第13話 雨天密着。びしょ濡れ少女と微笑する少女

 ポタポタと、雨粒の落ちる音が聞こえる。

 降水量は少ないものの、雨が降っている事だけは半分意識が覚醒した時点で察する。

 視界には、可愛い女の子の顔……それが自分の彼女であると認識するまでに、目の前の香夜かやは目を覚ます。

 香夜はニッコリと微笑み、コツンと俺の額に


「えいっ」

「いてっ……え、俺悪い事した?」

「女の子の寝顔をじっと見ていたじゃないですか。本当なら私が蓮くんの寝顔を眺める朝だったはずなのに、悔しいです」

「八つ当たりじゃないか!!」

「……あれ、まゆちゃんは何処でしょう?」

「ん? あ、いないな。……って話を逸らすなよ。お陰で完全に覚めたけどさ」


 上半身を起こし周囲を確認すれば、一緒に寝ていたもう一人の彼女の姿がないことに、気付いた。

 俺達よりも早く起きたのにいないとは、トイレだろうか。

 とりあえず、俺は香夜の胸を揉んだ。


「元気ですね」

「元気だよ。昨日は、その姿でなかよししてなかったから」

「ご感想は?」

「湿っていた時に触っておくべきだったなぁ」


 俺は何言っているんだろう。

 朝から香夜に対して気味の悪い妄想を垂れ流してしまった。


「不評ですか? ぬるぬるの方が良いと」

「寝ぼけて変なこと言った。忘れてくれ。あと、香夜の胸は今日も最高だよ」


 そのまま香夜の胸を揉み続けていたが、そういえば俺も水着を着せられていたお陰で少し落ち着かなかった。

 だから、いつもより短めに済ませて手を離した。

 繭だって戻ってこないし、平日なので学校だってある。


「蓮くんにいっぱい触られてしまいました。これは、来年の水泳まで洗わないのも手かもしれません」

「なんだ、もう水着で添い寝はないのか?」


 正直、普通の彼女ならしてくれなそうな事だから、一回限りは勿体ないと思った。

 すると、香夜は俺の意図を察したのだろうが、また少し困惑した顔でもあった。


「蓮くんが喜んでいなかったと思っていたんですけど……」

「喜んでいたよ。手を出さなかったのは、俺が奥手だったからだ」

「ふふっ、それならまたしますね。今度こそは、手を出させてあげますから」


 香夜の気持ちは嬉しいが、俺は二人の彼女が出来た以上、そう簡単に欲望におぼれてはいけないんだと思う。

 いつだって冷静で頼れる彼氏になれて、自信が付いたら……かな。

 確かに彼女達の魅力で危なそうだけど、その点はしっかりしたいものだ。

 ……なんて思ったが、そんな可愛い彼女は目の前で唾液だえきらしていた。

 水着の胸元が湿り、手で広げてアピールしてくる。


「……おい」

「あ、ちゃんと興奮はしてくれるんですね。触りますか? ほらほら」

「俺は我慢できる男だ」


 前言撤回、俺が耐えられなくなる日も近い気がする。

 香夜が満足したのか、ベッドから降りたので、俺も学校の準備をしようとしたが、学校の机やロッカーに置きっぱなしの教材が多いので、特にすることはなかった。

 そして、居間に行くと繭の姿がちゃんとあった……まだ水着姿で。

 今日学校なんだから、早めに着替えたらどうなんだよ。


「遅くない? って……なんで水着濡れてるの?」

「ふふん、羨ましいですか?」

「……差別はよくない」

「何もしてないからな? ところでテーブルのは?」

「私が作ったの。ご褒美がほしいくらい」


 テーブルには、日ごろとは違った朝御飯が並べられていた。

 冷蔵庫の食材を勝手に使われた事はどうでもいい……が、その恰好かっこうで料理は危ないだろう。


「仕方ないですね。あとでこの水着あげますよ」

「香夜ちゃん、流石に酷いと思う。蓮くんからもらう」

「俺の水着を何に使う気だ……」

「香夜ちゃんのせいで、私の欲しいご褒美が水着になってない!? いらないよ!?」


 そりゃ、却下されて当然だ……しかし、水着をいらないと言われて少しショックな自分がいた。

 でも、俺の場合はご褒美が思いつかないから、くしかないのが情けない。


「何をしてほしいんだ?」

「食べさせて」

「そんな事でいいのか……」

「蓮くん、そんな事って言いますけど、口渡しですよ?」

「違うから! どうして香夜ちゃんはそっちの方向に……」

「まあ、もう学校に向かわないといけない時間が近づいているから、食べようか」


 俺は繭の隣へ座り、ご要望通り食べさせた……健全だ!

