能力1

「どういう状態だ」


 程なくして出会ったばかりの少年との抱擁という奇妙な状況はホウショウの声で終わりを迎えた。ホウショウは眉を寄せ、剣に手をかけていた。希望的観測だが、俺に危害が及べば、その剣を使ってくれようとしたのだろうか。そう考えると、ホウショウも多少は俺に情を持ってくれているらしい。


「えっと、まぁ、万事解決?みたいな」


 ホウショウからさらに不機嫌なオーラを感じる。どうやら、優しくしてくれるのは今朝までみたいだ。


 シナノがゆっくりとこちらを見る。無数の涙の跡が痛々しい。


「どうした?大丈夫?」


 努めて優しく話しかける。


「別に」


 目を逸らされてしまった。どこか可笑しかっただろうか。それとも、泣き顔を見られたくなかったのか。


 不思議と、前のシナノより話しやすい気がした。前のシナノの声は感情がこもっていなかった。今のシナノの方が個人的には好ましい。


「いつまでそうしているつもりだ」


 これは怒りというよりは呆れの方が強いと思う。ホウショウの心の動きも段々と分かりつつある。ホウショウも大概分かりやすい。


「ごめん、ありがと」


 鼻水を啜りながら、シナノが俺の腕から逃げていく。抱き心地が良かったために、少し残念だ。そう思っていると、ホウショウから睨まれた。どうやら俺も顔に出やすいらしい。


「今後の話だが」


 咳払いの後に、ホウショウがそう切り出した。


「シナノと言ったか。シナノが起こしたことは殺人未遂に当たる。しっかりと裁判を受けて貰う。王都に一緒に行くぞ」


「えー」


 思わず意義の声を上げてしまう。


「何だ」


「別に罪にしなくていいよ。被害者の俺が許す」


 暴論だっただろうか。しかし、俺も死を望んでいたし、シナノも判断がつかない状態であったことは明確だ。


「駄目だ」


 はっきりとした拒絶。だから、融通が利かないと言うのだ。どの言葉を使えば、ホウショウを懐柔することが出来るだろうか。俺は頭の中でホウショウを説得する言葉を探していた。


「分かりました」


 俺よりも先にシナノが声を上げた。それは全てを認める言葉だった。


 シナノがゆっくりとホウショウの方へ歩みを進める。どこか腑に落ちない俺は何か言わなければいけないと、即席の言葉を繋げる。


「えー、別に良いじゃん。刺したぐらい。こんなに小さいんだから見逃してくれても」


 シナノとホウショウに睨まれてしまった。


 思った反応と違う。冷汗が額を流れる。なぜだか、俺一人が駄々をこねているようになってしまった。せめてシナノは俺の味方であるべきだと思う。


「すまないな。こいつの対応を任せてしまって」


「いえ」


 二人とも俺に優しくない。どうでも良いが、いつ二人は仲が良くなったのだろうか。ホウショウが見たこともない優しい顔をしている。俺にもその優しさを少しぐらいは分けて欲しい。そう思ったところで、声には出せないのがもどかしい。


「何だ、黄も青も揃っているじゃないか」


 突然、心臓が大きく動き、内側から声がした。鎖骨付近にある傷も赤く光り始めている。驚いていると、ホウショウもシナノもこちらを見ていることに気づく。


 もしかすると、この声は二人に聞こえているのだろうか。


「ああ、聞こえるようにしている」


 俺の気持ちに応えるように、そう答えた。古傷に掌を当ててみる。どこか暖かいような気がした。


 ホウショウとシナノがこちらに近づいてくる。


「今のは」


 ホウショウが疑問を口にする。


「さてさて、そろそろ頃合いかな。全てを話そうじゃないか」


 内側の俺はそう言うと、長い長い話が始まった。


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