第33話 人として獣を討つ

 ビュッという風切り音とともに幾本もの矢がベーオウルフ目掛け、襲い掛かっていくが身体に突き刺さりはしない。

 全ての矢が彼の身体に触れた瞬間、消し炭となって消えていくのだ。


「シュテルンさんの援護射撃も効果なしだね……」


 一目で分かるほどに顔色の良くないエレミアだが、体調が悪化したからという訳ではない。

 ベーオウルフが放つ膨大な負のオーラにあてられたことにより、身体が持ちこたえられず、変調を来しているのだ。

 ある意味、体調の悪化よりも遥かに危険な状態と言える。


「斧の若いの。俺とおめーで化け物の攻撃を食い止めるぞ。槍の若いの。おめーが攻撃してくれ」


 この場において、もっとも経験を積んでいるブロームは気圧けおされ、動きを取れずにいる若者たちを叱咤しながらも的確な指示を飛ばしていく。


「は、はい。分かりました」


 コンラッドが大斧を両手で中段に構え、皆の前面を守るような位置に陣取るとブロームはその斜め右前方に陣取り、槍を上段の位置に構えた。

 その視線の先では化け物と化したベーオウルフが周囲の者を敵味方関係なく、その爪で貫き、命を奪っていた。


「このままでは全てが終わる。だが、私は……」


 白い甲冑に身を包み、気高き心を持つ若き戦士は未だ、霧の中を彷徨うかのように暴れまわるベーオウルフを見ても動くことすら、出来ない。

 薄っすらと血が滲むほど唇を噛み締めるヴァシリーの表情はどこまでも暗く、重い。


「これ以上、逃げる訳にはいかない。ならば!」


 ヴァシリーが懐から、白い鱗を取り出し、それを天に掲げようと腕を上げたところで何者かの力強い腕によって、止められるのだった。




 ヴェルにコルベール卿とお嬢ちゃんをシモンの元へ送り届けるよう言付けた俺は青く広がる空に身を投げ出した。

 そのまま、落ちるのに身を任せ、邪悪な黒い気を放ち続けるモノへと近付いていく。

 その時、気が付いた。

 白く清らかで温かい光だ。

 だが、その光はまだ、力が弱い。

 黒い気に立ち向かうには足りないだろう。


「間に合ったか。君の力は人を守る為に使うべきだ。君は下がれ」


 俺は白い竜の鱗を手にした少年の手を制し、静かにかぶりを振る。

 少年が迷いながらも退くのを見届け、俺は肩に担いでいた得物――ブリュントロルを両手で構え直した。


「これは俺の戦いだ」


 こちらを射竦めるように睨みつけてくる獣と化した英雄に冷めた視線を送る。

 皮肉なものだ。

 獣として殺されたフレデリクが人として。

 獣として殺した英雄ベーオウルフが獣として。

 全く、逆の立場で相対することになるとはね。


 ブリュントロルの胴金部分に巻かれたリボンが放つ明るく、きれいな光彩に人であることの想いを強める。

 リボンにはエメラルドの色の見事な刺繍が施されていた。

 そう。

 このリボンはセレナ姫が出征前に渡してくれたものだ。


 『私にはこれくらいのことしか、出来ませんから』と言いながら、姫が自ら、巻いてくれたのだ。

 彼女の想いが込められた俺にとって、命よりも大事な物と言ってもいい。


 これを見ていると自然と心が落ち着いてくる。

 人でいられる気がしてくるのだ。

 セレナ姫の澄んだきれいな瞳を思い出させてくれるリボンがある限り、俺は戦える。

 人として戦えるのだ。


「ベーオウルフ! これがお前の望んだ結果か! お前が選んだ未来がそれなのか!」


 風を切り裂きながら、俺の胴を抉ろうと迫ってきた長大な尾を軽く跳躍し、避けるとその尾を踏み台に思い切り、踏みつける。

 大きく、宙を舞うように跳躍した俺はベーオウルフの左肩に目掛け、ブリュントロルを最上段の構えから、袈裟懸けに斬りつけた。


 単に斬撃として斬りつけたのではない。

 風の属性を纏わせ、刀身の周りに鎌鼬かまいたちを発生させながら、全力で叩きつけるようにして、斬りつけたのだ。


「うがああああ」


 ベーオウルフの左腕を切り落とし、その勢いに任せ、地に足が着くと同時に右足を逆袈裟懸けに斬り上げた。

 膝から下を失ったベーオウルフは大きく体勢を崩し、失った腕と足から大量の黒い血を噴き出しながら、轟音とともに大地に倒れ伏す。


「なあ、ベーオウルフ。痛いか? 痛いよなぁ。お前さ、自分だけが特別だって思っていたのか? お前だけが主人公だって、思っていたのか?」

「何を……ほざきやがる。この俺が! 俺が! 俺こそが主人公だ!!」


 ベーオウルフの欠損した腕と足が生えてきやがった。

 さすがは帝国の血と竜の血のなせる業ってやつか。

 いんちきすぎる能力だな。


「その考えがお前を亡ぼすんだよ、ベーオウルフ! お前が殺めた人達もまた、主人公だったとなぜ、分からない!」


 俺は右手に構え直したブリュントロルを勢いよく、ヤツのどてっ腹に突き刺すとその内臓を抉るように奥へと突き通した。

 ブリュントロルはその銘に刻まれた通り、貫き通す力を持っている。

 いくら再生する能力を持っていようが痛みは尋常ではないはずだ。


「ぐあああああ」

「痛みを分かれ、ベーオウルフ! そして、お前自身を取り戻せ!!」


 ブリュントロルをヤツの身体から抜くと大量の黒い血が吹き上がり、大地を穢していく。

 さて、問題は俺の身体がヤツを倒しきるまで持つかってことかな?

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