出会い3

 微かな物音が俺の鼓膜を揺らす。徐々に意識が浮上していく。どうやら俺は地べたに寝かせられているらしい。身体を動かすにはもう暫く時間がかかりそうだ。周りには人一人の気配。恐らく、俺が気を失う前に見た男だろう。あの時は頭が痛くてそいつの容貌をしっかり見ていなかった。俺の落ち度だ。


 ここで気になるのはそいつが俺にとって敵になり得るかだ。ここまで俺を運んできたことや、今まで俺の世話をしていたことを考えると悪人には思えない。だが、万が一のこともある。状況が変わるかもしれない。ただ用事が済むまで生かしているだけかもしれない。


 気を失う直前に見た光景を思い返す。男の後ろにあったのはこの辺境の地に追放され、死んでいった哀れな躯たち。それが確かに赤く染まっているように見えた。俺が声をかけた時も男は躯にすごい剣幕で詰め寄っていた。もしかしたら、そういう趣味を持っている人なのかもしれない。それが悪いことだとは思わないし、寧ろその行動の真意を聞き出してみたい。だが、俺の体調は万全ではない。ある程度の手練れが相手だと太刀打ちできないだろう。まだ死にたくはない。


「おい、気づいてるんだろ」


 背中が寒くなるのを感じた。どうやら俺が目を覚ましたことに男は気づいていたらしい。どうしたものか。そのまま起きても良いが、それだと面白くない。


思考が一周した後、俺は行動に移った。


男が見えない場所で腰にある剣に手をかける。相手が準備をする時間を与えてはいけない。全てはコンマ一秒、一瞬で決まる。今男は俺に注目している。目を開けたら気づかれる。寸分の狂いもなく、すきを突け。


 俺は思いっきり手にしていた剣を遠くへ放り投げた。男の目線が一瞬、そちらへ向いたのが気配で分かった。今だ。男の気配がある方へ全速力で走る。目を開ける時間すら惜しい。男の首元に腕を回し、思いっきり絞める。目を開けると、焦った顔をしている男の顔が目の前にあった。しかし、男の力は思ったよりも強かった。俺の腕を力技で外しにかかる。予想外の反応だ。今度はこちらが焦る番だった。


 雄叫びを上げながら男は俺の腕からの脱出に成功した。それからすぐさま俺の腕を肩に担ぎ、そのまま俺の体重を利用しながら地面に叩きつける。背中に鈍い痛みが広がっていく。


 痛みに背中をさすりながら、自然と口角が上がる。男の目はギラギラと輝き、俺を睨みつけていた。男は俺に向かって剣を向ける。


「これは俺が国立軍所属第三番隊副隊長ホウショウだと分かっての愚弄か。俺に対する攻撃はこの国、エンパイアに対するものと同義である。我が主であるエンパイア国王の名のもとに貴様を成敗する」


 なるほど、国立軍か。確かこの国の軍は負けなしだと風の噂で聞いた気がする。少数精鋭で統率がとれた軍だと。だが、そんな奴がどうしてこんな辺境の地にいるんだ。国立軍は他国との戦争に駆り出されることが多いため、ほとんどこの国にいない。いたとしても王都にいることが常だ。戦争も最近はちょっとしたいざこざみたいなものだけらしいが。


「おい、聞いているのか」


 ホウショウが剣を持つ手に力を入れたのが分かった。


「あ、いや、ごめんごめん。聞こえてるよ」


 俺は両手を上げ、満面の笑みを浮かべる。自分に戦う意思がないことの表れだった。しかし、ホウショウの目つきは悪くなる一方だ。加えて、なかなか剣を下ろさないところを見ると、まだ俺の疑いは晴れてないらしい。なぜだかさらに状況が悪くなった気がする。


「さっきはいきなり知らない人がいたからさ。ほら、びっくりしてというか、反射でさ。思わず襲っちゃったんだよね」


 どんなに言葉を重ねたところで言い訳みたいになるのはどうしてだろうか。嫌な汗が頬を滑り落ちた。


「貴様は……王都へ行く道は分かるか」


「え、まあ、王都から来たし」


 急な質問に驚きながらもなんとか答える。


 こんなに長く会話したのは久しぶりで自分でも何が正解か分からない。とりあえず、笑顔は絶やさず、当たり障りのないことを言ってみた。


「理由があるとはいえ、先ほどの行為は最善ではなかった。国立軍の人間に刃を向けたことには変わりない。国立軍に楯突いた者はエンパイアの法に基づいて裁かれなければいけない。王都まで連行させてもらうぞ」


 厄介なことになったかもしれない。エンパイアの王都に拘束されるのは一番俺が望んでいないことだ。だが、ここから王都まではかなりの距離がある。道中いくらでも逃げ出すことができるはずだ。さっきの戦い方からしてホウショウは力はあるようだが、突然の攻撃には弱いような気がした。まあ、ある程度ホウショウに付き合ってあげても良いと思っているが。




 鋭い目つきのホウショウに俺は張り付けた笑顔で答える。これが俺たちの長い長い旅の始まり。そして、大切なものを見つける旅にもなる。


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