第6話 真紅の稲妻

 フレデリクは本当に可哀想な男だ。

 非業の死を遂げて、ようやく真実が明かされるんだからな。

 残虐非道で欲望のままに生きて、獣のように死んだだと?

 そんなの全部、嘘じゃないか!


 フレデリクの罪とされたものが捏造されたものだと分かるのは死んでからのことだ。

 ひょっとしたら、フレデリク自身もただ死に場所を求めて、暴れていたんだろうか?

 愛するセレナ姫を失ってからの行動はそれほどに常軌を逸していた。

 心が壊れてしまったってやつなんだろう、あれは……。


「待たれよ! そこの黒の将、いざ尋常に勝負を受けよ」


 おっと、いけない。

 ちょっと考え事をしていたら、本日のメインイベントの人が来ちゃったよ……。


 いやあ、さすが後に天下の名将となる男は立派だね。

 身体が大きすぎて、お馬さんが可哀想に思えてくるよ。

 俺もかなり、大きいと思うんだが体格からしたら、あちらの方が上かもしれないな。


 まあ、体格だけで勝負が決まる訳じゃない!

 あいつら主人公一味は純粋な戦士だ。

 無意識で身体強化するようなスキルを発動させている可能性もありそうか。

 ただ、フレデリクはそれとは一線を画する能力を有している。

 単なる脳筋の戦士に非ず!

 フレデリクは魔法騎士なのだ。

 これは大きなアドバンテージとなるだろう。


「勝負を挑まれたのに逃げるなんて、男が廃るからね。受けて立たせてもらうさ」


 距離はだいたい三十メートルくらいか。

 相対して、俺は十字槍クロススピアをユーリウスは斧槍ハルバードをそれぞれ構えると呼吸を合わせ、同時に馬を駆けさせる。

 火花が飛び散り、凄まじく耳障りな甲高い金属音を発し、お互いの得物が激しくぶつかった。


 俺も手加減は一切、していない。

 何しろ、相手は主人公御一行だ。

 下手に加減なんてしたら、こちらが危うい。

 俺が十字槍クロススピアを振り払うように力いっぱい、横薙ぎに振れば、ユーリウスは器用に斧槍ハルバードの穂先でそれを受け流す。


 その勢いを生かし、ユーリウスが斧槍ハルバードの穂先でそのまま、俺の首元を狙ってくるのを俺は十字槍クロススピアの柄を当てることで弾き返して、防ぐ。

 どちらも一歩も引かず、渾身の力を込めた一撃を互いに放ちながら、何度もぶつかりあった。

 戦場にいる者達は俺達の一騎討ちに見惚れるかのようにいつしか、戦うことを忘れているようだ。

 動いているのは俺とユーリウスの二人だけ。


 しかし、まずいな。

 チェンヴァレンくん、もう少し、まともな武器を用意出来なかったのかね。

 何度も打ち合ったせいか、十字槍クロススピアの穂先が欠けてきてるんだが……。

 これはもう持たないだろうな。

 そんな俺の心の微かな迷いを感じ取ったんだろうか?


「兄者! 助太刀するぜ!!」


 君は空気が読める子だな。

 嫌いじゃないよ?

 俺の狙い通りの行動をしてくれるんだからな。

 右手に構えたフランベルジュを扇風機のようにグルングルンと振り回しながら、こちらへ向かって、騎馬で駆けてこようとするのは三兄弟の末弟フェリックだ。

 意外なのは長兄で主人公様のベーオウルフが一緒に来ないところか?


 それにしても一騎討ちなのに助太刀をして、いいのかよ!

 日本だと一騎討ちの作法みたいなのがなかったか?

 勝てばいいのか? さすが騎士道、汚いな。


(ヴェル、今だ!)


 俺とユーリウスが再び、獲物を激しく打ち合い始めたのとほぼ同時だった。

 空から、紅い閃光。

 いや紅い稲妻が大地を抉ったとでも言うべきだろうか?

 神聖な一騎討ちを汚そうとした不遜な輩への天罰とでも思ってもらえば、いいだろう。


 一騎討ちに横槍を入れようと騎馬で近付いきたフェリックが紅い稲妻の痛烈な一撃を喰らって、無様に大地に投げ出されていた。

 その得物を手にしていた右腕が何かに毒されたかのように紫色に変色している。


「ぐわあああ、俺の……俺の腕……」


(どうです? 我が主マイ・ロード)

(見事な手際の良さだよ。さすがだね)


 主人公様はこういう手に出てくるだろうと予想していた。

 ゲームで同じような展開があるからだ。

 ユーリウス相手に一進一退の戦いを繰り広げていたところに横槍を入れられ、戦場を離脱する。

 本来はここで起こるイベントじゃないんだが、予防線を張っておいて正解だったな。


 だから、相棒の飛竜ヴェルミリオンを認識されない遥か上空に待機させておいたのだ。

 ただ、それはあいつらを殺す為じゃない。

 ベーオウルフは本当に仁義に厚く、友情を重んじる男なのか?

 気になったから、それを試したかったのだ。

 ベーオウルフではなく、『フェリックの右腕を狙え』ってね。


「フェリック!?」


 大地に投げ出され、重傷を負ったと思われる弟の姿にユーリウスが動揺しているようだ。


 そりゃ、そうだろうな。

 さっきのヴェルの動きはあまりに速すぎて、来ることが分かっている俺ですら、微かな残像しか見えなかった。


 うちの相棒の仕事は完璧すぎだろ。

 フェリックを襲撃するだけして、あっという間に上空へと離脱したもんだから、完全犯罪というやつだ。

 ぱっと見、本当に天罰で紅い稲妻が落ちただけにしか、見えないだろう。


「ふむ、この戦い、貴公の弟に免じて、貴公に譲ろう。また、会おう」


 『ふははは!』とはさすがに言えないが俺もかなりの役者だ。

 自分で筋書きを書いておいて、どの口が言っているんだと自分でも思う。


 だが、相手は主人公様だ。

 これでも足りないかもしれない。

 その証拠に俺の手にある十字槍クロススピアは先程の打ち合いで完全に穂先がいかれてしまった。


 これでは単なる棒だよ、棒。

 棒でもフレデリクが使うと地割れが発生しそうだから、怖いんだがな。

 ともかく、俺はかっこつけた物言いでそれらしく見せて、その場を去るとここまで付いてきてくれた優秀な手勢をまとめ、ことにした。

 計 画 通 りってやつだ!

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