名前を呼ばれて顔の向きを戻した。


「おーい、れん

「何だ?」

「今、明らかに神代さん見ていただろ……付き合っているわけ?」

「全然。前に少し話したけど、神代さんのことは……」

「好きじゃないって? 嘘だろ。絶対好きじゃないか」


 くどい奴だと思うが、否定できなかった。

 確かに多少の意識はしているので、匂わせてみる。


「最近、急に可愛く……更に綺麗になりだしただろ? だから気になった。それだけだ」

「そうだな。俺もそう思う。女子達は変わったーって言っているけど、以前よりもなんていうか、表情が柔らかくなった気がする」


 今、東矢の言葉を聞いて、俺は胸が苦しくなった。

 東矢には、未練でもあるのか? どうして、そんな細かいところまで見ているのかわからなかった。


「東矢こそ、フラれた癖にまだ好きなんじゃないか」

「いいや、俺はもう栗野さんに乗り換えた」


 その瞬間、

 机の上に転がり、コロコロと小さくも俺の耳には響く音が頭を支配してくる。


「おい、どうしたんだよ、蓮」

「ダメだ。東矢、お前俺に恨みでもあるのか? 神代さんの時だって俺の後に好きになったよな?」


 俺は、周囲に聞こえないように気を使いつつ、強めに声を出した。

 もしも栗野が取られたらと思うと、我慢ならなかった。


「落ち着けよ。蓮の好きな人って栗野さんだったのか?」

「そうだよ。神代さんも気になっていないって言うのは嘘になるけど、俺は前から栗野の事が好きなんだ」

「だから落ち着けって……取ったりしねーから」

「は?」


 東矢は、俺が何か勘違いしているといったように、手でジェスチャーしながらなだめようとしてきた。


「いや、ちょっと引っかけただけだって。以前から蓮が栗野を目で追っているのは気付いていたし……」

「からかったのか? 冗談だと?」

「ほんの少しは本気だったぞ? 栗野さんも普通に可愛いから、好きになってもおかしくはないだろ?」

「そうだな。俺が惚れた女だしな」

「なんだよ、その持ち上げ方……なんか気持ち悪いぞ」


 おっと、イケメンムーブを同性相手にしたら、その反応が普通だよな。

 だからって質が悪いにしても限度があるだろう……東矢がこんな冗談を言うとは思わなかった。

 まあ、本気ではなかったことに一安心した。

 面倒な事にならなくて良かったと切に思うよ。

 東矢とうやは呆れたように息を吐いて、弁明を続けた。


「神代さんの時だって……って蓮は言っていたけど、お前が神代さんを見ていた事なんて知らなかったし、そっちは普通に学年一の美人だから挑戦みたいな気分だったぞ」

「ああ、そっちはそうだったな。ごめん……ちょっと頭に血が上った」

「でも、そこまで本気だったとは思わなかった。神代さんとさっさと付き合わない理由がわかった気がするわ……幾ら可能性があっても本命がいるなら納得」


 その言葉に、俺は返事をすることができなかった。

 本命と呼ぶなら……多分、二人とも本命だと思うから。

 恐らく、神代さんを彼女にしたとしても、栗野は今まで通り一緒にいてくれるが……栗野に好きな人ができたら関係は終わってしまう。

 栗野を彼女にしたら、神代さんは……自分から引いていく気がするんだ。

 だから、今の関係が最も幸せな状態だと思っている。

 それなのに、ギャラリーはよく噂するものだ……誰が誰を好きだなんて、栗野や神代さんからしても、迷惑でしかないのにな。


 耳をませると、また神代さんが色々言われまくっていた。

 どうやら、感情的になった時の声が聞こえていたらしい。


「安本がまゆのこと好きって言ってなかった? 言っていたよね?」

「私は聞こえなかったけど、そうなのかな。修学旅行の班一緒じゃなかったけ?」


 多分、耳が良いのだろう……一人だけで盛り上がっている。

 大人しい感じの友達は顔色一つ変えずに探っていた。

 この二人のお陰で、幾つかの視線が俺に集まるのを感じ取った……話題の中心になるなんて、あまりないから新鮮だ。

 名前を出されるだけで嫉妬しっとの目線が飛んでくる……痛くもかゆくもないね。

 だって俺、イケメンだから! 勘違いじゃ……ないよ?


「一応……ね。なんで安本くんの時だけそんな盛り上がるの?」

「いや、だっていつもならすぐ否定するじゃん。脈アリ?」


 その質問の瞬間、神代さんが俺の方を振り返り見てくる。

 手を振ってやればいいのかと思ったが、違うよな。

 ムッとした表情が俺に伝わったとわかると、すぐに顔の向きを正して答えた。


「んー、ノーコメント。さっき私のこと変わったって言ったのに、そのくらいで変に勘繰かんぐらないでほしいんだけど」


 神代さんが毅然きぜんとした態度で応対すると、質問した女子はあらぶるように声を張り上げた。


「恋愛だけは話が別なの! 繭、全然そういった話してくれないし気になっちゃう~」

「この子は置いておいて、修学旅行の班一緒なら、一応警戒した方がいいかもだよ」

「忠告ありがとう。私だって成長しているんだから、心配しないで」

「……そうだね」


 大人しい感じの友達が上手く話を終わらせて、俺への注目は消え去った。

 嫉妬なら、普通に美味しいくらいなんだけどね……クラスの男子で俺意外に神代さんの胸触ったことある奴なんていないからな!

 その真実すら知る方法はない訳だが、少し気分が楽になった。

 神代さんも、変わろうとしているのなら、なんとかなるかもしれない。

 そんな俺の清々しい表情を、東矢とうやが薄気味悪そうに見てきた。


「人気なことで、羨ましいなぁ」

「嫉妬の真似事をするには真顔すぎないか?」

「態とに決まっているだろ。付き合っている訳でもないのに、どうしてそんな勝ち誇った顔をしているのかわからないだけ」


 それは、少なくとも俺と神代さんの関係が一歩進んだものだと考えているからである。

 一々説明する義理はないし、多分ウザがられるだけだから内心で誇っておいた。


「勘違いでも、嫉妬はされれば気分がいいぞ」

「その性格の悪さには敵わないよ」

「下手にからかってきた東矢にだけは本気で言われたくないかな?」

「いや、それは本当に悪かったと思っているから、根に持たないでくれよ」


 俺は声を低くして、本気で嫌な事を言われたと伝えた。

 普段へらへらしている東矢も珍しくビビっていた……しっかり反省してもらいたいね。


 こうして昼休みは終わり、眠い午後の授業が始まった。

 直前に怒りを覚えたことで脳が疲れ、寝不足もあるから結局ふねをこいでしまった。

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