事態2
その後、店主に水の入った桶と清潔な布を持ってきて貰った。加えて、この街唯一の医者を呼んでくれるという。もちろん、ホウショウの具合が良くなるまで他の街へ移動することは出来ない。宿泊の日も延ばして貰った。店主は後払いでも良いと快く答えてくれた。
本当に有難い。対応が雑で門前払いに遭う宿屋も少なくない中で、優しく手を差し伸べてくれる店主に出会えたことは幸運としか言いようがない。
それにしても、思わぬことが起きた。今日は教会を見学した後に、次の街へと歩みを進めるはずだった。予定にない出来事に心臓の音が大きくなる。ホウショウが俺に会うまでに何をしていたか知らない。もしかしたら、疲れが溜まっていたのかもしれない。そうだったとしても、流石に無表情すぎる。もう少し、主張して欲しいものだ。本人も自分の不調に気づいていない可能性もある。
正直なところ、俺は王都に行きたくはないし、そこまで道を急いでいる訳でもない。ホウショウはどうか分からないが、ここで少し長めに休息しておくのも良いだろう。
俺はホウショウのことを何も知らないな。ふとそう思った。当たり前だ。つい先日出会ったばかりなのだから。長年の付き合いでも分からないことがあるのに、なんで分かると思うんだ。長年……。俺の頭があいつ一色に染まっていく。俺が見たあいつの最期が頭の中を駆け巡る。いつまで経っても、あいつの行動の真意は俺には分からないんだろう。どうして、最期に……。いや、今考えることではない。
暗くなる頭の中を払い除け、今後のことに思考を向ける。
どちらにしろ、ホウショウが全快するまでは動けない。ホウショウは教会に興味はあれど、行きたくなさそうだった。わざわざ弱っているホウショウを見ているのは悪趣味でしかない。とすれば、今日の俺が何をすべきかは自ずと決まってくる。
ホウショウは医者に任せて、俺は俺の用事を済ませる。教会に行って、出来れば件の神父様と保護されている子供たちを見ていきたい。
考えがまとまったところで、苦しそうに眉を寄せるホウショウを見る。すごい汗だ。どうしてこんなになるまで放っておけるのか。
実際、ホウショウも俺と同じだと思う。大切な何かをずっと探し続けている。自分に欠けた実体もない何かを。心が渇き切って、もう泣き叫ぶことも容易ではなくなった。それでも必死に生きて、探し続けている。だから、俺の古傷と共鳴したのかもしれない。これは俺の罪の証。もう一生消せはしない烙印。こんなものであいつが報われるなら、この傷は消してはいけない。この傷が俺の足枷となろうとも、それは当然の結果として受け入れられる。こんな俺と同じと言って良いかは正直なところ分からない。ただ、この出会いは無意味なものではないと俺の直感が言っている。
店主が持ってきてくれた布を水につけ、力いっぱい絞った。それから、ホウショウの額にのせる。早く良くなると良い。柄にもないことを思っていた。
横たわるホウショウを背に教会へと歩みを進める。何度も横目で確認したが、水に濡らした布のおかげか、ホウショウの表情は少しだけ和らいでいるように見えた。
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