第34話 決着の時、英雄死す

 身体が持ちそうにないなら、一気に片を付けるしか方法がないか。


 全身の筋肉が既に悲鳴を上げ始めている。

 口の中を占める鉄の味は内臓も損傷し始めたと考えた方がよさそうだ。

 だが、ここでベーオウルフを止めなければ、こいつはまだ、同じ過ちを繰り返すに違いない。

 ならば!


「俺がここでお前を討つ」


 心の中でざわつく思いを落ち着かせる。

 身体を縛っている鎖が解かれていくイメージを思い浮かべるのだ。

 リミッターを外すとでも言えば、いいんだろうか?

 人間には肉体の限界を避ける為のリミッターがある。

 もし、それを無視した場合、筋肉や骨に負荷がかかり、自壊するのだ。

 俺の……フレデリクの体にもリミッターが掛かっている。

 だが、人間のそれとは少々、趣が異なるものだ。

 肉体の限界を超えるのではなく、人ではなくなる。

 その感覚の方が近いのだ。


 全身の血が沸騰していくような奇妙な感覚を覚え、両目が燃えるように熱い。

 ブリュントロルを握る右手の甲を白く硬質な物が覆っていく。

 鱗だ。

 俺は思い出した。

 フレデリクは

 白く美しく、気高いき竜の女王から、生まれた雄々しき竜の子だったんだ……。


「ベーオウルフ。お前が忘れようとしている人としての想いと心を思い出せ」


 ベーオウルフが怯えるようにその身をよじり、逃げようとするがそれを許す訳にはいかない。

 体内を駆け巡る膨大な魔力をブリュントロルを握っている右腕に集め、一気に解き放つ。


「さらばだ、英雄よ! 永遠に眠れ!!」


 必殺技だったら、エターナルフォースブリザードとでも叫んだ方がいいんだろうか?

 いや、そういう訳でもないか。


 これは自爆に近いからな。

 俺の命を懸けて、全ての力を撃つだけだ。

 ブリュントロルに集まった膨大な力の結晶がベーオウルフに向かって、解き放たれた。

 放射状に広がった光の白刃が黒く澱んだ出来損ないのドラゴンを捉え、光の奔流と化していく。

 強烈な白き光が辺り一帯を照らし、居合わせた者達が眩い光を避けるように目を閉じた。

 光が収まっていき、彼らはようやく目前のものを視界に捉えられた時には全てが終わっていた。




 どす黒く濁った色をした怪物は漂白でもされたように真っ白な姿を晒していた。

 風が吹くとその身体はサラサラと流れ始め、十秒もしないうちに邪なる獣の姿は完全に崩れ去り、消えていった。


 しかし、獣を消し去った勇気ある者もまた、無事では済まなかった。

 フレデリクはブリュントロルを構えた姿のまま、どうと音を立て大地に倒れ伏した。

 仰向けに天を仰ぐように伏したまま、指先一つ動くことはない。

 まるで命の灯が消えてしまったかのように。




 終わったな。

 清々しい気分だ。

 訳も分からず、目覚めたら、自分が知らない世界に放り込まれていた。

 戦い続ける日々だ。

 戦いなんてない平和な世界で生きてきた俺が不思議だ。


 元から、俺はフレデリクだったような気がしてくるのは何でだろうな。

 俺は一体、誰なんだ?

 まあ、いいか。

 考えるのはやめだ、俺は出来ることをやった。

 姫の運命を変えた。

 ユウカの運命を変えた。

 ベーオウルフの暴走も止めたんだ。

 もう考えるのはよそう。

 姫ともう一度会いたかったなんて、女々しい心残りは置いていこう。

 これで本当に終わりだ。

 さよな……


『諦めないでください。あなたを待っている人がいるのを忘れないでください』


 でも、もう疲れたんだ。

 俺は力を出し切った。

 もう動かないんだ。


『帰ってきてください。私も待っています』


 待っている?

 俺を……誰だ?

 この声を俺は良く知っている。

 彼女が俺を……待っている?


『フリットさま……』


 強く白い光を感じ、温かさに包まれながら、俺の意識は闇の底へと沈んでいった。

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