2/24『忘却×確定申告×こけし』

お題『忘却×確定申告×こけし』

プロット

序:確定申告を忘れていたので市役所に向かう女性

破:その途中、巨大なこけしに襲われる。

急:意味の分からないこけしだったが、怖いので倒す


「そっか、確定申告しなきゃだ」

 私はふと思い出す。

 私は別に働いてる訳ではない。

 ただの女子高生である。

 が、一般人ではない。

 オタクの、二次創作者だ。

 コミケでそれなりの収入があるせいで、確定申告に行かなければならないのである。

「あーあ、別に同人誌売って、それなりに収入があるって言っても製本代でほとんど消えてるからここから税金取られたら全然残らないんだけど!!」

 とはいえ、その印刷代をひねり出すためにバイトをしてて、バイト代と同人誌の売り上げを合わせたら××円となるため、確定申告必須ラインにひっかかるのである。

「あーと、今年のコミケの売り上げはアプリで記録してるし、これが印刷所からの請求書で、これがバイト先からの給与明細っと……後はコミケの旅費に使ったレシート類とかをかき集めて――行くか! 市役所!」

 正直こんな面倒くさいことはしたくないのだけど、行かなければ今度は脱税容疑でもっとお金を国に請求されてしまう。なんとも世知辛い話だ。

「あーもー、行きたくない理由を探しても仕方ない! ともかく行くぞっ!」

 私は鞄に必要書類を突っ込んで家を出た。

 幸い市役所は駅前なので歩いてすぐだ。

 いつもの通学路の途上にある。

 マンションを出て、商店街を歩き、駅前へ向かおうと――。

「もしもし、お嬢さん」

 話しかけられてふと振り返る。

 そこには――こけしが居た。

「…………」

 私は見なかったことにして再び駅前へ向かう。

「おっと、そうは問屋をおろしませんよ!」

 意外に素早い動きで回り込まれてしまった。

 私は大きくため息をつく。

 全長二メートルほどの、こけしの着ぐるみ。

 声に心当たりはない。

「すいません。私は三時までに市役所にいかないとダメなので、ビラ配りとかは別の人に当たって欲しいんですけど」

「いえいえ、少しアンケートを採らせていただければ。そんなお時間は取りませんので」

「うわっ、絶対時間かかるやつ」

「まあまあまあ。――あなたはこけしを信じますか?」

「信じません。さようなら」

 横をさっと通り抜けようとする私だったが、こけしが素早いフットワークで回り込んでくる。

「すいませんけど、実際には書類を色々書くから二時半までには市役所に行きたいんですけど」

「待ってください。あなたはそもそもこけしの由来を知っていますでしょうか」

「Wikiに書いてあることくらいなら知ってます」

「なるほど。つまり、一般的なことまでしか知らないと」

「ええそうですね。それで充分です」

「それでは、ここで私がこけしについて耳寄りな豆知識を」

「いっりっまっせっんっ! 私は確定申告に行かないとダメなんですよっ!」

「そんな! こけしと確定申告どちらが大事なんですか!」

「確定申告に決まってるでしょ!」

「アウチっ! お嬢さん。あなたはこけしの重要性と言うのを分かってないようですね」

「じゃあかしいわっ! 未婚の乙女に売り込む話じゃねぇぇよっ! 去れ! すべてを忘れて私の前から消えろ!」

 しつこいこけしに段々とイライラが溜まっていく。

 この着ぐるみ野郎は何がしたいのか。

「待って。では、じゃあ、ここの書類に、アンケートに答えてもらうだけで良いから」

「…………」

 私は渡されたアンケート用紙をビリビリに破いた後、商店街の真ん中にあるゴミ箱にぶち込む。

「大学の研究なのか、宗教の勧誘なのか、企業のマーケティングなのか知らないけど、私に! 関わるんじゃあない!」

 平日の昼間なので、私以外には商店街に人通りがほとんどないのは分かるが、なんだって急いでる人間にちょっかいをかけてくるのか。

「そんな、後生な! ノルマが足りないんですよぅ」

「うるさい! こっちは急いでるの! 仮にノルマが危なくても、帰りにしてくれない!?」

「じゃあ帰りに話聞いてくれますか?」

「いや、もう二度と口聞かないと心に決めた」

 宣言すると共に走り出す。

 が、器用にも私の真横をこけしの着ぐるみが追従してきた。

「お待ちなさいお嬢さん! 私は絶対に貴女を逃しはしな――」

 私はひょいっとこけしの進行方向に足を出す。するとこけしの着ぐるみ野郎は面白いようにずるっと転けてびたーんっ! と倒れた。

「よし」

 私は倒れた隙に市役所へ走った。

 幸いにして市役所は平日なこともあり、ガラガラだったので簡単に用事は済ませられた。

「大学生で良かった……というか、平日にしか開いてない市役所で、社会人の人とかどうやって確定申告してるんだろう」

 ――まあいいか、それは私が卒業して勤め人になってから考えよう。

 考えても仕方ないものは仕方ないのである。

 と、いつもの帰り道で帰ろうとして思い出す。

 商店街の方を覗くと先ほどのこけしは――いた。

 ――うわ、まだ居る。

 商店街を遠回りして帰るか。

 それとも意地を張ってまっすぐ進むか。

 というか、結局あの着ぐるみはなんなのだろう。

 ――毎日の通学路に居座られたら嫌だなぁ。

 意を決して私は商店街を進む。

 こけし野郎とは距離を置いて。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 幸いにしてこけしは別の人にアンケートを書いて貰っており、私には気づかない。

 ――よかった。

 と安心した矢先、背後に気配がした。

 とっさに横に飛び退く。

 先ほど私が居た場所を再びこけし野郎が出現していた。

「なっ! そこで別の人のアンケートを採ってるのに!」

「ふっふっふっ、あそこでアンケを採ってるのはこけし二号!

 対する私はこけし一号! さっきお嬢さんにこかされた方ですよ!

 さあ、お嬢さん、私にアンケートを採らせてもらいますよぉぉぉぉぉ!」

「なるほど、さっき転かせたことは謝るわ。

 でも、それはそれとしてむかついたからアンケートは答えてあげない」

「じゃあ……どうするって言うんですか、お嬢さん」

「ジャンケンしましょう」

「ほう」

「負けた方は買った方の言うことを聞く」

「なるほど。良いでしょう。その勝負。乗った」

 かくて私とこけし野郎はにらみ合う。

 空気が張り詰め、互いの拳を背後に引き、にらみ合う。

「「最初はグー!」」

 私と彼の絶叫が重なる。

 この一撃にすべてを込めて、放つ。

「じゃんっ」

 前へ踏み込む。

「けんっ」

 背後から拳をサイドスロー気味に放つ。

 握り拳が素早く開いていく。

 相手はどうか。

 分からない。

 動きほぼ同時。

 後出しはない。

 一瞬の、勝負。

「ぽんっ!」

 出されたのは――パーとパー。

「「あいこでっ!」」

 二撃目へ以降。

 拳を引き、放つ体勢に入る。

「ぽぉぉぉぉんっ!」

 裂帛の気合いと共に放ったのはパー。

 対する相手はグーだった。

「なっなにぃ!」

「悪いけど――私の、勝ちよ」

 私は勝利の笑みを浮かべ、颯爽とこけし野郎の横を通り過ぎた。

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 背後で聞こえるこけし野郎の絶叫。

 意味は分からなかったけど、今夜は気持ちよく寝れそうなので私はすべて許した。




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