 すると、お返しと言わんばかりに繭も俺に食べさせてくる。

 繭はこういうイチャイチャ関係も好きらしい。

 俺はこそばゆいシチュエーションにむずがゆくて仕方なかった。


「成る程、これは羨ましかったです」

「早起きした特権なんだから、いいでしょ。朝から発情している香夜ちゃんとは違うの」

「一晩寝たら、小生意気具合が戻ってきましたね」

「ごめん、冗談だから……昨日みたいのは、中毒性高いから忘れた頃に、ね?」


 ……されたいことではあるらしい。

 定期的に添い寝は悪くないと俺も思う。

 本当に、見ていないと心配になるな。


「何度も言うけど、俺と香夜以外にはダメだからな」

「当然でしょ。そこは、独占されてあげるんだから……」


 またしてほしい、という言葉は恥ずかしくて言えなかったらしい。

 そのまま、朝ご飯を終えて二人には洗面所で着替えてもらうことにした。

 着替えの制服は元々持ってきていたようだ。


 俺も部屋に戻って制服に着替え、玄関で二人と合流する。

 二人が昨日着たものは手荷物に入れて俺の家に置きっぱなしにするらしい。


「一緒に行くのか?」

「恋人だし、いいじゃない?」

「まあ、そうだな」


 まゆは、そこのところオープンにしたいらしい……昨日までとは別人か? 吹っ切れたな。

 香夜かやの方を見ると、特に気にしないといった顔で答えてくれた。

 そして、いざ外に出ようとした時に問題が発生した。


「あ、ごめん。二人って傘……」

「持ってきてないですよ」

「私も」

「あー、どうしよう。傘一本いかないや」


 俺は、持っていた傘を取り出し見せる。

 これも普通のサイズよりかは大きいが、元々一人用だ……二人用の傘とかあるのかな?


