ワンドロ即興小説集2021年2月版
生來 哲学
2/1『似たもの同士』
お題『似たもの同士』
プロット
序:本屋で、趣味が同じ二人が出会う
破:口げんかしていったら、見た目は正反対なのに、似たもの同士だと気づく
急:ちょっと二人は良い感じに
発売日。
それは誰にとっても神聖な日。
だが、学生である限りまずは学校に時間をとられてしまう。
放課後までは欲しい本を買いに行くことも出来ない。
もちろん、学校に来る前に本屋に行く手もあるが、学校に行く途中の本屋は軒並み開店時間が遅い。なので、欲しい本を手にするにはどうしても放課後を待たねばならない。
――待っててくれよ! 俺の大事な最新刊っ!
ホームルームの終了とともに俺は学校を飛び出した。
学校前の商店街を駆け抜け、本屋へと走る。
そして、新刊コーナーへ。
山積みになっているはずの新刊コーナーでも人気作品は既に重ねられている冊数が減っており、残り僅かとなっている。
そして、俺が欲しい本は――。
「「ラスト一冊!」」
ばっ、と手を伸ばし本を手に取る。
欲しかった最新刊の漫画はついに俺の手に――俺の手に――。
「「ん?」」
脳がフリーズする。
確かに俺は本を手に取った。
俺の指先には本がある。
だが、不思議なことに、本には俺以外の手が。
本の右側は俺の手が。本の左側には――見知らぬ他校の制服の女の子。
「あ」「れ?」
俺たちは同じ本を手にしたまま呆然と見つめ合う。
「……ども、このマンガ好きなんですか?」
「あ、こんにちは。そりゃ、買おうとするくらいには」
「なるほど。同じマンガが好きな人に会えて良かった。この本は俺が買いますので別の本屋へどうぞ」
「おっと。このマンガのファンは少ないからなかなか他で会えないので、私も会えて嬉しいですけど、ここはレディファーストじゃないですか?」
「お断りします。ファーストが許されるのはガン○ムだけです」
「意味分かんない。ガン○ムはどのシリーズも許されるでしょ」
「ぐぬぬぬ」
「ぐぎぎぎ」
互いに笑顔のままがっちりとマンガを手にしたまま離そうとしない。
「言っておくけど、俺はこのマンガが連載第一話から追ってる。そんな派手に髪を染めてるミーハーな女とはファンとして覚悟が違う。譲ってくれ」
「はぁぁぁぁぁ? 私だってこのマンガが連載始まる読み切りの頃から追いかけてたんですけど? このオシャレな絵柄のマンガ、あんたみたいな根暗そうな冴えない男が読むべきじゃないでしょ。譲りなさい」
「嫌だ」
「私もヤダ」
再びにらみ合う俺たち。
くっそ、俺は普段は女の子とはまったく会話しない不毛なオタク少年なのになんでこんなところで見知らぬ女子とケンカせねばならないのか。同じファンならどうせなら作品について感想トークしたいのに。
「……店員さーん! 店員さーん!」
たまらず俺はもう片方の腕を上げ、本屋の店員を呼ぶ。
「すいません、この本あと一冊ないですか?」
俺たちが一つの本をがっちり掴んだまま睨んでくるのに店員はやや「うわぁ」とヒいた顔をするが、すぐに営業スマイルになって語る。
「じゃー、その、お楽しみのところ申し訳ないですけど、その本を手放してくれませんか」
「嫌です」「無理です」
「……そうですか」
店員はスマホを取り出して、俺たちががっちり握っているマンガの裏表紙のバーコードをピッとスキャンさせた。
「……在庫はそれがラスイチですね」
ぴしぃぃぃっ、と空気が張り詰める。
俺たちは書店員さんにぺこりと頭を下げた後に再びにらみ合う。
「じゃんけんで決めるってのは?」
「は? 私が先に手にしたのになんでそんな勝負事しないといけないの?」
「じゃあこの膠着状態どうするんだ。どっちかがあきらめないとダメだろ」
「あんたがあきらめればいいでしょ」
「……それだけは絶対にやだね」
話しているうちにこの本を絶対に買ってやるという固い決意が芽生えてきた。
だが、それは向こうも同じようで一向に引く気配がない。
「ちょっと力を緩めなさいよ。本が傷むでしょ」
「まったくだよ。本が傷むんだからお前もせーので緩めろよな」
「「せーの」」
二人は同時に声を上げるが本はぴくりとも動かなかった。
緩んだ気配はなく、むしろ、本にちょっと指が食い込んでる気がする。
「緩めろって言ったよな」
「そっちこそ緩めろって言ったでしょ」
書店員さんや周囲の客達ががいい加減にしてくれ、と言った視線を投げてくるが退くわけにはいかない。
「退かぬ。媚びぬ。動じぬ。がモットーでね。どうか譲って欲しい」
「それはこっちの台詞。こっちだって一度決めたことは最後までやりとげるのがモットーなのよ」
なんという時間の無駄だろうか。
俺は一刻も早くこのマンガを読みたいのに。
ここまで来ると隣のショッピングモールの本屋へ走った方が早かったかも知れない。
「すいません。他のお客様の邪魔になるので出て行って貰えませんか。あんまり争うのであればどちらにも売りません」
横合いからどっしりとした貫禄のある書店員のおばさんが出てきた。この店の店長なのかもしれない。
「いや」
「……でも」
「じゃあ、両方に売ります。420円なので210円ずつお願いします」
「「……!?」」
突然の提案に俺たちは目が点になる。
「え、両方に売るって?」
「なんですかそれ。そんなのありなんですか?」
「嫌なら出て行ってください」
書店員のおばさんは頑なであった。いや、頑ななのは俺たちだったのかも知れないが。
「……はい、500円です」
「私も500円です」
書店員のおばさんは俺たちから500円をふんだくるとドスドスドスドス、と巨大な足音を立ててレジへ走り、再びドスドスドスドスと足音と共に帰ってきた。
「はい、おつりの290円。はい。はい。よし、受け取ったね。じゃあ外で二人で仲良く読みなさい。出てった出てった」
パワフル書店員さんの豪快な大岡裁きによって俺たちは本を握ったまま二人同時に本屋を追い出されてしまった。
「…………」
「…………」
唖然としたまま俺たちは手元の本を見て、そして互いの顔を見た。
「なにあれ」
「わかんね」
ぷふぅ、と同時に吹き出す。
そして二人して腹を抱えて笑った。
何が何だかよく分からないまま、互いに笑い合った。
本を手放すことはなかったが。
「じゃ、じゃあ読みましょうか」
「お、おう」
かくていつの間にやら俺たちは近くのショッピングモールへ行き、フードコートで一緒にこの本を読むことになった。
右のページを俺が持ち、左のページを女の子が持つ。
「うわっ! この中表紙の絵! すごくない? かぁぁぁぁこいいい!」
「分かる。この黒いベタの使い方たまらないな。さすが先生だ」
「あ、人物紹介が変わってる」
「ホントだ。げ、俺の好きキャラの名前が消えてやがる」
「あー、あの子はこの巻だと出番ないからね」
「あるよ! 回想で少しだけ!」
「あんなの出番って言わないでしょ」
「まあいい、ともかく四十一話からだ」
「本誌で読んでるからって変に飛ばさないでよ」
「わぁってるよ」
いつの間にやら俺たちは意気投合しながらページをめくり、マンガの世界に一喜一憂していた。
そして、書き下ろしの所まで読み終え、互いに同時にため息をついた。
いつの間にか――本から手を離していた。
「最高だったな」
「最の高だったわね」
「まさか、書き下ろしであのシーンが補完されるとは」
「ねー。絶対あの部分については作者も忘れてると思ってたのに」
「やっぱり俺たちは作者の手のひらの上なんだ」
「だが、それがいいのよね」
俺たちは同時に頷き、がっしりと固く握手した。
――ん?
とそこで気づく。
あれ? 俺なんで女の子と握手なんかしてるんだ。
この手、メチャクチャ柔らかくない?
一気に自分の体温が上昇するのを感じた。
やたらと身体が熱くなるのを感じる。
「あっ、あっ、あははは、どーしたの? あんたなんか顔赤いわよ」
「そっちこそ。メチャクチャ顔赤くなってるぞ。さては、男と手を握ったこととかないんだろ」
「馬鹿にしないでよね! 小学生の時に組み体操とかで握ったことくらいあるわよ!」
「うわ、典型的な非モテの発言」
「そっちこそどうなのよ!」
「ああん? 俺は毎日妹をベッドから引きずり下ろすのに手を握ったりしてるつーの」
「はい、ファミリーはノーカウントですー。それでいいなら私だって毎日弟をバシバシに叩いてるっての」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が俺たちの間を通り過ぎていく。
「手、離そうか」
「そうだな」
どちらともなくあっさりと手を離した。
なんだか、名残惜しい気がした。
「どうする?」
「え?」
「この本」
「……あ、そうか。本の事よね」
俺の言葉にきょとんとしていた女の子があたふたと応える。
「えーと、最後まで読んじゃったしね」
「そうだな。でも、読み返したりしたいし、妹にも読ませないとだしな」
「うちも弟に読ませないとね」
正直もう譲ってもいい気分になってきていたのだが、何故かそれを口にする気持ちにはならなかった。女の子も何かを言おうとしてはためらっている。
やがて、彼女は意を決したようにスマホを取り出した。
「連絡先、交換しよっか」
「え?」
「これは――『私達の本』。二人で管理しましょ。今日はあんたが持って帰って良いから、明日は私が持って帰るってことで」
「そっか。俺たちの本だもんな」
俺もスマホを取り出した。
そしてかつん、とスマホを触れさせるとピロリ、と連絡先が交換されたと言うアプリの効果音が鳴った。
かくて俺たちは不思議なマンガ仲間となるのであった。
了
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