2/8 『ラーメン』
お題『ラーメン』
プロット
序:女の子がラーメン屋へ
破:ラーメンがうまい
急:知り合いの男の子がラーメン屋へ。意気投合する。
「馬鹿な。いつの間に」
ありえない事態に思わず私は声を漏らした。
出来ている。ラーメン屋が。
いつの間にか、私の通学路に。
――き、気づかなかった。えぇ? 先週までここコンビニだったよね?
そう、ここには同じチェーンのコンビニエンスストアが二つ並んでいたはずである。
だが、片方がつぶれていつの間にかラーメン屋に変わっていたのである。
「金曜まではコンビニだったはず……まさかこの土日でラーメン屋に」
秀吉の一夜城のような話だ。
世の中には不思議なことが起きやすいと言うけれど、土日を挟んだらラーメン屋がポップしてくるということもあるのだろう。
――まあ目の前にあるしね。
ぐぎゅう
気がつけば、腹の虫が鳴っていた。
――むぅ、女の子なのにはしたない。
いや、私はどちらかというと普段から男勝りを気取ってて、あんまり女の子女の子してるガラではないのだけど、さすがに腹の虫が鳴るのは恥ずかしい。
迷っていると店の中から香ばしい豚骨の香りがしてきた。
――大学の講義には、まだ時間があるわね。
時計を確認すると、私は意を決してラーメン屋の中へ入った。
「らっしゃぁいっ!」
「どうもぉ!」
「食券買ってください!」
「空いてる席どぅぞぉ!」
矢継ぎ早に店員さん達の声が飛び交う。
昼のピークをやや過ぎた二時くらいなので席はそこそこ空いているようだった。
券売機を前にして迷う。
ピピヨピヨラーメン。ピピヨピヨトンコツラーメン。ピピヨピヨチャーシューラーメン。ピピヨピヨ野菜ラーメン。
――最初の『ピピヨピヨ』ていう接頭語居る? たぶんこのラーメン屋の名前がピヨピヨラーメンだからなんだろうけど、普通にラーメンと豚骨ラーメンとチャーシューラーメンでいいのでは?
どうでもいいことが気になるが仕方ない。
ここは普通にピピヨピヨラーメンを頼むとしよう。
食券を買って席へ座る。
「ラーメン一丁!」
「はぃー! ラーメン一丁!」
「ラーメン一丁! 了解っ!!」
――やっぱりピピヨピヨって接頭語いらないじゃないの。
店員達の復唱に色々と馬鹿馬鹿しい気持ちになってくる。
が、待っている間にラーメンの香りが私の鼻腔をくすぐる。
じゅるり
「……はっ」
――よだれを垂れていた。いつの間に!?
匂いだけで無意識に私によだれを垂れさせるとは、このラーメン屋……ただものではない!
「あいっ! 一丁!」
愕然とする私の目の前にとんっとラーメンが置かれる。
「……これは」
券売機にあった通りのあっさりとした普通のラーメン。
だが、不思議なことによくあるラーメンの脂ぎった感じがしない。とてもすっきりとしたスープの印象を受ける。
レンゲを使い、スープだけを軽く一口すすった。
「…………!」
スープはしゅるりとなんの抵抗もなくまるで水のように私の喉に吸い込まれていく。しつこさやとろみがない。
――けど、旨い。なにこれ。
思わずレンゲでスープを一掬い、二掬いと口に運ぶ。
のどごしはラーメンとはとても思えないほどのさわやかさと爽快感があった。とろみがまったくなく、まるでスープというよりは飲料水に近い。
――このスープだけでお茶か何かとして販売できるんじゃないかしら。
そう、お茶。まるで舌触りがお茶のようなスープなのである。
――なに? なんなのこのスープ。豚骨みたいな動物性の油を溶かしてる訳ではなさそうだけど。こんな、さらさらのスープでラーメンが食べられるの?
そう、スープ単品では飲み物としての完成度がかなり高いのだが、いかんせんコレと面が合う想像が付かない。
――いくか。
私は割り箸を割り、面を掬い、すすった。
柔らかい細麺。それがつるつると抵抗なく口の中に吸い込まれていく。
――嘘でしょ。
口の中に麺とスープが交わることにより、新たな奥行きのある味が広がってくる。食感だけで言えばそうめんのような柔らかさだが、意外と噛み応えがあり、噛むごとに口の中に麺から溢れ出した脂分が口の中に染み渡っていく。
――なに? なんなのこのラーメン。
訳の分からない未知の食感につるつると麺をすすり続けてしまう。
不意に、乗っかっているただ一枚のチャーシューを口にする。
じわりと肉汁が口の中に広がった。
あんなお茶みたいなスープに溶け込むことなく、肉汁はチャーシューの中にぎっちり詰まっていたのだ。
突然の濃い味に口の中が一気にラーメンらしいこってり感が広がる。
その状態で再び麺をすするとそれまでとは全く違った食感の肉汁とスープの混ざったまろやかな味が口の中に広がってくる。
――す、すごい。食べる度に味の深度が増していく。こんなラーメンがあったなんて!
気がつけば――私はすべてのラーメンを食べ終えていた。
「……旨かった」
「おう、姉ちゃん! ありがとね!」
こんっ、と店員さんが笑顔でコップに水を注いで差し出してくる。
無意識にそれを手に取り呑み込むと、口の中に僅かに残っていたラーメンの残滓がすぅっと水に溶けて消え、ラーメンの食後とはまるで思えないほどの食後感となった。
これまであっさりスープと言われた様々なラーメンを食べてきたけれど、このラーメンに勝るあっさりさは感じたことがない。
共有したい。
この味の良さを誰かと共有したい。
誰かこのラーメンを食べに。
「あ、ここラーメン屋が出来たんだ」
「中田!!!! よく来た!!!」
「うわっ! 野西じゃん」
店の中に入ってきた同じゼミの男子に手を振る私。
「おいおい中田! ここ座れ! そしてラーメン頼め!」
「なんだよ、テンション高いな」
「いいからいいから。ここマジで旨いから」
「はいはい、分かったよ。とりあえず食券買うから待てって」
かくて私はこの後中田とここのラーメンの常連客となる。
旨いラーメンは人生にいくらあってもいい。
このラーメンとの出会いが私の食生活を大きく変えることになるのだが――それはまた別のお話。
了
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