「三人で入れそうですか?」

「流石に無理だろ」

「三人でくっついていけばいいよ」

「私と繭ちゃんで賛成二票なので、この傘登校決定です」


 俺も断る理由はないのだが、本当に三人で一つの傘の下に入るのは厳しそうだ。


 一階まで降りて、一応エントランスの係員に置き傘がないか訊いてみると丁度処分されてしまい今は無いらしい。

 俺は傘を開き、二人を先に進ませた。


「濡れそうになったら、言えよ?」

「繭ちゃん……濡らしちゃダメですよ?」

「何の事?」

「放っておけ。香夜も、下ネタ禁止な」


 まゆが困惑してしまった……気付いていないのは幸いかな。反応してじゃれ合ってくれるのは、現状困ってしまう。

 すると、顔は見えないが少し楽しくなった声音こわね香夜かやが言い返す。


「繭ちゃんが暴れて私を濡らすことを懸念していたんですけど、れんくん……」

「いや、誤魔化されないからな?」

「それ以前に、私が暴れるって何よ」

「ほら、暴れているじゃないですか」

「もういいや……おい、危ないぞ」


 突如とつじょとして、こんな雨天の中に走る自転車が横切った。

 何やら急いでいる様子だったが、ちゃんと前は見てほしい……多分、雨合羽あまガッパのせいで上手く見えていないのだろう。

 そんなことはどうでもいいか、二人に水飛沫みずしぶきがかかっていないことを確認して安心する。


「ありがとう、蓮くん」

「助かりました。蓮くんも濡れてないですか?」

「大丈夫だ……って、そんなにくっ付いたら動けないぞ」

「蓮くんが気を付けてくれれば安心だも~ん」

「そういうことです。行きましょう」


 仕方ない、頼られるなら望むところだ。

 そんな感じで、三人で密着しながらの登校になってしまった。

 歩き辛い……のは、俺が後方且つ傘の持ち手であるから仕方ないけど、それ以上にこのドキドキが問題だ。

 心臓の音は雨音にえるだろうけど、振動しんどうは伝わっていそうだ。

 それにしても、学校への道のりを半分くらい進んでから、周囲からの目線を感じる。


「見られていますね。そんなに気になるものですか」


 目立つのは必至だろうけど、元々俺と同じくそこまで視線を集める訳ではない香夜かや怪訝けげんな声を漏らした。


「香夜ちゃんも、視線を集めると気を使いたくなる気持ちがわかった~?」

「ふふっ、多少ですがそうですね。確かに気になってしまいます」

「いつも冷静なの、狡くない?」


 まゆが楽しそうに香夜に対して軽口を叩くが、素直な返答に言い返せなくなっていた。


「冷静にもなりますよ。どうでもいい人達の目を気にしていた繭ちゃんの姿を思い出しました」

「それは、うん。今は、蓮くんと香夜ちゃん以外にどう見られてもそんな気にしないかも……」

「それなら、恥ずかしい写真沢山撮れますね。楽しみです」

「えぇ……蓮くんと香夜ちゃんに見られたらダメって言っているのに、話が違くない?」

「だからこそ、ですよ。良い反応が期待できますからね」


 香夜がおもむろに後ろから繭の首へと手を回した。

 歩きにくいだろうと思ったが、そっちの方が密着しているだけ傘からはみ出ないのか。


「楽しい話しているところ口挟んで悪いけど、肩濡れてないか?」

「大丈夫です」

「傘持っているのは蓮くんが自分で見れば良くない?」

「色々と余裕がないんだよ。学校まであと少しか」

「あー、ごめん。そうだよね」

「もー、どうしたんですか? 繭ちゃん」


 信号機の赤い光が見えたので立ち止まり、香夜は繭の頬に指を当てた。

 仲良くなったのはいいけど、香夜のスキンシップ好きは凄まじいな。


「信号変わったら教えてくれよ? 見えないから」


 隣を見ればすぐにクラスメイトの姿……あ、目が合った。

 確か、あの子は繭とよく教室で喋っている子だった筈だけど、どう思われてしまったのか心配だ。

 いや、ありのままを見て離れるような奴は友達と呼べないだろうし、心配の必要はないか。


「信号変わりましたよ」

「ああ」


 その後、少し歩き、やっと学校に着いた。

 俺は傘を閉じると、登校しただけなのに披露ひろうを感じてしまった。


 教室に行くと、それはもうそわそわするクラスメイト達の姿が目に入ったが、気にせずに席へと着いた。

 香夜かやまゆは荷物を置くと、真っ先に俺の方へと来たので、こそこそと小声で話すやからまで出てきてしまった。


「お疲れ様、肩揉んであげようか?」

「あー、放課後勉強する時とかの方がいいかもしれない」

「今の話をしているんだけど? 何回でもしてあげるって!」


 大きな声で宣言した。

 ここで驚くべきは、俺達の関係なんかではない。

 いつもよりも数段明るい繭の声と表情にだろう。

 こんな繭を見たことがある奴はいたのかな? 本人が隠していたのだから、いないと思う。

 その笑顔が俺に向けられているものであることから、少し俺の方が照れ臭くなってしまう。


「じゃあ、頼むよ」

「喜んで~」


 そうして、俺は学年一の美人に肩を揉まれる瞬間を見せびらかした。

 そんな姿に、香夜が手持ち無沙汰と言わんばかりに俺の手を取った。


「三人で恋人なんですから、私を一人にしちゃイヤですよ!」


 不貞腐ふてくされた顔をしながら、香夜がカミングアウトしやがった。

 流石に少しは恥ずかしいのか顔が少し赤くなっている。


「それは、すまないと思っているが……態とだろ」

「さっすが蓮くん、ばれちゃいましたね」


 はにかみ笑いを浮かべてウインクしてきた香夜に、また教室がざわざわし出した。

 普段見せない顔を晒しているのだから、当然だ。

 そして、何と言えなそうな顔で俺を見て来る東矢とうやが視界に入った。


「あ、東矢。おはよう」

「あー、その……いや、俺邪魔だよな。思う存分イチャイチャしてやがれ、この野郎」


 そう捨て台詞を吐き捨てると、東矢は自分の席へ座りしてしまった。

 DTディーティーには、ダメージがあったらしい……俺もまだ一応そっち側だよ?


「もー、かわいい彼女の顔を見ないで男の顔見て楽しいんですか?」


 香夜が自分を人差し指で強調する。

 なんだその仕草、大胆だな……今度自撮じどりを要求してみるか。


「まったく楽しくない。ずっと香夜を見ていたい」

「私も見てほしいんだけど、香夜ちゃん交代しよ?」

「残念ながら、もう予鈴の時間です」

「むっ、じゃあまた後でスイッチしようね」

「繭ちゃんにしては、冴えていますね。やっぱり、ありのままの方が楽ということですか」

「……私だって蓮くんに見つめられたいだけだもん」


 ここは、もう甘い空間が広がっていて、気付けばクラスの誰もが口を閉ざしてこちらを見ていた。

 それなのに、この二人ときたらお構いなしにじゃれ合う。


「まあ、席に戻ろうぜ? 授業中は二人とも見ておいてやるから」


 普通なら大胆で気色悪きしょくわるい発言も、今では恋人であることを示す便利な魔法だな。

 本当に予鈴も近かったので、二人は満足した顔で自分の席へと戻った。

 授業中は嫉妬しっとの目線を感じ取ったが、案外気にならないものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る