真実5
ああ、刺されたのか。俺は冷静だった。刺された部分から暖かさが伝わっていく。むしろ、気持ちよさを覚えていた。まるで真っ青な海に背を預けているようだった。
ゆっくりと瞼が落ちていく。やっと終わらせてくれる。やっと終われる。そんな安心感がじんわりと染み渡っていく。
最期に見たのは、少年の歪な笑顔だった。大粒の涙が布団に染みを作る。何が悲しいのだろう。何を訴えているのだろう。そういうもの全て、受け止めるから。叶うことなら、この小さな背を抱きしめてみたかった。これは昔の自分に対する懺悔。許さなくても良い。許さないで。無垢で小さかった少年。俺をもっと深く、もっと無残に刺せ。俺は腹に乗る短剣の柄を握る小さな手に自分の手を重ねた。そして、自分の持てる力をそれに込める。
少年は変わらずの笑顔だったが、自然とその笑顔が和らいだような気がした。
口角が上がる。これで良かった。こんな塵のような命で、誰かを救えるなら、それが本望のように思えた。
「それじゃあ、困るんだよな」
突然、自分の内側から声がした。内側から。この表現が一番合っていると思う。
「俺はお前。お前は俺だから。俺まで死んじゃう。それじゃあ、駄目だよね。本当にそれで良いの。もっと、燃えろ。燃えて、燃えて燃えまくれよ。もっと欲望に忠実になれ」
意識が徐々に浮上していく。痛みもだるさも全ての感覚が無に帰した。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには神父様の焦った顔があった。先程とは違う暖かさが俺を包み込んでいる。目の端には淡い光が見えた。どうやら、治療を受けているらしい。慈悲は時と場合によっては迷惑にもなる。俺はそんなこと望んでいない。俺は制止させるために余った力を込めて腕を伸ばす。
「貴方を死なせはしません。シナノは大きな罪を犯しました。どうか、シナノを殺人鬼にしないで下さい。どうか」
それは切実な願いだった。神父の必死な顔が俺の瞳に映る。人間らしい顔に、声。なんだ、そうか。この人も人間なのか。今、はじめてそれを理解した。純粋な善意で俺を助けようとしていないことが分かって安堵する。
今の神父なら、身体全てを預けられると思った。もう、好きにして良い。これは俺の意志関係なく、行われるべきものだ。全ては神父の御心のままに。そう思いながら、また瞼を閉じる。
きっと目を開けると、目まぐるしい日々がまた戻ってくるのだろう。何でもないつまらない日常。ホウショウの顔、少年の顔、神父の顔が順に浮かんでくる。これは罪ではない。罪ではないのだ。俺も死を望んでいた。その引き金を引いたのが少年だっただけだ。これはただの屁理屈かもしれない。だが、人の重さなんて人それぞれだ。人の重さこそ、命こそ、この世の中で最も曖昧なもの。そんなものに振り回されることを俺は嫌う。
内側の俺。きっとお前は俺を利用しているだけなのかもしれない。薄々気づいていた。ああ、そうだ。俺はお前で、お前は俺。仕方がないから付き合おうと思う。それしか俺には選択肢がない。しかし、それ以上に利害関係の一致だけで結ばれる関係に一番安らぎを得るのだ。お前が俺を使うなら、俺もお前を使う。運命共同体という言葉があるが、それだけでは生ぬるい。もっと、奥。渇きを潤すように、光に影があるように、お互いが絶対的な存在になる。
俺はこの時、炎と一体化したように感じた。この炎は俺の欲望のためにある。自分の為の思考。この暖かさは悪くない。そう思えてしまう俺はもう鬼に魂を売ってしまったのだと実感する。
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