2/3 『猫×メガネ』

お題『猫×メガネ』


プロット

序:寝起きで何かが素早く動き、襲い来る影

破:電気を付け、メガネをとる

急:猫だった


 何かの気配に目が覚めた。

とっとっとっとっとっとっ

 謎の足音。

 軽妙に。だが確実に何者かがこの部屋に侵入している。

 私は一人暮らしの女子大生。

 同居人や、泊まりに来ている女友達もいない。

とっとっとっとっとっとっ

 足音。

 いる。

 間違いなく誰かが。

 暗闇の中、移動している。

 人間――にしては足音が小さい気がする。

 では、ゴキブリか何かだろうか。

 さすがにゴキブリはこんな大きな音を出さないだろう。

 あるいは聞こえてきてもカサカサカサカサみたいな音とか。

 ――やだ。想像しちゃった。

 考えただけで気持ちが沈んでしまう。

 ――落ち着こう。

 何かがいる。

 それだけは間違いない。

 未知の何かが同じ部屋にいる。ただそれだけで怖くて声が出ない。

 誰だ! と一言声を上げられればよかったが、そんな勇気はない。

 ――んもう、なんなのよ。何々々々なんなのよぅ。

 金属バットでも買ってベッドの横に隠しておけばよかった。

 いや、よくよく考えると確かはまったゲームの影響で模造刀がベッドの反対側に置いてあるはずだ。大好きなゲームに出てくるイケメンの刀の付喪神の元ネタと同じデザインの模造刀。刃物にはならないけれど、鈍器くらいにはなるはずだ。

 とはいえ、お気に入りのキャラクターのファンアイテムで部屋にやってきた不審者を殴るのはちょっと気が引けた。

とっとっとっとっとっ

 ――ひぃ、足音。

 オタクとしてのコレクションを大事にする心を女性としての恐怖心が上回った。

 早急に謎の侵入者は排除しなければならない。

 意を決してむくりと身体を起こす。

 部屋を徘徊していた謎の気配が動きを止めた気がした。

 ――見られている。

 なんとなく、分かった。

 暗闇の中、確実に侵入者は私のことを把握している。

 私は部屋に灯りが少しでもあると寝付けないタイプなので窓は閉め切り、カーテンで外の光も遮断している。真っ暗闇だ。

 おかげで暗闇に目が慣れても、部屋の中の状況は把握出来ない。

 流石に一人暮らししている部屋なだけあって、どこに何があるかは目をつむってても分かるのだが。いかんせん、侵入者については分からないままだ。

 ――まずはメガネを。

 日常のルーティーンとして枕元に置いてあったはずのメガネへ手を伸ばす。

 ――ないっ!?

 初手から躓いてしまい、思わず頭が真っ白になる。

 ――うそ。寝る前に絶対にあったはずなのに。

 あるいは――侵入者はいつの間にか私の枕元をまさぐっていたということだろうか。

 ゾッとしない。

 そんなに接近されてまで気づかなかったなんて。

「………………はぁ」

 大きく息を吐く。

 精一杯の意思表示と、気持ちをととのえる儀式。

 ――ダメだ。落ち着こう。落ち着け。

 自分に言い聞かせて、ベッドの下へ足を下ろした。

 途端、何かの通り過ぎる気配。

 足下を、ごわごわとした何かの毛むくじゃらな何かが走り去る感覚。

「ぎゃゃぁぁあああっ!」

 不気味な感触に思わずのけぞり、床から跳び上がり、ベッドの上にバックジャンプした。

「……はぁ……はぁ……はぁ」

 どっと汗が噴き出る。

 今のはなんだったのだろうか。

 分からない。

 何も、分からない。

 だが、少なくとも、人間のものではなかったはずだ。

 小さな、小柄な何か。

 そう、獣だ。

 部屋の中に何か、獣が紛れ込んでいる。

 侵入者は、何かの動物なのだろう。そうに違いない。

 ――そう、お化けとかじゃないのは確かよね。

 がくがくと震えながら、可能性を脳内で整理する。

 そう言えば女子大でタヌキが構内に入り込んでます、とお知らせが来ていたと思う。

 餌を与えないでください、とか書かれていたが、まさかタヌキが私の寮の部屋に入り込んだとか。あるいは、他の学生が自分の部屋にタヌキを連れ込んでて、それが何かの手違いで私の部屋にやってきたとか。

 ――とはいえ、うちの寮は他の部屋と繋がったりしてるところはないはずだけど。

 そこそこお金のかかる寮なのだ。その辺はきっちりしているはずである。

 だが、少なくとも相手が人間の不審者じゃないというだけで少しほっとしたところはある。

 ――いやいやいや、だとしても全然よくないって。獣だよ。獣がいるんだよこの部屋に!

