第14話 あいさつ
「さすが陽ちゃん。よく知ってるなぁ」
「ああ。こっち側はあんまりこないはずなんだけど」
まだオープンして間もない店内は椅子もテーブルも真新しい。
「アイスカフェラテとアイスティーです。これ試作品だけど良かったら食べて」
初めてのお店なのにすごく居心地がいいのは、オーナーさんの人柄とバイトの女の子が作るお店の雰囲気のおかげかもしれない。
試作品のタルトまで食べられるとは……
俺も夏希も自然と笑顔になる。
真夏の午前中のデートとしては申し分ない空間かもしれない。
さすがわが妹。
陽に言われた駅の南側のこの場所は、徒歩では距離があり、たどり着くだけで少しフラフラになった。
路地裏にあるこのお店は半年まではイタリアンのレストランだったが閉店。
もともと立地条件も悪く、空調などの手入れもおろそかだったために、すべて新しくし、内装も変えカフェをオープンしたのだそうだ。
現在、穴場中の穴場。知れ渡っていないのは、立地もあるが奥さんが入院してしまったために人が足りず、営業日が決められないのが大きい。
いつ空いているのかわからないのは致命的だが、ちょうど今日から通常営業に戻ったらしい。
条件に合うバイトの子が入ったのだそうだ。
「うわ~、なんかういういしいね」
「付き合ってまだ間もないでしょ?」
「ううっ、幸せオーラに絡み取られる」
そのバイトの可愛らしい女の人は心地いいくらいに鋭く、俺と夏希に話しかけてきていた。
何か言われるたびに、俺たちが顔を赤くしてしまうので、余計にからかわれてしまっているのだが――
なんでだろ、こういうのは嫌いじゃない。
「あ、あ、あき君、大丈夫?」
「おっ、おう。夏希こそ……」
「わ、わたしは大丈夫。なんか楽しい」
「う、うん」
今日はデートの後のことが頭に過っていて、緊張と不安で楽しめないかもと思ってた。
けどそんなことはなかった。この場所に最初にきて正解だな。
そうは言っても、やっぱり恥ずかしいけど――
目の前にいる幼馴染に見ると、何を考えているかわかっていたかのように可愛い、可愛い笑顔を浮かべた。
小動物のような視線は上目遣いになり、夏希も少しからかうように俺を見つめる。
「あき君なら大丈夫だよ」
☆☆☆
日が暮れたとはいえ、まだまだ気温は高い。
シャワーを浴び正装して、改めて川瀬家へと向かった。
昼間のデートが上手くいったことを、なんだか陽は心底驚いている気がしたけど、これもいつも通りか。
『旅行も行くんだし、いくら幼馴染でもご両親に挨拶なしでは亀裂が入るかもよ』
妹から小悪魔のような囁きを今朝受けて、ちゃんと旅行前にした方がいいと助言を受けた。
「あ、あのう……」
川瀬家のリビング。
俺と夏希は並んで座り、向かいには夏希のお父さんお母さんが腰を下ろした。
より形からということで、またも親父のスーツを拝借している。
何度も会っているし、言葉だって交わしている。
でもこの状況は、幼馴染の両親の前というよりも、好きな人の両親の前ということを俺に存分に意識させ――
陽とここに来る前に練習した、用意していた言葉がすべて吹き飛んだ。
自分の鼓動が嘘みたいに大きく聞こえて――
夏希に告白された時よりも緊張してるんじゃないかという錯覚まで起こす。
「……あき君、頑張れっ」
夏希は恥ずかしそうに俯き、俺の言葉を信じて待っていてくれる様子。
ふがいない俺に告白してくれた夏希、俺にはいつも応援してくれてる妹もいるんだ。
一度深呼吸をしてから、
「あのっ、俺、いま、夏希と……いえ、お嬢さんと、つ、つっ、付き合ってます」
「……っ!?」
俺の緊張が伝わったように、心底恥ずかしそうに夏希は両手を握りしめる。
「……」
「……」
おじさんとおばさんからは何の言葉もない。
もしかしたら幼馴染の俺は、2人にあまりよく思われていないのか……
そんな嫌な考えまでよぎってしまう。
でも、もしそうだとしても俺は……
「お、俺、小さいころから夏希のことが好きで、夏希も俺のことがその、好きっていってくれて……ど、どうか夏希と付き合うことを許してください」
「お父さん、お母さん……お願いします」
ソファに座っていたが、誠意をもっと示すべきかと思い、おじさんとおばさんの前で土下座して頭を下げる。
ぎゅっと俺の右手に夏希の左手が重なる。
「びっくりした……あき君大人になったのね。緊張してるとこあんまり見ないから、新鮮ね」
「顔を上げてくれ。夏希、お前もなんでそんな固くなってるんだ?」
おじさんもおばさんも顔を見合わせ困惑している。
「俺たちが付き合うこと、許してください」
「お願いします」
「許すもなにも、小さいころ、あき君に夏希のことお願いしてたじゃない。もう覚えてないかな」
「よかったな、夏希。あき君なら僕も安心だよ」
今度は俺と夏希の方が顔を見合わせる。
小さいころからよく夏希の家には遊びに来ていたし、冗談か何かで夏希の話をされた気もしないではないが、そこまではっきりと覚えていない。
「あの、それと……」
鎌倉旅行を計画していることも話したが、反対されるどころか大いに歓迎されてしまい、この二人にもからかわれて俺と夏希は今日何度目かの顔を朱に染めた。
やっぱり今日は忘れられない日に、強く印象の残る日になった。
そして、もっと忘れることのできない、鎌倉旅行の日がやってくる。
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