2/2『水×卵×ぬめり取り』
お題『水×卵×ぬめり取り』
プロット
序:節分に手料理を作って貰うことに。女の子の家へ
破:だが、卵アレルギーで卵食べられない→なにか逆転の発想で解決
急:最後に二人で食器洗いしてエンド
女の子の家は空気が違う。
同じ街の、同じ人間の家のはずなのに。
何故だろう。
どうしてだろう。
訳もなくそわそわしてしまう。
男友達の家に行った時はそんなことは一切なかったのだが。
ただただ、どこかしら、いい匂いと、なにやらかわいらしげな雰囲気が家のそこかしこに充満している気がする。
「ほらほらほら、何緊張してんの。ちょっとマンガを借りに来ただけでしょ」
女友達が苦笑いしながら水をテーブルの上に出してきた。
家には彼女以外誰もおらず、だだっ広い居間に二人きりである。
「お、おう」
コップを手に取り、何故か分からないが一気飲みをする。
「ぷっは、……何故だろう、味がしない」
「水だからでしょ」
女の子が冷静にツッコんでくる。それはそうだ。
「え? ていうか、なんで水? 普通来客が来たらお茶とかじゃないの? なんで水道ウォーター?」
「さっきお茶を切らしてるから、水でごめんね、て言ったでしょ」
「……言ったっけ?」
「言いました」
「ごめんなさい」
思わず頭を下げた。
「あら、今日は素直なのね。ま、良いことだけど」
そう言いながら彼女はテーブルの上に適当にお椀を置き、福豆、と書かれたパッケージを破り、豪快に中の豆を注ぎ込んだ。
「たまたま節分だったし、さっきコンビニで買った豆をおかしにしましょ」
――すべてに置いて雑だな。
人のことは言えないが、女の子が乱雑なことをするとやけに目に付いてしまう気がした。
――いや、俺と彼女はただのマンガ友達であり、別に付き合ってる彼氏でもないのだからとやかく文句を言う権利はないのだけど。
「というか、なんで正座してるの? 足崩しなよ」
「ん? んんん……そうだな」
俺はぎくしゃくしながらも足をといてあぐらにする。
彼女は我が物顔でバリバリとテーブルの真ん中に置かれた福豆をパクつきながら笑う。まあ、自宅なのだから我が物顔で当然なのだが。
「だぁ。ばっかねー。緊張しすぎぃ。えーっとほら。これ。私のオススメのマンガ。読んでよ。全一巻だしすぐ読み終わるよ」
「あう。そうだな」
「あうっ、て何。悲鳴?」
「アウチ」
「何がアウチなのよ」
「俺が」
「は?」
「ダメだ……状況に俺がついていけない。女の子の家にお呼ばれしたのが初めてなので、身体が拒絶反応を起こしている。俺は――今日死ぬのかも知れない」
「うそん。何をそこまで」
――か、仮にも男女が! ひとつ屋根の下で二人きり! 何も起きないはずがなく!!
などと言いたくなったけどそんな度胸はなく俺は目を逸らしながらか細く呟いた。
「ぁぁ……なんでだろうな。もう俺には何もかも分からない」
もはやマンガを読むどころではない。
俺は、数日前に同じマンガが好きな別の学校の女の子とたまたま知り合った。そしてよく分からないうちに意気投合して、連絡先を交換し、今日、オススメのマンガを読ませて貰うためにその女の子の自宅にお呼ばれしたのだが。
――ダメだ。今までの人生ではまったくなかったパターンなので心がついていけない。俺が、俺でなくなり死んでしまう。
「んもう、何をそこまでプレッシャーを感じてるのか。イミフなんだけど」
「俺にも分からない。何もかもが」
「なんか死にそうね、ホント。よし、私がなんかオヤツを作ってあげよう」
彼女は有無を言わさず席を立った。
居間をずんずか歩き、慣れた手つきでポケットからゴム紐を出して長い金髪を頭でしゅるりとくくる。
そして冷蔵庫の付近にぶら下げてあったエプロンを乱雑にとると首を通し、ささっと背中で紐を縛った。
彼女が制服の上からエプロンを装着する一連のシーンを居間から眺めているとますます色んなことが現実離れしてきた。
――これは、夢か。
彼女はそのまま手をぱぱっと洗い、冷蔵庫から卵を取り出し、用意しておいたボウルの隅にカッとぶつけたあとそのまま中身をボウルに落とし、慣れた手つきで卵をかき混ぜ始める。
「む。これ。手料理か。もしかして。俺は、何故か手料理まで用意されようとしている」
「あー、別にこれくらい他の友達が来た時にいつもやってることだから気にしないで」
台所の方から大ざっぱに声を投げられる。
――いやいやいや。
気にするなって無理だろ。
なんでだよ。
こ、心を落ち着かせよう。
マンガでも読んで――マンガでも。
目の前には彼女が取り出してきたオススメのマンガ本が置かれている。
だが、やはり緊張感からなんだが心がマンガを読む気分になれない。
そうこうしているウチに台所からなにやら火を付けてフライパンに卵を注いだりしてる様が聞こえてくる。
――おやつ。おやつって言ってたけど一体何が出てくるんだ。まさかクッキーとか。
でも、クッキーはフライパンで作るものではないはずだ。じゃあ彼女は何を作っているのか。分からない。料理に詳しくないから何が出てくるか全然予測が付かない。
頭の中でひたすらはてなマークが飛び交う。
「はい、どーぞ」
そうこうしているうちに彼女が用意してきたのは、だし巻き卵だった。
「え?」
