真実3
「話って、何かな?」
努めて優しく話しかけた。少年の緊張を解すように、笑顔で言葉を促す。
「……キモイ」
理解できなかった。いや、言葉の意味自体は理解している。ただ単純にそう言われたという事実から目を背けたかった。
「え?」
頭では警報が鳴っているが、考えるより先に口から洩れてしまっていた。
「キモイ」
どんどんダメージが重なっていく。言われ慣れた言葉であっても精神的な慣れは一生来ないと思う。基本的に俺は精神面だけを考えたら脆弱だ。傷つくと分かっていながらも、ホウショウのように誰かの傍にいたいというのはそういった理由からだろう。人と関わることで、壊れやすい心を修復しようとしているのだ。
「キモ」
「もう分かったから。聞こえています。何度も言わないで」
俺は懇願した。思うように動かせないが何とか頭を動かして、この必死な思いを伝えようとする。
「僕、シナノ」
少しも顔を崩さず、シナノはボソリと呟く。先程、神父も口にしていた名だ。何となくそれが少年の名であることは知っていたが、人を罵倒した後に自己紹介をすることに驚いてしまった。変わっている。俺が言うことではないが、何を考えているか分からないその黄色の瞳に恐怖を覚える。この場から逃げたい気持ちを一気に呑み込み、俺は深呼吸する。俺も変わり者だ。少なくとも、社会に適合することが出来なかった。だから、ただ一人で旅をしていた。一つの土地に愛着を持たぬように、眩しい景色は視界に入れぬように。目の前の子供は俺と同じ目をしている。帰り道も分からぬ迷子の目。少年を見ていると、昔のことが鮮明に甦ってくるような気がした。
「どうして、聞こえない」
呟くような声だが、その声には力がある。それはどことなくあの神父に似ているかもしれない。妙な力を持っているその声に誰もが身を預けてしまう。警戒心を解き、すぐに人の信頼を獲得する。術の類かとも疑ったが、そういった術はこの世に存在しないはずだ。ある程度、術については本を読んだことがある。まあ、それも遠い過去に沈むような記憶だが。
術には様々な型がある。下手したら、この世に生きる全ての生き物の数、術の型はあると言われている。しかし、術の基本は五つの型から成る。焔・泉・恵・凪・夜の五つだ。五つの型どれに属するかは先天的に決まってしまう。術を極めたいと思ったらまず、自分がどれに属するかを知り、その型に合った修行を同じ型の術者である師から教わる。その修行方法は秘匿されているため、術者以外は知らないことになっているが、口が軽い術者なら話してしまっているかもしれない。その後、免許皆伝を受けると、師の元を離れて、自らに術を馴染ませるようにあの手この手で自分の術を確立させる。術師はある程度存在し、この国にも術師部隊があるらしい。まあ、どれもこれも信憑性に欠ける話だ。しかし、シナノや神父のような術は俺の読んだ本に書かれていなかった。
俺が知らないとなると、禁術になるが、それは国家機密に当たる代物だ。禁術の使い手がいるとなると、国の諜報機関が動き、誰にも知られずに抹殺されることだろう。これはどこの国でも共通認識ではあるが、噂では禁術の使い手の育成を進める国もあるという。
術ではないなら、この感覚はどこから来るのか。皆目、検討もつかない。
分からないことがありすぎて頭を抱えていると、影が落ちてきた。
「聞いている」
そこには肌の角質まで見えそうなほど接近していた無表情のシナノがいた。これは言葉に表せないほどの迫力がある。
「す、すみません」
思わず、口から吐き出された言葉。謝罪せずにはいられなかった。それほど、有無を言わせない圧力のようなものを感じてしまっていた。
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