第19話 2人きりの夜

最初に予約していた部屋を陽たちが使い、俺と夏希は別の部屋に移った。


「えっ?」

「っ?」


 部屋からの海岸の眺めなどは変わらない。

 ただ決定的に違う点は、この部屋のベッドはダブルベッドだったということ。

 つ、つまりは2人並んで就寝するということだ。


「えっと、あっと……へ、部屋替えてもらう?」

「わ、わたしは平気だよ。あ、あき君が嫌じゃないなら……そ、その、このままで」

「お、俺は嫌じゃないよ……」


 鼓動は増して、お互い意識しすぎるくらいしてしまう。

 夏希の顔は耳まで真っ赤で、どこか色っぽくさえみえて――

 告白された時よりも、おじさんたちに挨拶した時よりも今が1番ドキドキしていた。


 小動物のようなウルっとした目で、夏希がぎゅっと手を握ってくる。



 おいおい、これほんとに大丈夫なんだろうか?



 こんな時こそ、頼りになりすぎるくらいの妹に相談したい。

 でも、もしここまでが陽がお膳立てしたものなら逆らいたくはないというきもちもあり複雑だった。



 陽と松尾さんと合流しての食事はお魚料理が中心で、緊張している中でも刺身や天ぷらが美味しく、お肉も柔らかくて美味しかった。

 その後は、陽たちの部屋でトランプをしたり、話などをして盛り上がる。


 ある程度の夜更かしならともかく、さすがに一睡もしないわけにはいかなくて――


 ダブルベッドだと言うことを陽は知らないのかもしれない。

 食事中も話をしているときも、何度か相談しようとも思ったが、松尾さんの前ということもあり、なんとなく気が引けてしまい結局何も言うことは出来ずに部屋へと戻ってきた。


「さ、先にお風呂入っていいかな?」

「お、おお」


 夏希がシャワーを浴びる音を聞くだけで、ものすごく緊張してしまう。

 入れ替わるように俺もお風呂に入り、彼女が座っているベッドに腰掛ける。


「ど、どうしよう、あき君……わたしが何かしようとしたら絶対に止めてね」

「お、俺の方こそ大声とか上げちゃっていいからな」


 お互い同じようなことを言って笑顔になってベッドに入る。


「……」

「……」

「話、をしよう」

「そ、そうだね。あ、あき君ってさ、いつからわたしのこと好きになってくれたの?」

「えっと……」

「ご、ごめんね。今、聞くべきじゃないよね」


 夏希はあたふたして、恥ずかしそうに布団を被る。

 少しだけ緊張が和らいだ気がした。

 俺は幼い時の記憶を少しだけ思い出す。


「……保育園で初めて会った時から、たぶん好きだったと思う。ガキのころだから、初めは可愛い子だなくらいしか思ってなかったけど、そっから、だ、大好きになるまではそんなに時間はかからなかった……かな」

「……ありがとう」


 夏希はむくりと顔だけ出して、ぎゅっと皺が寄るくらい布団を握りしめた。


「な、夏希の方は?」

「わ、わたしは……あき君と陽ちゃんには最初に助けてもらったから――あき君はわたしの初恋の人だから。こうやって今隣にいることが夢みたいで、信じられなくて、いつも幸せだよ」

「それ、俺が幸せじゃないみたいに聞こえる」

「そんなんじゃないよ」

「言っとくけど、俺、夏希が思っているよりも、夏希のこと、だ、大好きだからな」

「っ?」


 口にした後に恥ずかしさが沸き上がり夏希とは逆側に顔を向けた。


「付き合ってるんだよな、俺たち」

「う、うん……だ、だから、き、キスくらいなら、いいんじゃないかなって……」

「キスっ!」

「ほ、ほっ、ほら、軽くほっぺに触れるくらいならありじゃないかなって……」


 陽の指示なしで俺がそんなこと出来るのか――

 そういえば告白される前も、映画館でも夏希の方からで俺は――

 つくづく自分はおくてだと思ってしまう。


「……な、夏希。ちょっと目つぶってて」

「えっ、あっ、し、してくれるの…………あき君、わ、わたしが暴走しそうになったら、絶対、絶対に止めてね」

「お、おう。俺の方こそ、ひっぱたたいてでも止めてくれ」


 振り向くとぎゅっと強く目を閉じている夏希の顔があまりにも可愛くて、頭が真っ白になる。

 顎を持ち上げようかと思ったけど、そのままで口づけを交わす。


「あ、あっ、ありがとう、あき君。気持ちが伝わってくるキスだった」

「ご、ごめん、あと、ありがとう」


 この後はなんお話をしたのかも覚えてはいない。

 一睡もできずに翌日を迎え、旅行二日目は心底眠かったのを覚えている。


「お兄ちゃん、何もしなかった? なかったでしょうね?」

「お、おう。せっかくお膳立てしてくれたけど、俺と夏希にはまだ早かったかも。でも、色々話は出来た。ありがとな、陽」

「陽ちゃん、ありがとね」

「ふ、2人ともお礼とか言いすぎ!」


 陽が何度も詰め寄ってきたのは、俺たちにはまだ二人きりで泊まるのは早すぎたかと慌てたんだと思う。


 いい思い出がたくさんできた旅行だった。

 また3人でどこかに出かけたいと思いながら電車に揺られ実家に帰宅する。


 だけど、この旅行が俺たちにとって問題になることをこの時はまだは知る由もなかった。

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