第20話 始まり

夏希とたくさんの思い出を作ることが出来た夏休みが終わり、今日から新学期。


「……」


 めずらしく陽は起こさずとも下へ降りてきた。


「えっ、どうしたんだよ? 元気ないぞ」

「……そんなこと、ないよ」


 あの旅行以来、正確にはチェックアウトを済ませてからだが――

 ずっと様子がおかしいことに、俺も夏希も気づいていた。


「今朝はスクランブルエッグにした」

「うん……」

「……なあ、何か悩み事があるんなら、俺でも夏希にでも話してくれないか?」


 向かいの席に座り、妹の表情を観察する。

 両手をぎゅっと握りしめ、時折唇を噛んでは顔を覆う。

 以前は塞ぎこむことなどなかったのに。


 こんな陽をみるのは初めてのことで何があったのか、俺は心配でたまらなかった。

 実際、あの旅行から陽は極端に外出する回数が減っている。


「へ、平気」

「学校、休んでもいいんだぞ。ごめんな、俺も夏希も陽を頼りにしすぎちゃったから……」

「違うよ、お兄ちゃんや夏希は悪くない。あたしの問題だから」

「……これだけは覚えておいてくれ。俺も夏希も陽のためなら、どんなことだろうとやるから。辛かったら全部吐き出せよ。一人で抱え込むのってよくないからな」

「うん、ありがとう……」


 食欲もないようで、いつもの半分も口にしなかった。



 足取りが重そうな陽と一緒に外に出ると――


「おはよう、あき君。陽ちゃん」


 心配そうに鞄を握りしめる夏希がいた。

 いつもの口元をだらしなく緩めた笑顔でなく、作り笑いのそれということを俺はすぐに察する。


「おはよう、夏希」

「……おはよう」


 いつもは先頭を歩くのに、今日は俺たちから少しだけ距離をあけて後ろからついてくる。


「陽ちゃん、ご飯は?」

「あんまり食欲もないみたいなんだ」

「原因ってわかった?」

「いや……問い詰めるようなことはしたくないから」

「そうだね……」


 学校が近づくと、日焼けした生徒が目立ち夏休みが開けたことを実感する。

 陽が気になり後ろを振り向く。

 挙動不審な様子だったけど、クラスメイトに話しかけられ辛そうに見えても笑顔を向けていた。


「陽ちゃんのクラスの子にそれとなく気にかけてもらうように伝えておくね」

「頼む」


 そんなやり取りをして、俺と夏希は下駄箱で上靴に履き替えていると――


「あき、大変だ! ……川瀬も一緒か! ちょっと来てくれ」


 中学の時からの同級生が慌てた様子で俺の腕をつかむ。


「な、なんだよ?」


 廊下にある部活勧誘のチラシが貼ってあるその場所は、人だかりが出来ていてやたら騒がしい様子だった。

 俺と夏希が近づいていくと、そのざわめきは激しくなり視線が俺たちに注がれる。

 人だかりは俺たちが近づくと自然と分散し道が開けた。


「な、なんだこれ?」

「えっ……?」


 そこに張られていたのは、俺たちが映った鎌倉のホテルでの写真だった。

 浴衣を着たいつも通りの俺と夏希だけど――

 勘違いされてもおかしくない写真でもある。


「っ?!」


 背後では絶句した声が聞こえ、陽が鞄を落としてその場に呆然と立ち尽くしていた。

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