 私は我に返って再び恐怖に陥る。

「わんっ! わんわんっ! わんわんおっ!」

 威嚇してみた。

 精一杯の威嚇をしてみた。

 でも、特に返事はなかった。

 ――私は何をやっているのだろう。

 猛烈な後悔が押し寄せる。

 犬ではダメらしい。じゃあ相手がタヌキならなんて鳴けばいいのか。いや、タヌキの鳴き声ってどんなものなのか。聞いたことがないので分からない。

 いや、もしかしたらそう、猫とかかもしれない。

 猫は、好きだ。

 猫ならば愛せるはずだ。

 よし、相手が猫だと仮定して停戦(?)を呼びかけるのだ。

「にゃ、にゃあん! にゃーにゃー。にゃあにゃあにゃあ。にゃんっ! にゃにゃにゃにゃにゃにゃーん」

 夜の暗闇は何も応えてくれなかった。

 一転、今度は羞恥心が私の心を満たしてくる。

 ――死にたい。

 先ほどとはまた別の後悔に殺されそうになる。

 仮に相手が猫だったとして今ので何が伝わっただろうか。いや、きっと何も伝わらなかったに違いない。

 危なかった。もし今のが他の誰かに見られていたら自害するしかなかった。

 ――切腹るする時はお気に入りの刀剣の模造刀で死のう。

 そこまで思ってから思いとどまる。そんなことをしたら自分の好きなキャラの刀にネガティヴイメージがついてしまう。それだけは耐えられない。

 ――そうだ! スマホ! スマホで灯りを! ていうか誰かに部屋に助けに来て貰おう!

 思いついて枕元を漁る。

 ない。

 ない。

 どこにもスマホがない。

「…………」

 思い出せない。

 寝る前どこにスマホを置いたのか。

 やるせなくなって枕をポスポス叩くがなんの解決にもならない。

「はぁぁぁっ!」

 そこで気づく。

 そもそも部屋の灯りをつければいいのだ。

 スイッチ。部屋の灯りのスイッチは……どこだったか。

 ――ああああ、頭が混乱してまとまらない。

「お願い! 電気つけてっ! マーくん!」

 思わず発した言葉と共にぱっと電気がついた。

「…………あ」

 そこで思い出す。

 うちの電源はスマホのアプリと連動してるのだ。

「……マーくん、オススメの音楽鳴らして」

 するとベッドの下からくぐもった音楽の音が聞こえてきた。

 ベッドの下にスマホは落ちてたらしい。

「スマート家電、死ぬほど便利ね」

 あきれ顔でベッドの下をまさぐろうと手を伸ばす。

 すると指先をぺろりと何者かに舐められた。

「ぎぃぃぃぃええええっ!」

 再び飛び上がってベッドの上のバックジャンプする。

 がくがくと震えているとベッドの下から音楽を鳴らすスマホを何度も何度も蹴飛ばしながら黒猫が現れてきた。

「なぁぁぁぁんだっ! 猫かっ! よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 相手が猫で良かった。

 猫なら愛せる。

 タヌキだったらお気に入りの模造刀で袋だたきしていたかも知れない。

 と、指先に金属の感触を感じて目をやると布団の下にメガネが埋もれていた。

 我ながら寝る前にちゃんと片付けておけよ、と思いつつ、メガネをかけ、私は改めて部屋を見渡した。幸いにしてあまり荒らされておらず、部屋の隅では黒猫が音楽を鳴らし続けるスマホをペシペシと猫パンチしていた。

「マーくん、音楽止めて」

 私の言葉に反応してスマホが音楽を鳴らすのをやめる。

 突然音が鳴らなくなったことに猫は首を傾げ、くんくん、とスマホの匂いをかぎ始めた。果たしてそれで何がわかるのやら。

「んもう、どこから入ってきたのよ。君は。ごめんだけど出て行って――痛ったぁぁぁ!」

 近づくと思いっきりツメで引っかかれてしまった。警戒心の強い猫だ。

 ――ぐっ、た、耐えるのよ。模造刀で猫を叩いてはダメよ私! この部屋を殺猫事件の現場にしてはダメ!

 などと自問自答しつつも私は部屋の隅に飾ってある模造刀に手を伸ばしていた。

「ほらほら、お願いだから出て行って。ここから、出て行って!」

 模造刀の鞘の先でつんつんと猫をつついて追い払おうとするが、相手は「しゃぁぁぁぁ」と何故か臨戦態勢に入ってしまった。やるき満々である。

「くっ……自分から私の部屋に侵入しておきながら、まるで私に攻撃されたという被害者面。なんという厚顔無恥。いかにかわいい猫とて許せないわ」

 かといって、模造刀でぶったたく訳にもいかない。

 と。不意に思いつく。

「マーくん! ベートーヴェンの運命。最大音声で!」

ダダダダーーーーン

 黒猫の側にあったスマホが突如として大音量で『運命』を演奏し始める。

 その大きな音に黒猫は跳び上がり、ひとしきり走り回っていった後、窓から部屋の外に出て行った。

「……窓開いてたんだ。マーくん、音楽止めて」

 ため息と共にスマホに命令するが、大音量で命令が届かないのかスマホは一向に鳴り止まない。

 そうこうしているウチに大きな音に気づいた隣の部屋の住人が文句をいいに来たのかピンポーンピンポーンとインターホンが連打され始める。

「ああもう、踏んだり蹴ったり」

 直接スマホを拾って音楽を止めつつ、私は誓うのだった。

 寝る前に、必ず窓は閉めておこうと。




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