第4話 妹に相談しよう
その日の放課後、俺の部屋にて陽と向き合っていた。
「だ、だだだだだいじな話ってなに……っ??」
「ええっとなあ……」
最近では妹がこの部屋に入った記憶があまりなく、もしかしたら中学以来かもしれない。
ベッドの真ん中に座る俺と、端っこにちょこんと座る
久しぶりとあって、陽はきょろきょろと視線を彷徨わせていた。
そして体をもじもじさせ、やたら俺の動きを警戒している。
学校ではともかく、家の中で陽が俺との距離を詰めて来ないのはいつもと違うことだった。
だが、それも声が聞きにくいためか、少しずつ近づいてきて、1人分のスペースを空けたくらいの位置までやってきた。
話を始めていいという合図なのか、瞬きして俺を見る。
どこから話したらいいだろうか。陽にはまだ俺と夏希が付き合っていることも伝えてはいない。
今日の様子を見る限り、夏希からも知らされてはいないようだ。
「……おにぃ、おにいちゃん、そんなに言いづらい話なんだね……」
「まあ、そうなんだ。えっ、なんでお前がそんなに緊張するんだよ?」
「……いやいやいやいやいや、す、するでしょ。お兄ちゃんの大事な話だよ。それにあんなことまでして……」
陽はテーブルのペットボトルを手に取り警戒しながらも口を付ける。
手が震えていてなかなか口に持っていけないくらいだった。
「……実はさ、俺、彼女が出来たんだ」
実の妹に報告することでさえも少し照れてしまい陽の顔をまともに見れなかった。
「……」
「……」
反応が何もなく、聞こえなかったのかもしれないと繰り返そうと考えた時、
「………………ふぁあああああ?!………………」
という叫び声と共にカーペットの上にペットボトルが落ちた。
「おいっ、大丈夫か?」
呆然として全く動こうとしない陽を心配しながらも、シミにならないようにタオルにしみこませる。
「お、お、お、お、お、おおおおお兄ちゃんに彼女が?!」
視点が定まっていないような眼で、ゆっくりと首をこちらに向けるが、その顔はどこか引きつっていた。
「お前、風邪でも引いてるのか?」
「……相手は? 誰に告白したの?」
「違うんだ。情けないけど、してもらったんだよ、なっちゃんに……」
「へ、へぇええええええ……夏希と付き合うことに、夏希かぁ?!」
感情を遮断したように、陽の瞳は死んだ魚のように黒ずんだ。
妙に暗い顔になり、思いっきり拳を握りしめて、貧乏ゆすりまでし始めている。
どうみても、いつも家ではすり寄ってくる陽の姿ではない。
「体調悪いなら話は今じゃなくていいんだぞ」
「平気だよ、お兄ちゃん。最後まで聞かせて。特になんであたしにその話しているのかを」
陽はごく自然に小首を傾げる。
その仕草は、傍目からみたら可愛らしい。
ツーサイドアップの髪型も似合っていて魅力があると思う。
だけど何か急に雰囲気変わった気がするのは気のせいなのか。
「昨日から付き合いだしたんだけど、全然恋人っぽく出来ないっていうか、いや、そもそも今日はほとんど意識しすぎて口さえも聞けなかったんだ。お前も朝は一緒だったからわかると思うが」
「だから2人であんな変に……で、どうしたら恋人っぽく出来るかあたしに相談してきたんだ、あたしに」
陽はまるで伸びていない爪をなぜか眺めている。
「そういうこと。ほら、陽ならおれとなっちゃん両方のことよく知ってるから」
ちっと何か舌打ちのようなものが聞こえたがたぶん気のせいだろ。
「……デートしてみればいいんじゃない」
「デートおっ?! まだ付き合って1日だぞ」
「……付き合ってなくてもデートしてる人もいるよ……」
「そ、そうなのか。でもそんな約束は……」
「……じゃあ誘えばいいじゃん」
俺はどこか軽いその言葉に大きく目を見開き、口を半開きにしてしまう。
