鬼の空念仏

月虎

プロローグ

 これは古より語り継がれし物語。人間の心には「欲」を体現した鬼が巣食うと言われていた。人間の心が許容を超え、限界に達した時、鬼の存在が初めて認識される。人々は恐れた。人々は考えた。鬼という存在が人間の脅威になるのではないか。得体のしれない恐怖が人々の間に渦巻いていた。


 そんな中、ある赤子がこの世に生を受けた。赤子が生まれ落ちた瞬間、真っ青な空には暗雲が立ち込め、天から降り注ぐ一筋の光は赤子を照らし出す。多くの人間が見守る中、赤子はこの世のものとは思えない透き通るような声でこう告げた。


「我が身は我の分身。我が子でもある地上の民たちを脅かすもの、見逃してはおけない。しかし、我もこの身をかけて封じるのだ。お互いの信頼関係があってこそできる御業である。我の分身を大切に育て、今から17の周が廻った時、その感謝の意を込めて、天の使いを遣わそう。その天の使いがきっと地上の民の願いを聞き届けてくれるだろう」


 赤子が受けた神託を聞き、人間たちは大いに喜んだ。その日から人々は約束通り、赤子を大切に育てた。赤子もたくさんの愛情を受け、すくすくと成長した。また、天の使いへの貢物を準備するために、人々は一生懸命働いた。すべては鬼の知らないところで、着実に進んでいく。


「さぁ、地の者たちよ。希望を答えてみよ」


 約束の日。息をのむほど美しく、優雅で荘厳な出で立ちをしていた天の使いが人間にそう言った。天の使いが現れた後、暫く人々は目を見張り、身動き一つとれなかったという。また、その煌びやかさに目がくらみ、失神した人もいた。


「お、鬼を退治してください。鬼がいる限り、私たちは安心して暮らすことができません」


 あの時神託を受けた赤子は立派に成長し、人間をまとめ上げる巫女になっていた。巫女は全身から力を振り絞って天の使いに訴えかける。


「その願い、聞き入れた。この世には神域と言われる場所がある。それは誰にも知られてはいない我が主の力が集まる場所。そこに鬼を閉じ込めておくことにしよう」


「ありがとうございます」


「では、問おう。汝が望むのは鬼を退治すること。それに相違ないか」


「はい、間違いありません。それ以上は何も望みません」


「承知した。その願い聞き届けた」


 人々は地に頭を擦り付け、何度もお礼の言葉を述べた。天の使いはその姿を何でもないことのように見つめ、再び天へと帰っていく。


 その後、天は五つの光に包まれた。その光は何とも幻想的で、人間たちには「希望」の光のように思えた。やがてその光はバラバラに地へと降り注ぐ。


 人々は鬼を退治してくれた神と天の使いへの感謝を忘れまいと、光が降り注いだ場所に石造りの祠を立てた。義理堅い人々は永久にこの出来事を忘れることはないだろう。


 めでたし、めでたし。








 これでこの話は終わり。鬼が悪で天が善だった話。いつだって、誰だって自分が正しいと思うさ。いや、それでいいんだ。そのままでいてくれ。正しさなんて抽象的なもの、早い段階で手放せば楽になれる。俺は自由に生きる。お前らも好きにしてくれたらいい。ただ、人間は一番面倒臭い生き物だね。俺は疲れるよ。でもそれが人間である所以なんだろうね。回りくどいか。俺も人間らしくしてみたつもりだったが、気に食わなかったらしい。


 さぁ、これから何が始めるのだろうね。少なくとも、悪い気分にはしないと思うが、出来れば最後までお付き合いを。

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