第13話 旅行の前にきちんと

 夏休み初日の朝。今日はいつもよりさわやかな目覚めだった。

 高1の夏休み、それはこれまでとは違うものになる。

 なんたって、夏希が彼女になって初めての夏だからな。


「陽、入るぞ」


 着替えを済ませ、隣の部屋へのドアを開ける。


 学校では隙のない妹も家では様子がちょっと違う。

 冷房がついていても寝苦しかったのか、タオルケットと共にパジャマもはだけてしまっていた。

 色白の素肌を露にしながら、幸せそうな満面の笑みを作っているところは兄の俺でさえ少し癒される。


 ゆるんだ口元が動いて、何やら寝言が聞こえてきた。


「おにぃちゃん――やさしく、だよ――」


 いったいどんな夢を見ていることやら。

 とても陽を好いているあいつとかこいつに見せられる姿ではない。


「たくっ、寝相が悪いな。風邪ひくぞ」


 声をかける程度にしておいて、布団をかけ直す。

 赤を基調とした明るい部屋は、一か所を除いて綺麗に片付いている。


 机の上が少し散らかっているのは、陽がすごく張り切りながら、デートの予定表を作ってくれているのだ。

 それらを整頓し、階段を下りて朝ご飯の支度を始める。


 ちょうどフレンチトーストを焼き始めたころ、陽がどたばたと階段を下りてきた。


「お、お兄ちゃん。鎌倉旅行の予定表、もしかしてみた?」

「いや、整頓しただけで書いてあることは読んでないぞ」

「ほんとにほんとだね?」


 噛みついてくるんじゃないかという鋭い視線をむけ、ぐいぐいと近づいてくる。

 いくら妹とはいえ、可愛い容姿が間近に近づいて来たことで少し足を後ろへ引いた。


「ほ、ほんとだが、何を慌ててるんだ? それとはだけてるぞ」

「い、いやいや、べつに……それとエッチ」


 視線をあからさまに逸らすところがなんとも怪しいが、最近はいつもこんな様子か。

 少しぶすっとしていて、赤くなっているさまを見ればこの妹がモテるというのがなんとなく納得できる。


 数分後、身支度を整え髪形もツーサイドアップにした陽が席に着く。

 うちの両親は共働きで朝はほとんど2人での食事だ。


「いただきま~す。うわ~、美味しそう。お店みたい」

「洗濯物干したら、俺は出掛けるけど……ほんとにお前一緒に行かないのか?」

「いくら心配でも、ま、毎回、デートについていくわけにもいかないからね」

「そうか」


 気遣いができるほんとにできた妹だ。

 だからこそ、俺も夏希もついつい頼りにしちゃうんだよな。

 不安そうな俺の顔に反応し、陽はふにゃりと口元を緩める。


「今回もちゃんとデートプラン考えてあるから心配無用だよ、お兄ちゃん」

「さすが陽だぜ」

「うへへ。まずはさ――」


 嬉しそうに話す陽の一言一句を漏らさないように、俺は姿勢を正し集中して聞いていた。



 ☆☆☆



 家の外に出た瞬間に季節は夏だと思い知らされた。

 午前中だというのに、日差しに容赦という言葉は皆無。

 近所にある夏希の家までの短い距離でさえ、額に汗がじわりとにじむ。


 呼び鈴を鳴らそうと伸ばした人差し指は緊張から震えだしていた。

 あんな話をされたら無理ないよな。

 最初に夏希をデートに誘った時も相当震えたけど、今はそれ以上かもしれない。



 ピンポ~ン!



 家の中に響いた音とともに、身構えごくりとつばを飲み込む。

 俺の視線は玄関へと向き目を逸らせないでいる。


「あき君、おはよう」


 ドアが開き、幼馴染でもある夏希のいつものだらしなくも見える人懐っこい笑顔が現れる。

 それを見ただけで少し緊張の糸は途切れ、安心してふうと息を吐いた。


「おはよう、夏希」

「んっ、どうしたの? まだデートも緊張してくれてる?」

「あっ、いやそれもあるんだけど、きょ、今日はちょっとデートの後にさ――」


 陽に言われたことを彼女である夏希にも伝えた。


 それを聞いた夏希はちょっとあたふたして顔を赤く染める。

 そうかと思ったら、持ち前の反則的とも思える小動物っぽい可愛らしい視線を向け、なんだか嬉しそうに小首をかしげ手を握ってきた。


「そっか、陽ちゃんの言うとおりだよ。しょ、将来の練習にもなると思うし」

「しょ、将来か。そこまで……あいつすげえな」


 今日のデートは幸せだけど、ちょっとだけ憂鬱なものになりそうだ。

 でも、たぶん忘れられない日になるのは間違いない。

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