第2話 幼馴染が告白してきた

「……凄かったね」

「……そうだな」


 ポツリと夏希が言葉を漏らし、俺は相槌を打つ。


 確かにアレは衝撃だった。

 身内だから余計に、というのもあるだろう。  

 モテるとは思っていたが、まさか複数に告白されるなんて、それこそアニメや漫画など創作の世界の話とばかり思っていた。


「……あき君の反応鈍かったね」

「……隣の誰かさんが、衝撃を受けすぎてたからな」

「……あっー、何かみてるこっちがドキドキしちゃって……」

「……確かにドキドキはするよな」


 幼馴染のどこか力の入っていない会話に、俺も力みのない返答をする。

 彼女の名前は川瀬夏希かわせなつき

 クラスメイトであり、物心ついたころから一緒に居る幼馴染。


 俺は夏希には隠すことなく小さな愚痴も聞いてもらっている。

 こんなふうによく一緒に下校もする。いつもはもっと和気あいあいとした空気が流れるのだが……

 まあ今日に関しては仕方ないか。


「……なっちゃん、告白したことやされたことあるの?」


 普段は絶対に口にはしないこんなことを訊いたのは、場の空気にあてられたからだと思う。

 発した後で、なんだかものすごく恥ずかしい気持ちになった。


「……ない……よ」


 今にも消え入りそうな小さな声だったが、返答がありほっとしている自分がいる。

 ちらっと視線を向けると、夏希は肩に掛けた鞄の持ち手をギュッと握って唇を噛んでいた。


「……そう、なんだ」


 いつも明るく接してくれる夏希の姿はやはりそこにはない。

 俺の方もそれを受け、さらにぎこちなくなってしまっている自覚はあった。


「……あ、あぁ、あき、あき君こそ、さ、されたり、し、したことあるの?!」

「……ね、ねっ、ねーよ……」


 何だか少し慌てて答えてしまっている自分がいる。

 夏希の方を見ると、向こうもこっちを見ていて視線がぶつかり合った。

 それだけで鼓動が跳ね上がってしまい、俺たちは互いに目をそらしてしまう。



 そんな何とも言えない空気の中――



「……は、は、陽ちゃん、すごいよね。実はわたし、前にも陽ちゃんの告白みたことがあって……」

「……へ、へえ」


 夏希はまるで小動物のようなウルっとした瞳で上目遣いをしてくる。

 角度を何度か変え、俺の表情を執拗しつように観察している。

 俺は小恥ずかしくて、そのどこか熱を帯びている視線から逃れることに必死になった。


「……」


 その時だ。夏希が回り込むように、俺の進路を塞いだ。


「……な、なんだ……えっ?」


 足を止め、夏希の顔を見た瞬間に驚く。


 夏希の瞳に覚悟を決めたような意思が宿っていた。

 涙という水滴が混じりながらも、燃え上がる炎を宿しているような熱い目。


 それだけじゃない。口元を少しだらしなく緩めた人懐っこい、いつもの夏希の笑顔がそこにあった。


「あ、あっ、あっ、あき君、し、しつ、失礼しマス」

「……な、なにっ?……」


 夏希は生き生きした足取りで距離を詰めてきた。

 その瞳の強さと訳の分からない行動を目にした俺は、斜めに後退することを余儀なくされ、誰の家かもわからない、とある家のクリーム色の壁へと追いやられてしまった。


「っ?!」

「……お、おいおいおいっ! まてまてまてぃ!」


 思わず声を上げてしまっていた。

 お互いの距離はぶつかり合う手前。

 吐息までも触れてしまいそうで、俺の足は混乱と緊張で震えてきてしまう。


 夏希の方はというと、躊躇も遠慮もする気配は微塵もなく、相変わらずの人懐っこい表情にも変化はない。

 そのまま一生懸命につま先立ちで背伸びして、体を震わせている。

 どこか小動物っぽいその行動を目の当たりにして、わずかに俺の緊張がほぐされたことは確かだ。

 だからこそ、無言で少し膝を曲げてあげたのかもしれない。




 すうっと広がった掌が俺の顔の横を通過し壁に当たると、くいっと左手で顎を少し持ち上げられる。

 その一連の流れは夏希のイメージ通りだったようで、大層に口元が緩んだ。

 抵抗することは頭になかった。

 ただただ緊張と混乱に支配されてまともな思考など出来る状態ではない。




 近い距離と、顎に触れる指の感触、それに見つめられる熱い瞳。

 そんな3コンボを受けて、心臓のドキドキが収まるはずがないじゃないか。


 夏希のことで頭の中がいっぱいになる。


 いつも俺の話を聞いてくれる優しい子。

 いつもいつも笑顔で俺に元気をくれる子。

 いつもいつもいつも傍に居てくれる可愛い幼馴染。


「痛くしないからね」

「……ちょ、ちょ、まっ、待てって?!」


「そうだ。さすがのあき君でもわかってると思うけど、大好きだよ」

「……えっ?!」


 夏希は忘れていたかのように想いを告げ、さらに小さな唇を懸命に近づけてきた。




 んんっ?!




 俺は告白された余韻に浸ることも許されず、唇を重ねられたのだった。

 柔らかくてどこか甘いその感触に、最高にドキドキさせられる。


「……ほ、ほほ、ほほほ、ほんとに好きじゃないと、こ、ここ、こんなこと出来ない……よ」


 完全に俺の視線から逃れ、両手はギュッと握られ嘘みたいに震えだしていた。

 耳までもこんがり朱に色づいている。


 おいおいっ、今さっきまでの勢いと勇気はどこに行ったんだ!


「うんっ……」


 こうして俺たちは付き合うことになった。

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