第10話 ★妹は映画館に来ている

「~♪っ~」


 あたしは予告編が終わり、本編が始まるそのときを見計らいすっかり暗くなった劇場内に入った。


 肩を落として帰る2人の姿が目に浮かぶと自然と口元が緩む。


「うへへへ」


 思わず誰にも聞こえないような小さな声で笑う。


 少し目を凝らすと、お兄ちゃんたちはすぐに分かった。


 他のお客さんの邪魔にならないように、2人が座る後ろの席に腰を下ろす。

 暗いし、少し変装もしているので前の2人に気づかれている様子は全くない。


 夏希は怯えている様子も見せながら、お兄ちゃんを潤んだ瞳で見つめていた。


 ち、ちぃ、ちい!!


 相変わらず小動物みたいな可愛い顔だ。


 お兄ちゃんの方も幸せそうな笑顔を浮かべていて、なんだか少し胸がずきっとする。


 気のせいかもしれないけど、2人の雰囲気が違っているような、どこか発展してしまったような印象を受けた。


 いやいやそんなことはないと、あたしは首を振る。


 ホラー好きのあたしと違って、ホラーが大の苦手の夏希では2時間は絶対に耐えられはしない。

 

 小さいころ、うちで3人一緒に心霊特番をみたことがある。



『なっちゃん、怖いの?』

『夏希、お兄ちゃんを掴みすぎよ』

『こ、こ、こ、こ、怖い……』



 夏希はあの時あまりの怖さに最後まで観られずに気絶してたくらいだ。

 その夏希にホラー映画の鑑賞は悪手中の悪手。


 わたしは夏希にはお兄ちゃんがホラーを選択したら恐れずに見ろと伝えた。

 他の映画に逃がさないために。


 ゆっくりと作品を堪能しながら、夏希の狼狽える様を見せてもらうか。

 ポップコーンに手を伸ばしながら、前の座席の様子とスクリーンに集中する。




 最初の恐怖シーンがやってきた。

 

 髪の長いもはや妖怪みたいなのが、ぴちゃぴちゃと水を垂らしながら迫ってくるシーン。

 なかなかだった。夏希じゃ耐えられるわけがない。


 にやりとしながら、前を見る。

 んっ? 思わず声が出そうになるのを必死に堪える。



 夏希とお兄ちゃんは手を重ねていた。




 なっ、夏希、このアマ、あたしのお兄ちゃんに手を!

 



 なんだか積極的になってる。いつもよりも少し大人っぼく色づいた顔をしているのはメークのせいだろうか。


 一瞬、夏希がはっと何か閃いた顔をしたのが気になる。

 夏希の横顔は幸せそうで恐怖とは無縁の印象をあたしに与えた。

 なんだか、妙に嫌な予感がした。



 お兄ちゃんのことをより考え出したのか、中盤からは何やら小動物ぽさが増して、耳元でささやきあったり、さらに甘えだしている。



 くそ、くそう! こんなはずじゃないのに。ま、まさか、夏希の奴……

 


 天才的な頭脳を有しているあたしの脳裏には良くない考えが浮かんだ。

 あり得ないとは思うが、もしそうなら夏希がここまで耐えられた説明もつく。


 あたしは勢いよくポップコーンを口に入れだし、もはや本編などどうでもよくなり、この2人の方に集中しかけていた。



 

 作品はクライマックスに突入した。

 恐怖心の煽りが最高点に達し、お客さんの何人かも悲鳴を上げだしている。

 いくら、お兄ちゃんの方に意識を向けたって、夏希、あんたじゃここで絶対に気絶を――



「ふぁあああああ!?」



 思わず声を上げてしまったのは、画面上の出来事からではない。

 お兄ちゃんと夏希が濃厚なラブシーンを演じていたからだ。見ているこっちまで恥ずかしくなってきそうな甘くて、ながい、長い時間。


 あまりのことにあたしは呆然とし口に入れていたポップコーンが鼻から出てくる。



 やりやがった、やりやがったなぁ!?



 あたしの助言の何をどこを超絶勘違いしたのかしらないけど、夏希は極限状態の恐怖心を唯一緩和できる最高の手段で消し去って2時間耐えたんだ。



 

 それは……それは、お兄ちゃんへの愛!




 頭の中がお花畑の小動物が! 

 迂闊だった、夏希をお兄ちゃんを甘く見過ぎていた。


 こうなったら、あれをやるしかない。

 今度の今度こそ、目にもの見せてやるわ、夏希。


 あたしはエンドロールの中1人座席を立ち、前の席をチラ見して通る。

 あまりの長時間の口づけでお兄ちゃんは気絶させられていた。

 ど、どんだけ吸い付いてんだ!? な、夏希ぃいいい!


 落胆を隠せない重い足取りで劇場を後にする。

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