2/5 『バナナ』

お題『バナナ』


プロット

序:オヤツを買いに出かけた少年が、バナナのたたき売りに出会う

破:バナナのたたき売りの強引な押し売りバトルに巻き込まれる

急:バナナなんてなかった。


「小腹が空いた」

 そんな母の一言によって俺は街へ繰り出す羽目になった。

 いつもいつも母の横暴によって買い出しに行く俺はなんて不幸なのだろう――などと適当な不幸感を感じつつマンションを出て街へ繰り出す。

 まあオヤツを買ってこいというのはただの口実で、課題で煮詰まってて家でじたばたしている俺に気分転換してこい、て話なのだろう。

 ひとまず適当なお菓子を幾つか買って帰ろう――そう思っていた時、ふと、今の時代に似つかわしくない何かを見つけてしまった。

「らっしゃいらっしゃい! バナナ! 新鮮なバナナだよ!」

 ――嘘だろ。今は令和だぞ。

 時代錯誤にもほどがある。

 ショッピングモールの一角でなんとバナナのたたき売りをやっていた。

「新鮮な! 新鮮なバナナ! バナーナだよ! 我らがゼミで丹精込めて作った新鮮なバナナ! いかがですかー!」

 何人かの女の子がやけになってひたすら叫んでいる。

 その異常な光景に周囲の客達も関わり合いになりたくないと思ったのか誰も買いに行かない。

 なんで今の時代にバナナのたたき売りなどやっているのか。

「あ、ショーケンじゃん」

 と、たたき売りしてる女の子の一人が俺を見つけて手を振る。

 聞き覚えのある声。

「……え!? 吉田……なんでこんな所に」

「え? なになに? 誰? 吉田の男?」

 俺の言葉に売り子をやってる女の子達が声を上げる。

「あー、これ。うちのゼミの授業の一環。なんかしらんけど、バナナ売ってこいって」

「吉田のところは社会人類学かなんかのゼミだっけ? 大学の先生はよく分からない課題を出すなぁ」

「ちょっと! 無視しないでよ! 二人はどういう関係なの!?」

 俺と吉田の会話に売り子の女の子達が早く説明しろと割り込んでくる。

 バナナのたたき売りをしているのは吉田の他に二名の女の子だ。

「あー、こいつは同じ高校出身のショーケン。見藤章一で、あだ名がショーケン。ただの友人」

「えー? ただの友人なのにあだ名で呼ぶの?」

「あーとっ、俺はクラス全員からあだ名で呼ばれてたから」

「そっか。残念。あ、あたしは吉野ゆしこ。で、そっちでぼーっとつまらなそうに突っ立ってるのが吉岡やいこ。で、こちらが君も知ってる吉田よりこ。三人揃ってヨシヨシヨシトリオだよ」

