第16話 幼馴染は愛を叫ぶ

照りつける強い日差し。

 七里ヶ浜の海岸は夏休みということもあり、午前中でも賑わいを見せていた。


 さざ波の音が聞こえ、潮風の匂いがし、どこか開放的な気分になる。

 俺はその雰囲気をこの身に存分に受けて、それだけで胸がドキドキしていた。

 隣の夏希を見ると、少しだけあたふたし目が合うとぽっと顔を朱に染める。


「……」

「……」


 それでも恋人同士ということもあり、手だけはぎゅっと握りしめていた。

 妹の陽の方をチラッとみると、仮面をかぶったような冷たい笑みを浮かべたような気が……



「先輩、好きで~す」



 そんな中で海に向かって叫ぶ女の子の声が耳に届く。


「っ!」

「……っ!」


 人目をはばからず、思いのたけを全力で吐き出すその姿に周囲の目は一瞬で釘付けになった。


 女の子は全力疾走したかのように肩で息を整え、頬を赤く染めている。

 決意を固めたように口を結び、この先の、おそらく本番のステージ《告白》へと足を進めていく。


「す、す、すご~い! なんかカッコいい……」

「あ、ああ……」


 この場にいる関係のない俺にも、不安と緊張と熱意が伝わってきて震えだしそうになるくらいだった。


 女の子が近くを通りすぎる際に、その視線が俺たちの手に釘付けになった。


「はわわ、ありがとうございます。あたし、頑張ります」


 なぜか納得し、それは未来を予感しているかのような輝く笑顔を向けて去っていく。


「ちぃ、余計なことを……」


 陽はあからさまに機嫌を損ねたようで、歯を食いしばり地団駄まで踏む。

 夏希はというと、涙が少し混じったうるんだ瞳をこちらに向け、口元を少しだらしなく緩めた人懐っこい笑顔を浮かべふうと息を吐いた。


「よしっ!」

「お、おい!」


 ぱっと繋いでいて手を放し、自分を奮い立たせるように強く砂浜を踏みしめ、先ほど女の子が叫んだ場所まで歩いていく。


「ま、ま、まさか、夏希、待って、や、やめろぉおおおー……」


 陽の驚き顔を横目にした瞬間――



「あ、あき君、だ~い好きっ!」



 頬に当たる風が、夏希のその想いを乗せて俺に届いた――

 恥ずかしいさとそれ以上の嬉しさでこれ以上なく心が満たされていく。


 こうしてはいられない。

 反射的に出かかっている自分の気持ちを言葉にして、伝えてあげないと――


「お、俺も、す……なっ、なんだよ! むぐぅ」


 1歩、2歩と前に出た。

 叫ぼうとした瞬間、陽の手が俺の口をふさぐ。


「や、やめて! 恥ずかしいから、お兄ちゃんは、お兄ちゃんはやめて」


 振り返った夏希は頬を赤く焦がし、先ほどよりも人懐っこく微笑んでいた。

 その笑顔のままゆっくりと近づいてきて、再び手をつないでくれる。

 なんだかさっきよりも暖かい。


「きゃ~、お幸せに」

「私も言っちゃうぞ」


 周りにいた中学生たちがしゃいだり、拍手されたりしてしまい――


「は、恥ずかしいね、あき君……」

「お、おう……」


 先ほどの勇気はどこへ行ったのか、夏希は下を向く。

 だけど愛を叫んだ余韻を残したままの顔ですごく嬉しそうで、それを見た俺はさらにドキドキした。


「は、陽。やっぱりここに最初にきて正解だった」

「ありがとう、陽ちゃん」

「そ、そ、そうでしょ。け、け、計算通りよ」


 思わず笑顔になる俺と夏希。

 陽はどこか悔しそうに口を尖らす。


「お腹すいたな。朝ご飯はやかったし」

「わたしも」

「じゃあレストランに……」


 浜辺を歩いていたが、陽だけが何かやり残りがあるように立ち止まる。


「どうした?」

「……ちょっと、あたしは1人になってこの後をシミレーションする。お兄ちゃんたちは先に行っていて」

「陽ちゃん?」


 陽に俺たちは背中を押される。


「小動物が…………すぐ……されやがって……あたしだって……みてろよ」


 よく聞き取れないような呟きが聞こえたが、陽を信じている俺と夏希は言うとおりにした。

 たぶん、これも意味があるんだと思って――


「少し2人きりにしてくれたのかもな……」

「そ、そっか。さすが陽ちゃん」


 こうして俺たちの鎌倉旅行は始まった。

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