2/28『磁力×南×騎士』

お題『磁力×南×騎士』

プロット

序:磁石に沿って南下の旅をする女騎士。

破:だが、女騎士を襲うべく南の蛮族が!

急:蛮族と和解して次の旅へ


 導きの秘石に従い、女騎士は旅をしていた。

 水に浮かせたこの石は必ずある方向を示すのだと城の錬金術師達は言う。

 女騎士メルディアは石が示す先に何があるのか調べるため、探索の旅に出ていた。

「……おお、山の奥には平原地帯が」

 メルディアの祖国の南には大山岳地帯があり、地理的に断絶している。

 なので、国の者達の多くは大山岳地帯の奥に何があるのかを知らずに暮らしている。

 だがまさか――。

「こんな大平原があったとは」

 メルディアは目を驚愕を持ってその大平原を見下ろしていた。

 彼女の祖国は険しい山岳地帯にあるために、常に食糧難に苦しめられ、他国との侵略戦争を繰り返している。

 だが、どうだろうか。まさか山を隔てたこの場所に人の住みやすい新天地があったとは。

「これもすべて、この導きの秘石のおかげか」

 錬金術師から託された秘石のすさまじさにメルディアは感嘆する。

 祖国の南の大山岳地帯は『天然迷廊』とも呼ばれ、旅人の方向感覚を狂わせる危険地帯と言われ、向かえば二度と戻ってこれないとも言われていた。

 だが、ただ一方向を指し示すこの秘石さえあればなんとか山を抜けられるのである。

 秘石の利用法と、大山岳地帯の奥にあった大平原。

 これは女騎士メルディアにとっては大発見だった。

「……おお、村がある。人が住んでいるのか」

 むしろ、こんなに人が住みやすそうな場所なのだ。住んでいない方がおかしいとも言える。

「頼もう。私はエルスレート王国の騎士メルディア・カルナーン。この村の代表者に会いたい」

「おう、エルスレートの人っぺか。どんぞ。あの村のど真ん中の一番デカい家が村長の家だんべ」

「かたじけない」

 メルディアは礼を言うと村長の家へと向かう。

 幾つもの畑を横切り、家の密集地帯があり、その中心にその家はあった。

「頼もう。私はエルスレート王国の騎士メルディア・カルナーン」

 メルディアの言葉に出てきた老人はげぇ、と明らかに不快な顔をした。

「なんと、エルスレート王国の方がこんなところへ来られるなんて」

 それでも村長はメルディアを迎え入れ、家の一番大きな部屋へ招き入れる。

「……狭いところですが」

「何。我が王国の騎士の詰め所よりも充分広い」

「でしょうな」

「……すまないが、君たちはエルスレート王国のことを知っているのだな。王国の側はこんなところに大平原があるなどまったく知らなかったのだが」

「ここに住んでいる人達のほとんどは元エルスレート王国民ですよ。

 ただ、『天然迷廊』を越えて、この地へやってきて土着しました。

 王国がこの地を知らないのは、王国へ帰るのがほぼ不可能であることと、単純にここが王国よりも住みやすいため誰も帰還しないからでしょう」

 村長の言葉にメルディアはなるほどと頷く。

「そんな事情が。ということは、王国へこの情報を持ち帰ることが出来れば大発見となり、国を発展させることが出来る!」

 息巻くメルディアだが、対する村長は実に冷静だった。

「すいません、騎士様。これは私の勝手な願いなのですが、どうかこの地のことは王国に秘密としては貰えませんでしょうか」

「何だと?」

「ここは争いのない、穏やかな地です。

 そこへ王国のような領土拡大の野心を持つ貴族達の思惑を絡めたくはないのです」

「むぅ」

 村長の言葉にメルディアは言葉を詰まらせる。

「まあどのみち天然迷廊があるせいで、騎士様もおそらく王国へ帰るのは不可能に近いはずです。あきらめてこの地に住まうのが一番ですよ」

「そうも行かぬ。私は王に忠誠を誓った身。この情報を死んでも持ち帰らねばならない」

「さようですか」

「断れば、どうする?」

 メルディアは腰の剣に意識をやりつつ、質問をする。

 だが、帰ってくるのは拍子抜けするような答え。

「何も」

「何も?」

「実のところ、騎士様のような方が来られるのは初めてではありません。これまで似たような方は何度も来られましたが、結局帰還することが出来ず、この地に留まることとなりました。

 その証拠に、あなた様もこの地のことを知らなかったでしょう」

「……それもそうだな」

 口封じをするまでもない、ということか。

「この地の事情についてはあい分かった。だが、王国へ報告するかどうかは私が決める」

「かしこまりました。本日は我が家に泊まっていくとよいでしょう」

 メルディアは村長のアドバイスに従い、一泊させて貰った後、そそくさと村を出て行った。

「なんとも――奇妙なことがあるものだな」

 村を出たメルディアはため息をつく。

 村人のほとんどは人ではなかった。

 王国民のような白い肌を持つ人種ではなく、黒い肌を持つ蛮族ばかり。

 ――あるいは、この地に長く留まれば私の肌もあんなに黒く変質するのだろうか。

 想像するだにメルディアは背筋に悪寒が走るのを感じる。

 そんな彼らと共同生活など出来るだろうか。

 いいや、出来るはずがない。

 メルディアは懐から隠し持っていた伝書鳩を取り出し、昨日村長の家でしたためた手紙を持たせて飛ばした。

 人ならいざ知らず、鳩ならば天然迷廊を越える可能性が高い。

「後は――王が決めること」

 果たして王国軍が南下し、山を越えてこの地を蹂躙するのか、それとも温和な政策をとるのか、それはメルディアの知るところではない。ただ、見たまま聞いたままを報告するのみである。

「私はこの石の指し示す方向を向かうのみ」

 かくてメルディアは旅を続ける。

 数週間後、この村が滅びることも知らずに。




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ワンドロ即興小説集2021年2月版 生來 哲学 @tetsugaku

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