「……語呂が悪い。せめて三吉とか、吉トリオとか、もっといいのなかったのか?」

「ありませーん! なのでよかったらショーケンくんがつけてよ」

 ――この吉野さんという人ぐいぐいくるなぁ。

「あだ名……俺はつけられる方だったから他人の、しかもコンビ名を決めるなんてハードルが高い」

「誰がコンビよ。ただ単に全員の名字に吉が付いてるだけじゃない」

 吉田が不満そうに言う。

「いいじゃぁん。いいじゃぁん。せっかくだし、あだ名決めて! なんなら私単体のあだ名でもいいよ」

「何故そこまでしてあだ名を」

「だってー、吉岡って名前なんかかわいくないもーん」

「やいこ、てすごくカワイイ名前じゃないですか」

「あ? 分かるぅ? そう、やいこってメチャクチャ語感良くって私好きー。でもじゃあ、ショーケンくんは私のことやいこって呼んでくれるの?」

「……う。初対面でそれはちょっとハードルが高い」

「でしょー?」

「なに変なことで盛り上がってるの? 今はいちおー、バナナを売るって言う社会学の授業チューだぞ」

「あー、吉田ったらもしかして私がショーケンくんと仲良くしてるの妬いてる?」

「べっつにー。そんなんじゃないしー」

 といいつつ、吉田は明らかにへそを曲げた顔をしている。非常に不満げだ。

 別に俺は吉田の彼氏というわけではないが、彼女はかまってちゃんなので高校時代からも放置しておくとこうして勝手に切れることが度々あった。

 それを思い出して俺も吉田に話しかける。

「まあまあ。と、とりあえずバナナを買うよ。ちょうどオヤツ買いに来たし」

「そう? なら良いけど。一房500円のと、三房1200円のとあるけどどれが――」

「ストップ。まずは私達のあだ名を決めてくれないとバナナは売れないよん」

「ヨーシーオーカー! まじめにやんなさいよ!」

「吉田がまじめすぎぃ!」

 ふくれっ面になる吉田のほっぺを吉岡さんがつんつんとつつく。

「あーえっと、分かった。あだ名だな。ともかくあだ名決めればそれでいいんだな。考えるよ。考えるからちょっと待ってくれ。えーとと、よし……よし……」

 二人のじゃれ合いが本格的なケンカに発展する前にとっとと終わらせようと必死で俺は考える。

「バナナ娘で」

「はいダメ」

「ゼロてーん」

「失格」

「うわ、吉野さんが喋った」

 ぼーっと突っ立ってるだけだった吉野さんがまるでスイッチが入ったように動き出す。

「バナナ娘だけは……ない」

「そ、そうですか。すいません」

 そう言うと再び吉野さんは視線を虚無へ戻し、ぼーっと突っ立ったままのセーフモードになる。

「この人いつもこんな感じなんですか?」

「そうね」

「だっねぇ。いつも吉野ちゃんは目に光がないねー」

 なんというか、大学にはよく分からない人がたくさんいるんだなぁ。

「あ、そう言えば他のゼミ生は? まさか吉田のところ三人だけじゃないよな」

「土曜日は私達だけ。日曜日が男子がバナナのたたき売りする予定だね」

「なるほど」

「ちなみに売り上げが少なかった方が罰ゲームなので早く買ってよね」

 ゼミの授業に罰ゲームとかあるんだ、と思ったがたぶん学生同士の賭けなのだろう。

「とりあえず、一房は買うよ。で、あだ名はバナナ三人娘ということで」

「はいダメ」

「レイ点でーす」

「不合格」

「う、ぐ……よく分からないけどコンビネーション良いですね、あなたたち」

「不合格だからね」

「はい、すいません」

 吉野さんが念押しした後再び虚無モードに戻る。

「ショーケンくん、ちゃんとした名前を決めないと、うちの吉野ちゃんが黙ってないからね、ホント。吉野ちゃん怒るとマジ怖いから」

「……なんかもう既に怖いですけど」

「は? ショーケンくん女の子に怖いとか言っちゃダメだよ。デリカシーってやつだよぉ!」

「え、あ、はい、ごめんなさい」

 吉岡さんのゆるふわ謎テンション、これはこれで対応しづらい。

 なんというか、普通に会話してくれる吉田がどれだけ貴重だったか分かる。

 というか、女の子三人と会話するのに普通に疲れた。

 ――早く終わらせて帰りたい。

「えーと、じゃあバ――」

「バナナからは離れよっか」

「はい、すいません」

 バナナシリーズが封じられてしまった。なんかもうさっきから謝ってばかりだ。

「せっかくだし『吉』を活かそうよ」

「うーん、難しいお題だ。もう三吉三人衆とかでいいんじゃないかな」

「それ完全に三好三人衆のパクリじゃん」

 俺の回答に吉田がため息をつく。

「え? 三好三人衆て何ぃ?」

「戦国大名。日本史で習わなかった?」

「習わないよぉ! そんな人達!」

「ともかくマイナス五点」

「だねぇ」

「ギルティ。汝、罪ありき」

「吉野さん、突然異端審問官みたいなしゃべり方するのやめてくれません? ちょっと怖いです」

 というか突然しゃべり出す吉野さんの存在そのものが普通にホラーな気がしてきた。

「くそう。じゃあワイ・スリー。吉が三つでY3ってことで」

「マイナス十点」

「ダメダメダメだぁ」

「ジャッジメントの時間だぜ」

「吉野さん、キャラを安定させてください」

 謎ポーズをとった吉野さんだったが俺のツッコミにまたスンッとなってぼーと立つモードに戻る。もうなんなんだよこの人意味分かんねぇよ。

「ほらほら、うちの吉野先生を満足させないと君は今日帰れないぞぉ。今夜は帰さないぞっ! って奴だぞぉ!」

 ――吉岡さんはなんでこんなにテンション高いんだろう。

「それとも、吉田はショーケンくんが帰らない方がいいのかなぁ?」

「誰もそんなこと言ってないでしょうが」

 一人盛り上がる吉岡さんにため息をつく吉田。

「……なんか苦労してるな」

「まあね。なんでもいいから吉岡が満足する回答してとっとと消えてくれない」

「なんで最後にちょっと刺々しい言葉を選択した。ツンデレなのか?」

「ツンデレじゃなくて、疲労よ、これは」

「そっか」

 はてさて困った。

 バナナを買うだけで何故こんなにも苦労しているのか。

「あ、じゃあキューティー・バイオレンス・ラッキー・スリーっていうのはどうだろうか

「キューティー・バイオレンス・ラッキー・スリー???」

「バイオレンスが入ってるのでマイナス二十点」

「ちょーアウト!」

「その命、神に返しなさい」

「吉野さん、オタクでしょ。元ネタ分からないけど、絶対オタクですよね、吉野さん」

 俺のツッコミに吉野さんは再びスンッと目の光りの消えたぼーっと突っ立ちモードに戻る。

「ちなみにさっきのは俺がやってるソシャゲが元ネタ」

「どうでもいい」

「ぐぬぬ」

 ――ああもう、他人の、しかも面倒くさそうな三人娘のあだ名をつけるなんて俺には無理だ。あきらめて帰りたい。

「はぁ……吉岡さん。もうショーケン解放してあげなよ。充分おもちゃにしたでしょ」

 ――おお、吉田。俺を助けてくれるのか。

 高校からのただの腐れ縁だったが、今日はなんだか天使に見えてきた。

「うーん。吉田ちゃんがそう言うならもう勘弁してあげよっかなー」

 なんのかんので飽きてきたのか吉岡さんも解放してくれる雰囲気。

「……なんでもいいけれど」

「うわっ、また吉野さんが喋った!?」

「バナナ売り切れたけど?」

「「「え?」」」

 俺と吉田・吉岡さんの目が点になる。

「あんた達が雑談してる間に全部売り切った。私一人で」

「うっそ! ずっとレ○プ目で立ってただけにしか見えなかったのにいつの間に???」

「やん、吉野ちゃんすごーい! 流石は私達のリーダー!」

「リーダーだったの? この人が??」

「……じゃ、ショーケン。悪いけどバナナはなしで」

「あ、うん。じゃあ吉田、おつかれ。吉岡さんと吉野さんもの、お疲れ様でした」

 かくて俺はよく分からないままにバナナ売りの三人娘と別れたのだった。




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