2/4 『座席×縁結び』

お題『座席×縁結び』


プロット

序:映画を見に来たら突如となりの女の人に運命の人だと言われる(縁結びの座席)

破:意味が分からないまま映画を見終わる

急:見終わった後感想を言い合ってたらなんかいい雰囲気になる


「そうか、あなたが運命の人だったんですね」

 笑顔で話す少女の言葉に俺は目が点になった。

「え?」

 映画館でどうでもいい予告編が流れるのをぼーっと眺めつつ見に来た映画が始まるのを待っていたら、突如として隣に座った少女が話しかけてきたのである。

 俺が運命の人だと。

「きっと人違いだと思いますよ」

 ぱっと見た感じ相手は俺と同じ高校生くらい。年下か、同級生くらいだろうか。こんなマニアックな映画を見に来るようには見えない白いニットに赤いスカートのオシャレな少女である。

 勿論、初対面。会ったことも、見たこともない少女だ。

 ちらりとスマホを見た。

 映画が始まるまで後、十分ほど。

「知らないんですか、この座席のこと」

「何も知らないんですけど? よかったら説明してくれますか?」

「やった! じゃあ説明しますね!」

 ――しまった断れば良かった。

 逆ギレ気味に言ったから逃げてくれるかと思ったが向こうは俄然乗り気だ。

「こんな言い伝えがあるんですよ」

「はい」

「この座席と、そっちの座席に座った二人はカップルになるって。それは男と女でもいいし、男と男でもいいのだけど、ともかくカップルになる縁結びの座席って言われてるんですよ!」

「……はぁ」

「すごいですよね! そして今日は私とあなたです! ふつつか者ですがよろしくお願いします!」

「謹んでお断りいたします」

「ええっ!? どうして!? 私の何がいけないんですか??」

「なにもかもがですよ」

 くそう、映画を楽しみにしていた――いや、正直マニアックな映画なので冷やかし気分で来てたのでぼーっとしてたのだが、ともかく何故映画を見る前に変な人に絡まれなければならないのだろうか。

