はじまり1

「あのー、ホウショウさん?」


「なんだ」


「そんなに見つめられると眠れないんですけど」


 現在、山の中で今日会ったお堅い国立軍の人間と一夜を共に過ごそうとしている。そう考えると随分不思議な状態ではある。


「お前は言わば、罪人だ。俺にはお前を監視する義務がある」


 監視という名目で俺はずっとホウショウに寝姿を見られることになった。これも状況を可笑しくしている要因の一つだが、本人は自分が悪いと思っていないらしい。真顔で俺の顔を見続けている。


短い付き合いではあるが、ホウショウという人物がなんとなく分かってきた。基本的には曲がったことが大嫌いな一直線タイプ。「欲」なんて言葉が一番嫌いそうだ。柔軟さは足りないが、良い意味で純粋。また、細々としたことが好きで、料理が得意。実は先刻、夕飯の為に狩りをしていた。お互い動けることは知っていたが、ホウショウがすべてやってくれた。地面に落ちている尖った枝を投げることで鹿を瞬殺し、あっという間に鹿鍋を目の前で完成させたのだ。早いが、味付けの仕方など細部までこだわっているように見えた。


まあ、ホウショウのことを知ったところで後数日の付き合いだ。無意味なものだとは思う。だが、こんなに長く他人といるのも久しぶりだ。何より、倒れる前に起きたあの現象。ホウショウが近くに来たことで引き起こされたようにも見えた。もしかしたらお互いの何かが共鳴したのかもしれない。いや、確かホウショウの方は平然としていた。俺に原因があるのは確かだが、ホウショウの存在も気になる。初対面のはずなのに、初めての感じがしない。どこかノスタルジーを感じさせる。加えて、あの鋭い目つき。あれはたくさんの苦難を乗り越えてきた者の目だ。それか今現在、苦しみ、もがいている途中。まあ、いずれにしてもホウショウと一緒にいるのは悪くない。悪くないと思ってしまった。早い段階で離れた方が良いかもしれない。


ホウショウと幾千幾万の星々に見守られながら、俺は深い暗闇の中へ落ちていった。




「ところで、貴様の名は何という」


 朝の開閉一番にホウショウが言った言葉はそれだった。


 今更かと思う。昨日の反応で薄々気づいていたが、ホウショウは俺よりも他人に興味がないらしい。


「チトセ」


「チトセ、ここから王都までどのくらいかかるのか分かるか」


 ホウショウには自分本位な言動が目立つ。名前だって自分が困ったから聞いてきただけだ。下手したら一生俺だけが名乗らない状態が続いていたかもしれない。ホウショウの中では他人の情報なんてさほど重要ではないのだろう。


 人間関係というものに疲れたのか、それとも元々そういう性格だったのか。どちらでも良いが、この世界では生きにくそうだなと思った。


「三日はかかる。いや、大きく見積もって四日かな」


 俺はそう言って笑って見せた。まただ。ホウショウは眉を寄せ、凄まじい眼光で俺を見ている。恐らく、この笑顔が気に入らないのだろう。だが、俺にはどうすることも出来ない。直す気もない。ある意味、昨日今日会った相手だからこそ、そこまで気を使いたくないというのが自分の中にはあった。


「そうか」


 深いため息の後の一言。それから沈黙。俺たちの間には気まずい空気が流れた。


「そろそろ行こうか」


 その空気を絶つように俺は明るい声でそう提案した。ホウショウの顔を窺う。今何を思っているのだろうか。気になる。怖い。人と関わるのは俺にとって恐怖でしかない。だが、その恐怖よりも好奇心や面白いという興味の方が勝つだけだ。


 俺の顔を真顔で見つめ返すホウショウ。よく見ると、その瞳は青く光っていた。それはまるで昔に見た「海」のように深く、深く沈み、終わりがないように思えた。それは単純な美しさ。悪魔のような魔性の美しさ。どちらも兼ね備えているように思えた。


「どうした」


 中々歩き出さない俺に向けられた二つの碧眼。その時俺は不思議な感じがした。これから二人でやっていけるだろうか。次の街に行く前に逃げ出すことを早くも考え始めていた。

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