第22話 涙

 例の写真はクラスメイトが全部剥がしてくれた。

 だがすでに、俺と夏希は学校中の話題になっていて休み時間になると野次馬が廊下に集まってくる。


 それだけならまだよかった――


 普段なら夏希と一緒に別教室でお弁当を食べたところだけど、今日は2人で教室を出ると余計に目立つと思い、向かい合っての昼休み。


「な、夏希、その、先輩が呼んでる……」


 1人の女子生徒が少し青ざめた顔で夏希に声を掛けてくる。

 その様子がちょっと怖がっているように見えたのか、夏希が不安そうにこっちを見たので俺も一緒に廊下に出ることにした。


 そこにいたのは、ガラの悪い先輩で夏希を値踏みするように目を這わす。


「あの、なにか?」

「君が川瀬夏樹ちゃんか。俺とも付き合ってくれねえかな?」

「…………わ、わたしには心に誓っている人がいるので、お付き合いは出来ません」

「……ああ、そう。そいつに何があってもいいわけか?」

「えっ?」


 その脅しともとれる言葉に夏希は途端に動揺してしまう。


「……この学校にも頭の悪い先輩っているんだな……」


 俺は夏希の前に出てその上級生を自然と睨みつけていた。


「いい度胸じゃねの。お前が有名な双子の落ちこぼれの方か……」

「夏希、教室に戻ってろ」

「うん……」


 正直、俺は誰があの写真を貼ったのか、少しだけイライラしていた。

 だから、目の前に現れたこのいい人とは到底思えない先輩に――

 普段なら流せるかもしれない怒りを流せずぶつけようとこぶしを握る。


「お兄ちゃん」

「あき!」


 行動に移そうとしたとき、両手を同時に妹と友達に捕まれ我に返る。


「これはこれは、こいつよりも優秀な妹殿の登場か。もう一人は何なの?」

「……」


 陽は役目を終えたように、俺の友達にその場を任せて隣の教室へと戻っていく。


「知らないんですか、先輩。この学校には敵に回しちゃいけない奴がいるんですよ」

「ほう、そうかよ、後輩。どうなるのか楽しみだな、それは……」


 新開の忠告に、先輩はうすら笑いを浮かべ1年生の廊下から遠ざかって行く。


「あの人には気を付けろ」


 新開が忠告するように俺の肩を触れる。

 小学校から親しくしている友は、心配して忠告してくれた。


「知ってるのか?」

「サッカー部でレギュラーだった人だ。何か色々女性関係でトラブってるって話を聞いた」

「ふーん……」


 俺にはその先輩よりも止めに入って直ぐにいなくなった陽の方が心配になっていた。

 やっぱりあいつ、なんかおかしい……



 ☆☆☆



 その日の夕食、陽は無言だった。

 申し訳なさそうにこっちを見ては項垂れ、箸もまったく進まない。


「……お腹でも壊したのか? サラダだけでも食べられないか? ドレッシングは自家製だぞ」

「ごめん、食欲が、なくて」


 あの旅行で何かあったか?

 学校で起きたことと何か関係が?


「……くそっ!」


 陽の元気がないと俺も夏希もなんだか不安になる。

 俺たちをつなげてくれたのは間違いなく陽なんだ。


「お兄ちゃん、学校でのことなんだけど……」


 陽は両手をぎゅっと握りしめて、申し訳なさそうに顔を上げた。


「ああ、何か聞きたいのか?」

「うん……先生たちはなんて?」

「互いの親を呼んでまた話し合うってさ。夏希がすっげえ頭に来ててさ。こういうとき、夏希って頼りになるよな?」

「……お父さんやお母さんも呼ばれるの……」

「心配することないぞ。別に俺たち悪いことしてないしな」


 陽の目には薄っすらと涙が溜まっていく。

 その雫はすぐにいっぱいになり、頬を伝い零れ落ちた。


「ど、どうしたんだよ?」

「ごめんね、お兄ちゃん……ごめんね」


 涙を拭い、泣きじゃくる陽の姿を見たのは、小さいころ虫歯を痛がって以来だった。

 その姿を目の当たりにすると、こっちも当てられて泣きそうになってしまう。


「う、うっ、うわーん!」


 心配になって近づくと俺に縋り付き、大泣きに変わった。

 なんでここまで陽が、妹が泣くことになってしまったのかはわからない。

 俺は落ち着くまで、陽を安心させるように抱きしめていた。


 もし、陽にこんなに涙を流させた原因があるなら、そんなことをさせた相手がいるのなら――

 報復でもなんでもやってやろうという気持ちで、両の手を力いっぱい握りしめた。

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