教会
白いレンガで建てられた尖塔と、すぐ隣に似たような平屋の建物があった。街の人に聞くと、どうやらここが噂の教会らしい。最近建てられたものらしいが、案外しっかりとした教会だ。神父様が職人を集めて作らせたものだと街の人は言っていた。どれだけ聞いても、神父様を悪く言う人はいない。俺の思い過ごしかもしれない。だが、自分の目で確かめないことには何とも言えない。
意を決して、俺は教会へと足を踏み入れる。
その瞬間、まるで時が止まっているように思えた。七色のステンドグラスが光に照らされ、空間が彩られている。正面にはたくさんの天使が老父を囲んでいる彫刻があった。なんと神秘的な作品だろうか。天使も老父も慈悲深い表情をしている。どうしたらそんな表情が出来るのだろうか。「人間」にできる芸当ではない。ここに描かれているのは「人間」ではないのかもしれない。もっと崇高で「人間」には手の届かない絶対的な存在。何か得体のしれないものが自分の内側から溢れ出ているような気がした。
この光景に気をとられていたが、祭壇の前に跪き、祈りを捧げる背中が見える。その人は真っ白なローブに身を包んでいた。作品の一部だと言われても違和感がないくらいその人の所作は美しい。見惚れていると、その人がゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。
その人の目から大粒の雫が落ちるのが分かる。その姿でさえ美しい。
「お客さんですか、それともお祈りですか」
俺の存在に気付いたその人は抑揚のない、ゆったりとした声でそう言った。
驚きで声が出ない。この空間に同化している目の前の人が声を発すると思っていなかった。そもそも、目の前にいるのは「人間」なのだろうか。根本的なところを疑っていたのだ。心の奥底で、もしかしたら未知の存在に出会ったのかと、心を躍らせていた。恐怖心も含めて、俺の興奮を煽る材料でしかなかった。
「言葉を話せないのですか」
一向に自分の目的を言わない俺を不審に思ったのか、その人はそう聞いてきた。
抑揚がない話し方のためか、自分に聞かれていることだと理解できなかった。戸惑っている内に、その人がこちらに近づいてくる。
可笑しい。なぜだか、この人に近づいてはいけない気がする。動機が早くなり、息切れもしてきた。自分の頭の中で警報が鳴る。自分に危機が迫っているのだと、今すぐ全力で逃げるべきだと俺の本能が告げている。頭が割れるように痛み、涎も出てきた。しかし、まだ理性が残っている。ここで逃げたら、俺に対する不信感はより強くなるだろう。ここに何しに来た。神父を探りに来たのだ。この行動は俺のエゴでしかない。街の人、ホウショウ、そんなものはどうだっていい。そうだ。最初から、俺は俺の興味が惹かれるものが一番だ。俺にそれ以外優先させるものがない。そのためだったら何だって出来る。そう心の中で繰り返すことで、辛うじて理性を保っていた。
「神父……」
目の前の人が口を開いたのかと思ったが、どうやら違うらしい。急に聞こえた第三者の声に驚きを隠せない。
声が聞こえた方を見ると、そこには七歳から十歳程の少年がいた。その瞬間、身体の不調はなくなったが、代わりにまたあの現象が起きる。鎖骨付近の古傷が赤く光りだしたのだ。もちろん前回のように痛みを伴う。
間髪入れずに起こる身体の変調に身体も精神も追い付かなかったらしい。その刹那、俺の意識は一気にシャットダウンした。ぼやけた視界が俺に何も認知させず、何が起きたのか、整理できない状態だった。
俺は一体どうなるのだろうか。このまま暗闇の中、過ごすのも悪くないと思えた。煩わしいすべてのものから逃げられる。あいつには怒られるだろう。しかし、もうこうやって漫然と生きていくのは耐えられないと思った。
「ごめん」
自然と出てきた謝罪は暗闇に沈み、やがて虚しく消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます