2/25『桜吹雪×傘×シアトルマリナーズ』
お題『桜吹雪×傘×シアトルマリナーズ』
プロット
序:シアトルマリナーズファンの女の子が傘をさしてウキウキで歩く。
破:野球ファン丸出しの格好を見たクラスメイトに馬鹿にされる。
急:言い合いしてたら雨が止み、桜吹雪が流れてきて、キレイだったのでケンカをやめる。
「今日はいい雨だなぁ」
私は雨が好きだ。
人混みになりにくく、静かで、音がどこまでも反響する感じが好きだ。
後、晴れの日はなんか背景がさみしい絵みたいなイメージだ。
その点、雨が常に降っていたら何もない空白の空間が常に流れる水で行き来するのでなんとなく得した気分になれる。
そんなことを友人に伝えたら「動体オブジェクトが好きなのか嫌いなのか判断に困る話だ」と言って笑われた。
ツッコミの意味がよく分からなかったけれどあれはきっと馬鹿にされたのだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。
私はただ、このしずかに雨音で満たされた空間をただただ散歩すれば良い。
それだけでなんだかとっても満たされた気持ちになれるのだ。
今日はお気に入りの青いシャツに青い帽子を着て青い傘を差した真っ青なコーディネートで気分もウキウキだ。
こんな素敵な時間がいつまでも続けば良いのに――と思ってたら。
「うわ、すごいオタク丸出しの格好」
声がした方を振り向くと同じ学校に通うクラスの男子高校生がそこに居た。
「は? この格好のどこがオタクなの?」
「野球オタクじゃん」
反論は出来なかった。
私のお気に入りのコーディネートにはでかでかと『マリナーズ』と書かれているし、随所に「シアトル」のロゴも入ってるし、なんなら球団のマスコットキャラもあしらわれている。
この青いコーディネートは私自身がシアトルマリナーズと一体化した一つの武装みたいなものだと言っても過言ではない。
――いや、それはおかしい。反論はある。
「え? これは私のただの普段着だけど?」
「全身を特定の野球チームのファングッズで埋め尽くした着こなしを普段着としてる奴はオタクだよ」
「そっかなー。でも、ほら、ロックバンドとかまったく知らないのに日本人はロックバンドのロゴが入ったシャツ着たり、英語読めないのになんか格好いい英語のロゴが入ったシャツ着たり、ニューヨークが好きでもないのにアイラブニューヨークって書かれたシャツ着てたりすることあるじゃん。
あれと同じだよ」
「そんな訳ないだろ」
ばっさりと否定された。
まあ別に私がオタクであってもかまいはしないし困りはしない。
だが、差別的なムードでオタクだ、と言われるのはなんだかむかつく話だ。
「分かった。こうしよう」
「どうするんだ?」
「オタクではない。熱狂的なファンだ
――と言うことで」
「そういう熱狂的な奴のことをオタクって言うんじゃないの?」
「そうなの?」
「いや、俺もよく知らないけど」
私の言葉にクラスメイトは言葉を詰まらせる。
「はい、私の勝ち」
「何も勝ってねぇよ」
「勝利者などいない。そこにあったのはただの敗北者達の屍ばかりであった」
「なんかそれっぽいこと言うの完全にオタクの挙動だなぁ」
どうにも彼は私をオタクということにしたいらしい。
「やれやれ、こんな気持ちの良い天気の日に無粋なことを言うね」
「気持ちの良い天気? どこが? べとべとはしてないけど雨降りまくりで、何も気持ちよくないのだが」
「馬鹿ね。この雨が隙間を埋めてくれてる感じがいいじゃない」
「よく分からん感覚だ。何でも埋まってれば安心する口か」
「それは……あるかもしれない」
「あるんだ。変な奴」
「ええ? 私のどこが?」
「何もかもがだよ」
なんだか私を小馬鹿にしたような、大人みたいな態度を取るので思わず傘で叩こうとした。
が。
「お」
「あ」
同時に声が上がる。
雨が――止んだ。
「よかった」
「がっかりね」
正反対の感想を述べあい、私達はにらみ合う。
が、そんな私達をあざ笑うかのように一陣の風が私達を包み込んだ。
それと共に吹き荒れる桜の花びら達。
私達を取り巻く桜吹雪はとてもキレイで、思わず見とれてしまう。
風が止み、桜の花びらがゆらゆらと地面へと落ちていき。
後には再び見つめ合う私達。
なんだかすべてがどうでも良くなって私は大きくため息をついた。
「じゃ、私は帰るね」
「そっか。じゃあ俺も」
そう言って別々の方向に私達は歩き出す。これで私達のお別れ――かと思いきや。
「おい」
彼が話しかけてきた。
「私の名前はおいじゃないけど?」
予想外の反撃だったのか、クラスメイトの男子はやや言葉を失う。
が、すぐさま我に返って、おずおずと言ってきた。
「あの、さ。新学期。同じクラスになったら野球の話しようぜ」
「は? なんで? 今そういう流れじゃなかったでしょ」
「その、悪かった」
突然殊勝な態度を見せられ私は困惑する。
「何よあんた。私に気があるの?」
私の言葉に彼はぐっ、と唾を飲み込み――やがて意を決して言った。
「そうだな。気があるかも知れんな」
「え?」
私がどういう意味、と聞き返す前にクラスメイトは背を向けて雨上がりの道を走り去ってしまった。
後に残された私は――。
「なにこれ?」
よく分からないけれど――彼が絡んできたのは私に気があったかららしい。
「……そっか。そっかそっか」
なにか知らないけど、私も罪な女らしい。
――これは、私に春が来るかも知れないね。
とはいえ、さしあたって問題がある。
「彼の名前、なんだったかなぁ」
正直、私はクラスの男子の名前など半分も覚えていない。
「……ま、いっか。次に会ったらマリナーズに洗脳してやろう」
そう思いながら、私はにやけつつ帰宅するのであった。
了
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