「じゃあ君は、ここの席に座ってるのがゴリラだったり、子連れのおっさんだったり、自分の嫌いなタイプの同性だった場合どうしてたんですか?」

「それも……運命」

「ちげぇよ絶対! なぁに悦に入ってんだよ! こちとらどん引きだよ!!」

「やん、口責めの激しい人なんですね」

「言っておくけど、俺は普段は温厚で善良なオタクだよ! 人に怒鳴ったりしたの大分久しぶりだよ!」

「そんな……私だけに激しい一面を見せてくれるなんて」

「…………っ!!」

 何を言っても興奮スイッチが入るようなので歯を食いしばり、ツッコむのを抑える。

「君は、映画を見に来たんじゃないの?」

「はい、運命の人を探すついでに」

「不純な気持ちで映画館に来るのやめてもらえないかなぁ。シネフィルとしてはがっかりだよ」

「…………シネフィルってなんですか?」

「後で自分で調べてくれ」

 俺は大きくため息をついた。

 こんなにわめいていたらさぞ他の観客に迷惑――と思ったら開場してから大分立つのにこのシアターには俺と、この変な女の子しかいなかった。

 ――馬鹿な。いくらマイナーな映画とは言え、俺はこれから二時間近くこの危険な女と二人きりなのか。

 俺が周囲を見回してることに気づいたのか、女の子は潤んだ目でこちらを見つめてくる。

「二人っきり……ですね。まさに初デート」

「み、認めたくねぇけど、状況証拠があまりにもデートみたいな奴!!! なんで!?」

 映画開始まで後五分。誰か来てくれ。

「でも、この映画を見に来たって事は、運命の出会いを信じてるんじゃないんですか?」

「んん? ああそうか、この映画はそういうお話だったか。別に。戦争映画を見る人が全員戦争が好きだったりしないし、ラブコメを見る人が全員恋愛が好きじゃないよ。

 俺は――この映画の主演女優が気に入ってるからマイナーだけど見ることにしただけだ」

「そうですか。じゃあ原作の方は?」

「知らないな。少女マンガが原作だったか?」

「ですです。まさに運命の物語で、人生に絶望した少女が――」

『――ただいまより、上映を開始します』

 彼女が得意げに映画について語ろうとしたのを邪魔するようにアナウンスが流れる。

 良いタイミングだ。とていも良い仕事をしてくれてる自動音声さんだ。

「悪いが――今は映画を」

「そですね」

 劇場の灯りが落ち、するすると幕が上がっていく。

 変な少女も映画を見るという行為を邪魔するつもりはないようで、すっと自分の座席にもたれてくれた。

 一瞬、こっそり別の座席に移動することも考えた。

 が、変な女の子から逃げる形で自分の座席を変えるのはなんだか負けた気がしてそのまま映画を見ることにした。




 それはよくある話だった。

 人生に絶望した少女のお話。

 物語は母が自殺し、父が行方不明になった少女が遠い親戚に引き取られ、見知らぬ街で暮らすことになったところから始まる。

 それまで暮らしていた都会とは何もかも違う環境になじめず、田舎の人間関係に溶けいることなく浮上してしまい、ただただ重い荷物を抱えたまま、死んだように歩く日々。

 そんな息の詰まった田舎暮らしの中、少女はひときわ儚げな少年に出会う。

 ――と。

 違和感を感じて俺は自分の右手を見る。

 何故か俺の右手はがっしりと隣の変な少女に捕まれていた。

「…………ぉ」

 ――おい、何をする、と声をかけようとしたが言葉を失った。

 彼女は震えていた。

 苦しげに胸元を抑え、静かに涙を流していた。

 今にもその場に崩れ落ちそうな、そんな姿。だが、彼女は涙を流しながらも、その両の目は閉じることなく、一瞬でも見逃すまいと映画に釘付けだった。

 なんのことはない、俺以上に彼女は映画に没入していた。

「…………」

 仕方なく、手を振り払おうとするのをあきらめる。

 ――まあどのみちこんなに強く握りしめられたら、振り払うのは難しそうだ。

 不意に、思う。

 手を握りしめられたことなんて、今までの人生であっただろうか。

 彼女はこんな、どこにでもあるような不幸話の何に没入しているのだろうか。

 気がつけば、映画を見ている間、ずっと隣の少女のことを考えていた。

 勿論、映画もちゃんと見ていたのだが、自分の為ではなく、隣の少女のために、俺は食い入るように映画を見続けた。

 彼女の手は、結局上映が終わるまで俺の手を離すことはなかった。




「ごめんなさい」

 上映後、彼女は俺の手を離し、ポシェットから取り出したハンカチで自らの涙をぬぐった。

 映画は――面白かった。

 激動の人生をゆく二人が、苦難の末に二人でそれでも生きていこうと誓い合うところで話は終わった。おそらくこの後も彼女らには辛く厳しい人生が待っているのだろうが、彼女達ならばきっと乗り越えられる――そう信じられるエンドだ。

 とはいえ、それが何か新しかったかと言えばそんなことはない。

 俺が今までたくさん見てきた映画の中でもよく見る類型のお話だし、若いキャストはみな新人が多い故に拙い演技も目立つ。カット割りはなんだか乱暴で、原作の有名シーンのつぎはぎのようで、なんというかできの悪い総集編のようだった。

 唯一、俺が期待していた主演女優の少女の演技はさすがと言うべき素晴らしいものだったが、映画全体を見ればなんというか、お涙ちょうだいのよくある邦画だった。

 俺は映画を見た後にあれこれと物語について考えるのが好きだが、この映画を見た後は特にそんな気持ちにはなれなかった。

 だが。

 目の前の少女は今もまだ、涙を流し続けていた。

「……時間ある?」

「え?」

 気がつけば、ガラじゃない事をしていた。

「俺、昼飯まだなんだ。この映画館のあるショッピングモールで見た後に適当に食べようと思ってて……その、良かったら一緒に食べないか? な? その……いきなり変なこと言ってひかれるかもしれないけど」

 彼女は目を点にして、それからゆっくりと頷いた。

「はい。私でよければ」

「残念だけど、今この映画一緒に見たのあんたしかいないからな。仕方なしだよ」

 涙をぬぐい、やや赤くなった目をした彼女は嬉しそうにほほえむ。

 不覚にも、もしかしたらこの少女はとても美人ではないかと思った。

 いや、変な出会い方をしてしまったので意識の外においていたが、彼女はなかなかの美少女だ。さっきの映画に出ていた主演女優の少女にどことなく似ている気もする。

「ごめんだけど、俺はそんなにあの映画感動できなかった。まあね。映画見てもなかなか泣いたことないタイプのオタクなんだけどね、俺」

 ――俺は何を言ってるのだろう。

「よかったら、あの映画のどこがそんなに泣けたんだ? 教えてくれよ」

 映画館を出て、ショッピングモールを歩きながら俺は傍らの少女に訊ねる。

「実は、この少女マンガ、母の友人が書いてて」

「へぇ」

「色々と、作者とか、その周りの人達の実体験がモデルだったりするんですよ」

 そう言えば、スマホが出てこなかったりしてなんとなく時代が古くさいところがあったが、俺たちの親の世代の実体験がモデルだったのか。

「それでなんというか、まあ、お母さんのこと思い出しちゃって」

「ふぅん」

 流石にこれ以上踏み込むのはためらわれた。

「でも、そんな大事なお母さんの思い出のつまったかもしれない映画でよくナンパしたね」

「ちょっ、ナンパじゃないです! 縁結びの座席はホントなんですって! うちの学校の先輩達の間で有名なんですから!」

「うわぁ、ローカルな都市伝説」

「いいじゃないですか。秘伝ですよ、うちの学校の」

「あの映画館出来たの六年前くらいだろ?」

「世代交代を二回くらいしてるから充分息の長い都市伝説ですよ!」

「そっか? まぁ、そうかもな」

 話していくウチに、彼女は出会った頃の明るさを取り戻しつつあった。なんというか、そっちの方が良い。

「じゃ、何食べるか決めるか」

「麺類が良いですね」

「じゃ、このラーメン屋にするか」

「え? 女の子をつれてラーメン屋に? おかしくないですか? ここはパスタでしょ?」

「げ、あんなオシャレオーラしたところ入ったことないっての。俺はこう、いつだって脂ぎったラーメンを食べるのが好きで」

「じゃ、私が連れてってあげますよ。彼女同伴なら、問題ないでしょ?」

 がしっ、と再び俺の手を取り、彼女は強引にラーメン屋と反対側にあるパスタ店へと踏み出す。

「ああもう……分かった。今日はパスタにしてやる」

「じゃ、次はラーメン屋さんに連れてってくださいね」

「次があるのか?」

「あるんじゃないですか?」

「……さあな」

 顔をしかめ、俺は返答に窮する。

「じゃ、まずは名前を交換しましょう。私の名前は――」

 こうしてよく分からないままに、俺たちは今日、縁を結ばれてしまった。

 彼女とはこれからも変な関係が続くのだが――。

 この時の俺には知るよしもないのであった。




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