第23話 話し合い

「お兄ちゃん、ごめん。もう大丈夫……」


 涙が枯れるまで泣きつくした陽が顔を上げた。


「平気か?」

「うん……ごめん……一緒に夏希のところに、夏希にも話すから……」

「別に今じゃなくたっていいんだぞ」

「うんうん、いいの」


 赤く慣れたその目を見ると、何とも弱弱しい。

 無理はさせたくないけど、ここは本人の気持ちを優先した方がよさそうだなと感じ外へ出る。

 ご近所の川瀬家に向かう夜道ですら、陽は俺の袖をぎゅっと握り考え込んでいるように下を向いていた。

 夏希には話があるから陽と行くとだけ伝えてある。


「あき君、陽ちゃん、いらっしゃい」


 彼女は玄関で俺たちを出迎えてくれた。

 陽の普段とは違う様子に瞬きしながらも、すぐに聞くことはなくなぜかむぎゅうと抱きしめる彼女を見て誇らしくさえなる。


「あれ……?」

「ああ、さっきから下で話してるの」


 見覚えのある靴を疑問思うと夏希が答えをくれた。

 そのままリビングに顔を出すと、


「おおっ、あきに陽。お前たちも来たのか」

「なによ、陽。顔伏せちゃって元気ないじゃない」

「な、何してんだ……夏希の家で……」


 そこにいたのは俺たちの両親で、机にはビールやらおつまみやらが置かれている。

 すでに出来上がっているようだ。


「作戦会議に決まってるだろ。呼び出し受けたならそれなりの準備がいる」

「ごめんね、あき君。私から2人に連絡した方がいいと思って……」


 どう見ても大人4人で盛り上がっている雰囲気なのだが。

 そんな俺の顔を見て、夏希のお母さんが申し訳なさそうに手を挙げた。


「いえ、助かります……別に俺たちやましいことはしてないぜ。存分に鎌倉旅行を楽しんだだけで……」

「わかってる。きちんと旅行に行くことは聞いたし、許可しただろ」

「なら……」

「心配するな。お前が肝心なところで嘘を付けない子だってことは知ってるよ。夏希ちゃんを好きだってこともな……」

「それ、ついでみたいに言うなよ……ごめん、迷惑かける」

「存分にかければいい」

「ありがとう……俺たちは俺たちで話があるから」


 夏希の両親に軽く頭を下げて二階に上っていく。


 夏希の部屋に入るのは久方ぶりでこんなときでも緊張してしまう。

 それは彼女も同じなようで、恥ずかしそうに俯きぎゅっと手を握って来る。


「どうぞ……」

「お邪魔します」

「……します」


 夏希は陽の顔をみて、随分と泣いてきたことを察しようで悔しさをにじませたように強く手を握りしめた。

 俺も同じふうにしていたこともあって、陽は一層申し訳なさそうにする。

 いつもならそんな俺たちを呆れるところなのに、悪態もつけないほど参っているのだろう。


「陽、何があったのか聞いてもいいのか……? その、無理だけはしないでくれ」

「うん、全部話すよ……2人には話さないといけないから。今日のことは全部あたしがまいた種なんだよ……」


 弱弱しい口調ながらゆっくりと、時折声を詰まらせながら妹は話を始めた。

 俺と夏希はその話の腰を途中でおらず、言葉が途切れた時にはじっと待って、一通り話し終わるまで静かに聞いていた。


「……えっと、以上かな……ははは、いいよ。存分に軽蔑してくれて」


 それまで立って話をしていた陽は、全部吐き出すとベッドに倒れ込むように腰掛けた。


「陽……」

「陽ちゃん……」


 俺と夏希は同時に頭を抱えていた。


「お前、なんでそういうことちゃんと言わねえんだよ!」

「そうだよ。そしたらもっと早くに力になったのに!」


 思っていることは2人とも同じだったようだ。

 心底夏希を好きでよかったと思う。


「……はあ! 話聞いてた! あたしはあの浜辺でお兄ちゃん好きって叫んだんだよ! それをたまたまみられたあいつに……兄妹でってお、脅されて……」

「別に妹に好かれて悪い気はしねえよ。むしろ嫌われてる方が落ち込むわ」

「陽ちゃんがあき君好きなこと、わたし知ってたしね」

「…………ちょっとさ、いつも思うんだけど、お兄ちゃんも夏希も反応おかしいから! あたしを信用しすぎだから」

「今の俺たちがあるのは陽のおかげだからな」

「そうそう、陽ちゃんのおかげ」


 全然動じない俺たちを見て、陽は大きなため息を吐く。


「どうしてそうなるのよ……あたしは……」


 ふてくされたように目に涙をため、口を尖らせる。

 そんな妹を俺たちは挟み込み隣に座った。


「問題はどうするかってことだな……随分、学校側に俺たちのこと広まっちゃったし」

「わたしは許したくないな、その人のこと。他人の恋を脅しの道具にするなんて……当事者同士の問題だよね? 迷惑とかかけてないよね?」

「お、おう。さすが夏希。こういう時頼りになるよな……陽は人気あるからな。下心あったんじゃないか? 夏希にも言い寄るとかけしからん。そ、その俺たち付き合ってんのに……だぜ」

「はあ……ああ、はいはい。そういう恥ずかしい話、今はいいから」


 涙をごしごしと握って、いつもの陽に少しだけ戻ったような気がして俺と夏希は笑顔になる。


「俺たち三人を敵に回すとどうなるか見せてやるか」

「うん、みせてあげよう」

「うわー……なんであの話を聞いて……まっ、だからこそ話せたんだけどごめん」

「俺の方こそいろいろ気づいてやれなくてごめんな」

「わたしも、ごめんなさい……」

「いや、もうあたしが一番……だから。そこ譲らないからね……お兄ちゃんと夏希は小さいころから変わらないな。あの頃のまま純粋で嬉しい……作戦立てる前に一言だけ……相談できずに、ごめんなさいでした」


 深々と素直に頭を下げる陽の頭を俺たちはこれでもかと撫でまわし――

 そのあと、作戦の話し合いは数時間続いた。

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