2/20 『トカゲ×川×家来』

お題『トカゲ×川×家来』

プロット

序:とある少年が少女に家来にして欲しいと跪く。

破:トカゲくんと名付けられた少年は女の子と共に川へ向かう

急:川にたどり着いた二人はそこで待つ少女の敵と戦うことになる


「どうか、あなたの家来にして欲しい」

 僕は心からの言葉を彼女に告げた。

「え? どういうこと?」

 突然の言葉に彼女はきょとんとする。

「言葉通りだよ、木野綾姫<きの・あやひめ>さん。僕は、君の下僕になりたいんだ」

 放課後の校舎裏。

 二人きりの向かい合うシチュエーション。

 頬を赤らめやってきた一年生の後輩に対し、僕は真摯な言葉を投げかけたのだ。

「いやっ、でも、川戸景良<かわと・かげよし>先輩、え、これは告白とかじゃないんですか?」

「告白だよ。僕は、真剣に、君の下僕になりたいと願っている」

 僕の言葉に対し、小柄な後輩少女は一旦、目をつむり、そして大きく吐いた。

「……どっきりですか?」

「まさか。ここには僕ら以外いないはずだよ。

 隠れ潜んでたら分からないけど」

「えっと、私と付き合いたいとか恋人になりたいとかではなく?」

「そんな畏れ多い。僕はあくまで君の家来として仕えたい。君には君でふさわしい相手を見つけて幸せになって貰いたいね」

 僕の言葉に彼女の頭の上に幾つもの「はてなまーく」がぽんぼんと浮かび上がる。

「家来って、具体的に何をするんですか?」

「送り迎えの共に付いたり、日常生活を助けたり……」

「えーと、その、私は別に名前に姫ってついてますけど、お姫様でもなんでもないですよ?」

「あと、敵と戦う時に一緒に戦います」

 最後の俺の言葉に彼女の顔色が変わった。

「……不思議なことを言うんですね、先輩。私はただの高校生ですよ。

 敵と戦うなんてことはありません」

「その割に、顔から笑顔が消えたね」

「…………」

「…………」

 僕たちは、無言で見つめ合った。

 放課後の校舎裏。

 校舎の向こうから野球部の部活する声が聞こえてくる。

 屋上から吹奏楽部のへたくそな演奏が降りてくる。

 けれども、僕たちは動かない。

「先輩は、何か知ってるんですか?」

「僕の口からはそれを言うことは出来ない」

「どうしてです?」

「今の僕は君の家来でもなんでもないからね」

 僕の言葉に彼女は応えない。

 ただ、目つきがやや鋭くなった気がする。

「何か、知ってるんですね」

「ホントのところを言うと、肝心なことはなにも知らないよ。

 なんというか、僕の習性みたいなものさ」

「習性?」

「僕は昔から、何かと戦おうとしている女性に気づいてしまうことが多くてね。

 そして、出来ればそんな女の子を助けたいと思ってしまう。

 そういう、性格なんだよ。習性とか、あるいは性癖と言って貰ってもいい」

「そんなこと……ある訳が!」

「ホントかどうかはまあ、僕の知り合い連中に聞いてくれれば良い。昔からの事だからね」

「…………」

 僕の言葉に彼女は押し黙った。

 遠くでふぁいお、ふぁいお、という野球部の声が聞こえてくる。

「何か格闘技とかやってるの?」

「秘密だね」

「それはもう、やってるて言ってるも同然じゃないですか」

「さぁ? その辺は想像にお任せするよ」

「うぅぅぅ」

 僕の言葉に彼女は唸る。

 見定めているのだろう。僕を巻き込んで良いのかどうか。

「じゃあ、一日だけ」

「ほんとに!?」

 彼女の言葉に僕は思わず笑顔になる。

「今日だけ、私を守ってくれる?」

「いいよ。幾らでも守るさ。君は僕のご主人様になるんだからね!」

 満面の笑みを浮かべる僕に彼女はぶふっ、と思わず吹き出す。

「なんですか、それ? やっぱり、それは習性じゃなくて性癖ですよね」

「ははっ。姫様がそう言うならば、僕の性癖と言うことにします」

「あら、もう始まってる? 分かりました。そういうことにします。川戸先輩」

 彼女の言葉に俺は思わず顔を曇らせる。

「いや、そんな姫様に先輩などと言われるのは畏れ多い」

「えー? でも呼び捨てとか出来ません」

「じゃあ何かあだ名とか」

「えーと、カワトカゲヨシ先輩だから……前と後ろを取って、トカゲさん、て事で」

「……トカゲくんでお願いします」

「注文の多い家来なんですね。

 分かりました。じゃあトカゲくん」

「はいっ!」

「今日一日だけだけど、よろしくね」

「よろしくお願いします! 姫様!」

 良い返事をする俺に彼女は複雑な顔をした。

「けど……まさかトカゲくんが年下の女の子の下僕にならないとダメな性癖の持ち主だったなんて、人の心って不思議ですね」

「誰にだって、そういう時期があるものです!」

「トカゲくんだけじゃないかなぁ」

