奇跡3
肌が紫色の人間、羽を失った妖精、死んでも死ねないアンデッド。当初、老婆が言った通り、興味を引くものばかりがそこにあった。それらを見ていると、自分の二面性が暴かれていくような気がした。それは恐怖か、歓喜か。
最後の牢屋で仮面をつけている人物に出会った。そいつの正体はマントに隠れ、全てを理解することは叶わなかった。だが、仮面をはずしたその顔には見覚えがあった。心臓が大きく動く音がする。
そいつの顔は俺だった。
人殺しのような鋭い目つきをしているが、口元は弧を描いている。歪に歪んだその顔を自分だとは思いたくなかった。自分でさえも知らない自分の姿を暴かれているようだった。誰にも見せることが出来ない本当の自分。なぜ、そう思ったのかは分からない。ただ、俺の感覚があれは俺自身だと主張してくる。
そいつの目を見ていると、ゴールがない迷路に迷い込んだ気分になる。俺は何を目指していたのか。世界が周り、思わず膝をつく。それでも世界は回る。頭が可笑しくなりそうだった。そいつの目に殺される。あり得ない発想が俺を呑み込んでいく。
「そのまま、身を委ねると良い。さあ、お眠り」
その声をきっかけに、だんだんと瞼が落ちていく。ああ、このまま堕ちていくのも悪くない。現実味のない幸せな世界がその先にあると信じているから。思考が霞んでいく。何も考えられなくなる。
刹那。
刃が交わる音がした。それはまるで、突然切れた糸のようだった。その音をきっかけに、視界がクリアにある。その世界は暗い森の中だった。隣には横たわるシナノ。前には剣を構えるホウショウがいた。
状況が上手く呑み込めない。だが、緊急事態であることはすぐに分かった。素早く、腰につけた剣を抜刀する。
「……起きたか」
横目で俺を確認したホウショウは短くそう言った。ホウショウの目の前にいる物体に目をやる。それは黒く、禍々しいオーラを放っていた。輪郭が曖昧で、見たこともない形状をしている。
「あいつは」
どこからが現実で、どこからが幻だったのか。見世物小屋は何だったのか。疑問は尽きない。だが、そうは言っていられない状況だ。
短い質問で状況把握をするしか手はない。
「見世物小屋の店主だ」
どうやら、見世物小屋での出来事は現実のものとして間違いないようだ。あの老婆。出会った時から奇妙だとは思っていた。だが、戦うことになるとは思ってもみなかった。俺が気を失っている間に何があったのか。
いつもより思考がはっきりしているような気がした。
「殺ってもいいの」
「ああ」
俺は今、ホウショウの言葉だけを信じて、この剣を振ろうとしている。自分の見たものと自分の思考しか信じられなかった俺が。ホウショウと出会って日も浅い。今まで信じることに疑問を持っていた。いや、今も疑問だ。信じる。この感覚はそんな生ぬるい言葉で片づけて良いものではないのかもしれない。そこまで、ホウショウと親睦を深めてはいない。お互い、仲間というものを毛嫌いしている。それでもあいつが傷ついたら、助けてやりたいと思う。あいつが壊れたら、直してやりたいと思う。理屈ではない。言い表すことが出来ない思いが肥大していく。
心に熱い炎が灯る。
「俺を呼んだか」
あいつの声がした。俺はお前。お前は俺。
「鬼」
「いいぜ。力を貸してやる。炎の巡りを感じるか。欲望が渦巻く業火。それがお前の欲の形。せいぜい、使いこなして見せろよ」
炎が大きく燃え上がる。熱い。熱くて堪らない。身体が、心が燃えつくされている。無意識に声を上げる。意識を保つことさえ、難しい。息切れがする。まるで、自分の身体ではないみたいだ。
霞む視界に驚愕に染まったホウショウの顔が見えた。シナノの苦しそうな顔も。思いっきり、歯を食いしばる。気合を入れる。大丈夫だ。今は、今だけは。この愚かな俺を許してくれ。もう少しだけ、俺を見守っていてくれ。チヨダ。どれだけ恨んでも良い。だから、今だけは。
変わらず燃え盛る炎が、握りしめた剣へと流れていくのが分かった。今なら切れる。全身の激痛に耐えながらも、俺は剣を握りしめた。
ホウショウ、シナノ。俺たちの出会いはきっと奇跡みたいなものだ。そんな綺麗ごと、お前たちは聞きたくないかもしれない。だが、この出会いは悪いものではない。それに気づいて欲しい。まだ捨てたものではないから。
額を流れる汗を拭きながら、俺は笑っていた。奇跡だよ。もう、全てがどうでも良いような気がした。そう思える相手に俺が出会えたのだ。それ以外にどう表現するべきか、俺には分からない。
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