奇跡2

 次に目に留まったのは二つの顔を持つ少女だった。先程のケンタウロスとは違い、少女たちはお喋りだった。


「あ、新しい人だー。ねぇ、私たちと遊ぼうよ」


「アソボウ、アソボウ」


 無邪気に少女たちは言った。どうやら、話す分には支障はないらしい。天真爛漫な二つの顔に、胸が痛くなる。


「何して遊ぶ?」


「カクレンボ」


「え、かくれんぼ?どうやって隠れるのさ」


「ア、ホントダ」


 甲高く笑う少女たち。


 まるで、彼女たちだけで世界が完結しているように見えた。質問も意味がないものだ。俺たちには立ち入れない領域であると知る。


「辛くはないか」


 久しぶりにホウショウの声を聞いた気がする。感情のこもっていないその声に、ここへ来ることを力づくでも止めるべきだったと後悔する。


 ホウショウと出会ってから数日。段々ホウショウの顔が見えなくなっていく。こんなに人と過ごしたのは初めてだ。そのせいか、絆だとか仲間だという言葉に疑心暗鬼になってしまっている節がある。深くは踏み込めない。前はそれで良いと思っていた。だが、本当に良いのだろうか。今のホウショウの背中を見て、気持ちが揺れる。


「つらいって何?」


「ナニソレ」


 少女たちは本当に言葉の意味を理解していないようだった。お互いの邪魔にならないように首を傾げ合っている。それすらも、少女たちは楽しいと感じるのだろう。少女たちの笑い声が反響する。


「いつも、二人なのか」


「当たり前だよ」


「ウン、ソウダヨ」


「二人で、外で遊びたくはないか」


「外で?遊びたい」


「アソビタイ」


 ホウショウは何かの答えを探しているようだ。少女たちの応えで何かを見つけようとしている。俺とシナノは黙ってホウショウと少女たちの問答を聞いていた。


「商売道具を誘惑しないで貰いたいね」


 それに待ったをかける声があった。あの老婆だ。怒りというよりは困惑が見て取れた。


「なぜ、ここにいる」


 ホウショウは姿勢を崩さない。老婆や俺たちでさえも、眼中にないようだった。


「だって、二人いるもん。どこでも私たちの遊び場だから」


「アソビバ、アソビバ」


 ホウショウの顔が歪んでいく。初めて見る表情だ。二人の無邪気な言葉がホウショウの心を溶かしていくのが分かった。


 何がきっかけなのか。俺の言葉ではいけなかったのだろうか。俺ではホウショウの心を動かすことも出来なかった。その事実に胸が少しだけ痛んだ気がした。気のせいだ。そんなはずはない。時に、疑心は真実を見ることを不可能にする。融通が利かないのは俺だったのかもしれない。


「俺にも、大切な人がいるんだ」


「その人と、遊びたいの?」


「アソビ、アソビ」


「……ああ、そうだよ。ずっと遊びたかった」


 たったそれだけの会話だったが、ホウショウという人間が少しでも理解出来たと思う。隣を見れば、シナノがそっぽを向いていた。それはどこか悔しそうな表情だった。


「僕よりもホウショウと仲良くなってる」


 俺の視線に気づいたのか、シナノはそう呟いた。ああ、だから俺は駄目だというのだ。シナノのように正直に生きることが出来ない。本当に羨ましい。羨ましがるだけで、何も変えようともしない。自分に呆れる。


 ホウショウを見ると、老婆の制止を振り切り、鉄格子の向こうにある少女たちの頭を撫でていた。それは一つの絵のような光景だった。俺はたった一人の観客でしかない。人と繋がれない。たったそれだけのことが、俺を残酷にする。無性に、ここから立ち去りたいという衝動にかられた。しかし、それでは前の俺に戻ってしまうことになる。ホウショウとシナノに会う前の自分に。あの何もない空っぽな自分に。


 口の中に血の味が広がる。いつの間にか、唇を強く嚙んでいたらしい。その血の味でさえ、俺を虚しくさせた。


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