第7話 妹との仮デート

 夕暮れ時、駅前にある噴水広場。

 陽はやってきた俺に向かってにっこり微笑んだ。

 

 妹の陽がどこかそわそわ、どこかウキウキした顔で、俺が現れるのを待っていたのを遠くからみていた。


 陽は、俺に予行演習という名目の仮デートをさせようとしているらしい。

 確かに準備は大事だし、デートに誘う時も陽との練習をしたからこそ成功したともいえる。

 だから……その案に従うことにした。


「あっ、お兄ちゃん!」


 待ち合わせ時刻にわざと遅れて登場した俺をまるで咎める様子はない。

 周りの男の人の視線が一気にこちらへと向いたのは、陽が美少女だからで待ち合わせ相手がどんな人なのか値踏みでもされたということなのか。

 なんだか、視線が痛い。


 世の男性から見ても、妹が魅力的に受けるのは複数人からの告白ですでに証明されている。


「来てたな、行くぞっ」


 陽はこの仮デートを心底楽しみにしていたような明るく吸い込まれるような、いつも魅せている笑みとはまたまた違った顔をしていた。

 兄の俺でさえ、その顔を目の当たりにした瞬間に少しだけ恥ずかしくなったほどだ。

 そんな陽の手を俺は少し強く引っ張る。


「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん、痛い、痛いよ!」

「うるさいな、黙ってついてこい」

「えっ、ちょ、ちょっと! そんなんじゃ女の子は喜ばな――」

「お前が言ったんだろ、陽」

「…………あっ!」


 デートを大成功させるための極意を俺は実行しているだけだ。

 これは仮デートとはいえ、やる以上は本番を想定しなければ意味がない。

 すべては夏希とのデートを成功させるため。


 極意を授けてくれた陽は、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔で呆けていたが、ようやく状況を理解してくれたようだ。


「わかったか。黙ってついてこい」

「う、うん」


 ぶすっと頬を膨らませた陽は、ものすごく不満気な顔を作った……だが手を引くと、とぼとぼと俺についてくる。

 


 ☆☆★



 次に向かった先は駅前から徒歩20分の距離にあるショッピングモール。

 今日は平日ということもあり、それほどの混み具合ではないが休日ともなると人でごった返す。

 そして明日は土曜日だ。


「お兄ちゃん、のど渇いた」


 俺が握りしめていた手を振りながら、駄々をこね始める。

 まるでおもちゃを欲しがる園児のようだな。

 そういえば、陽と手を繋ぐことは大丈夫だったが、俺、夏希と手を繋いだことないな。


「お前なあ、予行演習をなんだと……」

「夏希だって喉が渇くかもしれないでしょ。その辺は機転を利かせないと本当に嫌われるわよ」


 そう返されると、何も言えなくなる。


 モール1階にあるフルーツジュース専門店に立ち寄り、のどを潤してから2階にある映画館に向かう。


 今日は会員感謝デーということもあり、館内は混雑していた。

 明日もこのくらいの混み具合かそれ以上かもしれない……予行演習にはちょうどいい。


「お兄ちゃん、あたし、無料鑑賞券持ってるよ」

「……お前なあ、それは明日使うって話だろ」

「…………あっ。そ、そうだったね。じゃあぷいきゅあを観よ」

「いやダメだ」

「……ああ、そうだった、そうだったわね。でも観たい。あたしお兄ちゃんとプイキュアみたい……それに、あたしは夏希じゃないよ」

「お前、さっきと言ってること違い過ぎるだろ! これ、予行演習だから」


 陽の奴、自分で言ったこと覚えていないのだろうか?


 俺は明日を想定し、陽を売店に並ばせ2人分のチケットを券売機にて購入。

 売店で陽と合流し、ポップコーンのセットを買って椅子に座り会場入りを待った。


 陽の好きな劇場版ぷいきゅあは開場したらしくぞろぞろと列になっている。


 陽はそれを恨めしそうに見つめ、ぶつぶつと何か言いながらしょんぼりと肩を落とす。

 毎週欠かさずみるほど好きなアニメだからな。


「今日はダメだけど、あとで観に来るか?」

「ほんとっ! お兄ちゃんとぷいきゅあ……ふあぁ」

「なっちゃんとデートできるのは陽のおかげだしな」

「……う、うん」


 陽はどこか申し訳なさそうな顔をしたようにも見えたが、すぐに薄ら笑いをなぜか浮かべた。



 ☆☆☆



 俺たちが観る映画開始の10分前になり、開場されると陽は何観るんだと興味が湧いたようでスクリーンの方に足早に向かって行く。


 だが、陽は作品ポスターの前で呆然と立ち尽くし、口を大層開け驚きの表情を作る


「……お、お兄ちゃん、これって」

「ミュージカル映画だな」


 それは陽が最も苦手とするジャンルだった。

 これも相手の苦手なものを選べという、陽のアドバイスに従ってのことだ。


 上映後。


「どうだった?」


 もはや絶望感すら漂わせている陽に俺は感想を尋ねた。


「……まあ、いいんじゃないかな。きょ、兄妹のあたしですら大丈夫だったから。夏希なら大喜びだよ」

「マジか、ありがとな」

「……完璧なデートになるよ。ふっふっきゃは」


 俺はどこか気味の悪い笑顔を浮かべた陽を横目でみた。

 今日の妹は本当に何を考えているのかわからない。


 そういえば……


「なあ、この後はどうすればいいんだよ?」

「ああ、この後は流れに任せて、夏希が行きたいところやお兄ちゃんが行きたいとこに2人で行けばいいわ」

「そうか……」

「まあ………………を想定して予備の策……練って……けどね」


 小さな声で呟くように言ったので、俺には内容が聞き取れなかった。

 思い出し笑いをしているかのような陽を横目に俺たちは家路に着いた。

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