「俺が?」
「夏希から告白したんでしょ。ならデートはお兄ちゃんが誘いなよ。大丈夫、あたしがとっておきの誘い方を教えてあげるからさ。ふっははきゃ」
薄ら笑いを浮かべた気もするけど、陽には何か考えがあるんだろう。
「わかった。じゃあその誘い方とやらを伝授してくれ」
☆★★★☆
1時間後、俺は夏希と彼女の家の玄関先で対面していた。
「……っ?!」
「なっちゃん、ごめんね、突然」
「……」
夏希が恥ずかしそうにうんうんと首を振っている。
スマホのメッセージにて夏希に1時間後家に行く。話したいと送っていた。
1時間の間に俺と陽は夕食を済ませ、準備と出来うる限りのリハーサルを重ねた。
「あの、はなしがあって……」
「……」
んっ? と夏希は俺の姿を見て小首を傾げている。
それもそのはずだ。俺の恰好は陽に渡されたスーツで、手に抱えているのはどこで用意したのかわからない花束。
陽の知恵が授けてくれた絶対成功するデートの誘い方通りの服装と持ち物。
~~~
『プロポーズするつもりでデートに誘うのよ』
『えっ、でもこの格好で? これはさすがに……』
『すればわかるわ。あっ、ちゃんと最初に跪いて夏希の手を取ってキスすること。忘れちゃダメだから』
『ええぇぇぇ?!……』
~~~
不思議そうな顔をして瞬きを繰り返している夏希の前に跪く。
緊張はしているけど、なんだかそれ以上に恥ずかしさで感覚がマヒしていたんだ。
だから気が付いた時には夏希の白い手を取り、その甲に軽くキスをして、出来るだけ表情を作り心の底から願い事を夏希に告げていた。
「なっちゃん、デートをしよう」
「は、はいっ?!」
意外にもすんなりと言葉はでた。それが裏声だったとしても上出来すぎる。
俺の態度に触発されたかのように、夏希の方も言葉が丁寧になっていて、表情もいつもよりもさらに蕩けるように溶けていた。
「なっちゃん、じゃなかった。君と一緒に夢の世界を2人で歩みたいんだ」
「夢の世界っ! う、うん、楽しみだなー」
「……」
「……」
お互い見つめあい、次第に口元が緩んでくる。
夏希の口元をだらしなく緩めた人懐っこい笑顔がそこにあった。
「……ぷっ。もうダメだ。あはっ、あはははは」
「もう何やってるの、あき君」
「実はさ、陽に相談したらこうしろって言われて、それで」
「陽ちゃんが。も、もう、びっくりしちゃったよ。まだ色々混乱しちゃってる。あっー、あき君だよね。可笑しかった。……あっ」
夏希は少し目を大きくし、また俺を見てほほ笑む。
「どうしたの?」
「わ、わたしたち普通に話せてるよ。陽ちゃんのおかげだね」
「ほ、ほんとだ」
あんなにギクシャクとしていた空気は羞恥心と驚愕、そして何をやってるんだかという笑いによって吹き飛ばされていた。
なるほど。これはあえてこういう格好をすることによって――
なるほど。すればわかるって言ってたけど――
さすがの妹だな。
☆☆☆
夏希の家から帰宅し、テレビの音が聴こえてきているリビングへのドアを開ける。
「あっ、お兄ちゃん。随分時間かかったね。まあ落ち込まないでよ。女の子は何も夏希だけじゃ」
陽はソファに座り、だらしない姿でポテチの袋に手を伸ばしていた。
何かをやり遂げた後のように嘘みたいに表情はリラックスしている。
「ありがとう、陽! 上手く誘えた」
「そう。それはよか、ええええええぇ?!」
「いやあ、ナイスな助言だった。お前に話してみてほんとよかった」
「……ははっ、あたしはいつでもおにいちゃんの味方だよ………………」
陽は嬉しいはずなのに、それを見せまいと何やら呆然として口をあんぐりと開けていた。
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