思わず目が点になる。
上に大根おろしが乗っけられており、隣にどかっ、とポン酢とかかれた小瓶が置かれる。
「おやつ? これが?」
「そう。我が家では、おやつと言ったらおとーさんがいつもこうやってだし巻き卵作ってくれるの」
「……お父さんはもしかしてお酒が好きな人?」
「そうだけど? 男ならみんなお酒好きだし、これがふつーなんでしょ?」
「…………」
言葉に詰まった。それおそらく完全に君の家のローカルルールだし、お父さんにだまされてる奴だよ。酒飲みのおつまみだよこれ。絶対お父さんのおつまみだよ。
「ちなみにお母さんはおやつとか作ったりしないの?」
「お母さんは料理とかからきしだし」
「そっか。うん、なるほどね」
「何か文句あるの?」
「いや、その……実を言うと、卵を持った時点で言うべきだったんだけど、俺は卵アレルギーで」
「え? そうなの?」
「まあ、食べれないことはないんだけど……いや、なんとかして食べるけど」
「ごめん! こっちも確認すればよかった。あ゛ーどうしよ」
「仕方ない、食べるよ」
「いや、そんな話聞いてから食べさせるの出来ないって」
「でも、せっかく作ってくれたんだし、貰うよ。うん、絶対貰う」
「ダメだって身体に悪いんでしょ」
「ちょっとじんましんが出るだけだって!」
「じゃあダメじゃん!」
なんだかこういうやりとりを前にもした気がする。まずい。俺たちはなんのかんので似たもの同士。頑固者どうしで無限ループになりかねない。
「…………」
「…………」
向こうも同じ気配を察したのか長考モードに突入したらしい。
互いに相手の出方をうかがうようににらみ合いつつ、だし巻きの載った皿をがっちりと握っている。
俺ははっと気づいて皿の横におかれていたお箸を手にした。
「ほら、箸は俺が持ったし、俺が食べるしかないだろ」
「別に素手で掴んで食べてもいいけど」
「こんなできたてでアツい卵を素手で掴んだらやけどするだろ」
「よし分かった!」
「え? 何が?」
意外にも彼女は皿からさっと手を引き、俺にそのまま渡す。
「食べさせて?」
「ん????? え????? なんと?? おっしゃいまして?」
俺は首をかしげる。言ってる意味が分からない。
「あんたは卵が食べられないけど箸を持ってる」
「うん」
「私は卵が食べたいけど、箸がない」
「はぁ」
「じゃあ、あんたが私に食べさせるしかないわね! どう!?」
「どうって……どうなんだそれ?」
「はいはいはい! ほらほら、早く冷めないうちに食べさせてよ。あーん」
彼女は言うが早いか無防備に口を大きく開いた。まるで親鳥から餌を貰おうとする雛のようだ。彼女の謎の迫力に気圧されて、俺はポン酢をちょろちょろっとだし巻き卵にかけると、少し端を切り取り、彼女の口へと運んだ。
「うんうん、さすが私。ちゃんと美味しいわね。ほら、次々」
彼女に促されるまま、俺はあーん、と口を開ける彼女の元へ次々とだし巻き卵のかけらを放り込んでいった。気がつけばだし巻き卵はあっという間になくなっていた。
「よしっ」
「……何がよしなのだろう」
もはや俺は状況についていけず、心を無にしたマシーンのような気分だ。いや、心が無じゃないマシーンなどたぶんないのだろうけど。いや、なんだ、もう脳内の自分のツッコミすら追いつかない。
「……友達とはよくこういうことするのか?」
「食べられないおかずを代わりに食べてあげるなんてしょっちゅうよ」
「そう……か」
そういうこともあるだろう。
じゃあこういうこともありえるのか?
まあありえてしまったのでよく分からないけれど、ともかくありなのだろう。
「んじゃ、代わりに何か別のおやつ作るね」
「いや! いい! もういい! 何故か知らないけど腹一杯だ!」
「そう?」
「そう!!!」
「なんなら俺が皿洗いするよ」
「いや、何も食べてないのに皿洗いするとかおかしいでしょ。頭大丈夫?」
「その言葉は俺が言いたい言葉なんだが?」
さっきまでの俺たちは一体なんのプレイをしていたのだろうか。
ダメだ。もうこれ以上この家には居られない。
「すまん。とりあえず今日は帰ることにする」
「えー! まだマンガ読んでないじゃん!」
「今度!! また今度、絶対に読むから! ともかく帰らせてくれ」
「お、おう……そういうのなら、うん、分かった」
ちょっとひき気味に彼女は頷いてくれた。
「よし、じゃあ帰る。またな!」
俺はそそくさと鞄を掴み、勢いのままに玄関へと進んでいった。
「んー、今度はゆっくりしていきなよ」
「ああ、次は努力する」
「努力ってなによ」
「気にすんな! 失礼しました!」
何故かぺこりと一礼をして俺はそのまま彼女の家を出て行った。
彼女が作っただし巻き卵を彼女に食べさせるよく分からない「あーん」のプレイ。
あれは一体なんだったのだろう。
まるで取れない台所汚れのぬめりのごとくべったりと俺の心に染みついてしまった。
――意味が分からない。
心の奥底に染みついたぬめりを取るために、俺はおもむろに駆けた。
駆けだした。
ただ衝動のまま、自宅まで全力疾走。
これが、彼女の家へ初めて行った時の顛末である。
了
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