「まあそれはそれとして、これからどうしましょうか?」

 僕の質問に対し、彼女は笑った。

「どうしましょうかって……そうね。川に行きましょうか」

「はいっ!」

「……理由は聞かないんですか?」

「まさか。姫様が行く場所にはどこまでもついて行きますよ」

「そ、そう。なんというか、トカゲくんのノリについていくの辛いなぁ」

「えー? 僕はただ、姫様の下僕ですからぁ!」

「すごい……キラキラした笑顔。まぶしすぎて辛い」

「まあまあまあ。ともかく、川に行くなら行きましょう! あれならお姫様だっこしましょうか?」

「恥ずかしくて死ぬからやめてください」

「……はい」

 かくて僕は姫様についていき川へ向かう。

 川と言えばこの町のど真ん中にある大きな川のことだろう。

 一つしかないので分かりやすい。

 二人で連れ立って、校門を出て、商店街の横を通り過ぎ、田んぼばかりの田舎道を二人で歩く。途中すれ違った知り合いの何人かが冷やかしの声を浴びせてくるが、無視して二人で進む。

 やがて。

「ついたね、トカゲくん」

「つきましたね、お姫様」

「……お姫様はやめない?」

「殿下とかの方がお好みです?」

「……お姫ちゃんで」

「それはちょっと恥ずかしいですね」

「なんで!?」

「畏れ多いですし」

「……複雑な性癖をお持ちなんですね」

 彼女はため息をつき、そのまま歩き出した。

 呼び名についてはもう追求するのをやめたらしい。

 二人で通学路にある大橋の横から河原に降りる。

 街の真ん中を通るこの大きな川には野球するくらいのスペースの大きな河原があり、キャンプやバーベキューにくる人も多い。

 だが、今日、この河原にいるのは一人の釣りをしている中年男性だけだった。

「父さん」

「おや、綾姫。もう学校は終わったのかい?」

 釣りをしていた男性は彼女の父親のようだった。

 父親はニコニコと彼女に笑顔を向ける。彼女の後ろにいる僕には彼女の顔は見えない。が、その背中から見えるオーラは明らかに笑顔とはほど遠い強い感情が伺えた。

「この町から出て行って」

 娘からの言葉に父親は鼻白む。

「何を?」

「お母さんと離婚して、もう私達に近づかない。裁判所ともそういう取り決めしたでしょ?

 なのに、先月からずっとわざとらしく私の通学路の目に付くところでうろうろして!

 お母さんはずっとノイローゼで家から出られなくなったんだよ!

 出て行って!

 この街から!

 二度と姿を見せないで!」

「そんな! 実の父親に向かってそんなこと――」

「もう、父さんは私の家族じゃないんだよ。名字も違うし、同じ家にも住んでない」

「綾姫! なんてことを言うんだ!」

 と彼女に掴みかかろうとしたところで僕は前に出た。

 途端、彼女の父親はびくっとして後ろに下がった。

 娘に気を取られて他に人がいることに気づいてなかったらしい。

「なっ、なんだお前は! 綾姫の彼氏か何かか!」

「いいや、僕は彼女の下ぼ――」

「そうよ」

 下僕と言おうとした僕の言葉を遮るように彼女が言葉を発する。

「くっそ! もう俺なんかいらないってことなのか!」

「裁判でもそういうことになったでしょ。あきらめてよ」

「……くそっ」

 僕に睨まれた彼女の父親は意外にもあっさりと引き下がり、釣り道具を一式たたむとそそくさと川から出て行った。

 後には僕たちだけが残される。

「……ありがとうございました、先輩」

「違うでしょ」

 頭を下げ、礼をする彼女に僕は首を横に振る。

「うわ、ホントにめんどくさいですね」

 うんざりと言った顔をされるが、気にしない。

「えーと、誉めて使わすわ。さすが私の自慢の部下ね」

「光栄の極み!!!」

 彼女の言葉に僕は片膝をついて頭を垂れた。

「…………………………満足してくれましたか?」

「ありがたき言葉をいただき今のわたくしめは幸せの絶頂にございますっ!」

「それはよかったですね…………」

 なぜだか彼女はやたら長いため息を吐いた。

「じゃ、用事も済んだし主従ごっこは現時点をもっておしまいです」

「えっ、もうちょっとよくないですか?」

「ダメです。下僕期間は終了です」

「え、延長は? もうちょっと延長させてもらえないですか?」

「だーめーでーす! 今度は先輩を警察に突き出しますよ!」

「くぅ、せっかくだしこのままなし崩し的に永久に下僕でいたかった」

「はぁ……その、それは別のふさわしい人を探してください」

「……はい」

 かくて僕と彼女の主従関係は終わった。

 そして僕は次のご主人様を求めてさまよい続けるのだった。




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