第25話 北東の争乱に鬼神迷う

 俺はクシカ夫妻の西辺境伯就任の約束を取り付けることに成功した。

 取って返す刀でクシカ先輩とともに手勢と合流。

 ようやく、ヴェステンエッケに帰還した。


 ここからは武官である俺や先輩に出番はないといって、いいだろう。

 オルロープ卿やキアフレード先生が取り仕切って、都を再び、東へと戻す詔を発布する手はずになっている。

 オステン・ヘルツシュテレへうつると決まり、先輩が西の辺境伯に叙任され、家族を伴って、赴任した。


 知らなかったんだが、先輩の姓はクシカ・ティボー。

 あの人、婿養子だったのか。


 また、俺も養父おやじ殿と正式な養子縁組を交わし、フレデリク・フォン・リンブルクから、フレデリク・フォン・デルベルクになった。

 それと同時に養父おやじ殿は隠居を申し出て、俺が北の辺境伯を継ぐことになった。

 これで帝国の西はクシカ先輩、北西はモドレドゥス皇子、北東は俺。

 辺境の守りが新勢力で固められたことになる。

 ただ、西は小国がせめぎ合っている状態だし、北西には強かな軍閥が牙を研いでいる。


 俺の目が届く範囲で不穏なのは、エリアス公爵家とコベール伯爵家が領地を巡って、係争中なところか。

 歴史の古い名門貴族で貴族主義の権化のようなシモン・エリアス。

 その有能さで貴族にのし上がった新興貴族にして、獣人のサロモン・コベール。


 二人は元々、反りの合わない犬猿の仲として、知られていた。

 まさか、ここまで関係が悪化するとは誰も考えていなかったんじゃないか?

 始まりはささいな切っ掛けに過ぎなかったと聞いている。


 コベールのところの領民が重税から逃れようと隣接していたエリアス家の飛び地領に入ってしまった。

 当然のようにエリアス家の代官はコベール領の民を拘束したのだが、民があってこそ、国ありと考えるような善良な人物だったことが両家に禍根を残すことになるとは思わなかっただろう。

 代官は取り調べを行い、民に同情した。

 このことは主君であるシモン・エリアスの名において、責任を持って抗議しよう。

 だから、故郷に帰るようにと促し、民もそれに従った。

 それだけ、その代官の人となりが優れていたということもあるだろうし、シモンという男も貴族主義ではあるものの領主としては有能で愛情深い人間だから、信用したんだろう。


 その結果、どうなったのかと言うと故郷に戻った民は全員、殺された。

 逃亡した罪により、全員、酷い拷問を受け、晒し首にされたのだ。

 今後、同様のことが起きないように見せしめとしてなんだろうが、あまりに酷過ぎる。

 これには代官からの報告を受けたシモンがコベールに税を軽くし、民を安んじるべきと断じた意趣返しの意味もあったんだろうと俺は考えている。

 しかし、これだけなら、税に苦しんだ寒村が横暴な代官に殺された酷い話として、すぐに忘れられていたかもしれない。

 事態はもっと深刻で取り返しのつかない悲劇へと進んでいく。


「我が民を扇動し、殺したエリアス。断じて許すまじ」


 何を逆恨みしたのか、それ以外の思惑があるのだか。

 コベールはこの檄文とともに民が逃げ込んだ善良な代官の町に五千もの兵を送り込んだのだ。

 白蛇将軍のところの騎兵隊の勇猛さは良く知られている。

 それと同時にその残虐さもだ。

 町は半時も待たずに血の海に沈み、善良な代官はその首を晒された。

 ここに至って、決断力に乏しく、なシモンも開戦止む無しと決断したようだ。


「どう思います、これ?」

「ふむ」


 キアフレード先生に今回、北東で起きている事変について、類稀な軍師としての才から見た意見が欲しくて、簡単に説明したのだがえらく難しい顔で唸っている。

 そんなにやばいことだったのか?


「こりゃ、お前。誰かが一枚、噛んでやがるな」

「単なるエリアスとコベールの不仲だけが原因ではないと先生は仰るんですか?」


 それだけではなかったのか。

 誰かということは何かを企んでいる輩がいて、そいつの思惑通りに物事が動いているってことなのか?


「お前が想像していることは間違ってはないぞ。誰かの思惑が働いていることは確かだ。簡単だろう? シモンのことが嫌いでコベールも嫌い。どっちも死ねばいいと思っているやつがいるじゃないか」


 そう言って、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべる先生の姿は様になっている。

 見た目は少年なんだが妙な風格と色気があるんだよな。

 いや、俺はノーマルなんで別に先生にそういうことを感じている訳じゃないんだ。


「もしや、ジャスティンの野郎ですか」

「悪くない答えだぞ、馬鹿弟子。半分正解で半分不正解だ。ジャスティンが唆したのは間違いない。だが、あいつだけではない。あいつのやり方は直接的なのを好まないからな。粘着、執拗、陰険なあいつだったら、もっと時間をかけて、進めているだろうよ。このやり口は酷薄に過ぎるな。俺にも分からんやつだ」

「もう一人の思惑ってやつですか。そいつを除けば……」

「こうなった以上、簡単に事は収まるまいて。元凶となった輩を見つけだして、糾弾したところで一度、付いた火はもはや消えねえ炎になっちまったからな。馬鹿弟子よ。お前はお前の信じる道を進めばいいさ。難しく考えることはあるまいよ」


 俺はどうすれば、いいんだ?

 先生は信じる道を進めと道を照らしてくれたがそれでも迷いという霧が晴れた訳ではない。

 悩んでいても埒が明かないし、こんな時はそうだ。

 姫に会おう。




 オルロープ卿はあれ以来、すっかり俺のことを信用してくれた。

 突然の前触れなしのいささか失礼な形にあたる訪問であっても、すんなりと受け入れてくれるのだ。


 中庭にはいつものように茶会のセッティングがされており、美しい花々が咲き乱れているのは以前と変わってないのだが雰囲気が違う。

 何というのだろうか。

 俺に対して、使用人たちの態度が好意的な気がする。


「あ、あのフレデリク様は本日、どうされたのでひゅきゃ?」


 また、語尾で噛んであわあわする姫の様子を見ているだけでも癒されるなぁ。

 うさぎとか小動物を飼っているとこんな感じなんだろうか?


「セレナ姫は本当にかわいい御方ですね」

「ふぁ!? わ、私がかわいい……」


 正直な気持ちを吐露しただけで頭から湯気が出ちゃいそうなくらいに顔が真っ赤になるんだ。

 これがかわいくなかったら、何がかわいいって言うんだ。

 しかし、今日は姫をただ、愛でに来たんじゃない。


「俺は暫くの間、姫にお会いすることが出来ないのでそれをお伝えしたく、参った次第なんです」

「ふぇ? え? しょ、しょれは私が……駄目だからですか?」

「いいえ、姫。それは違いますよ。セレナ姫とこうして、同じ時間を過ごせるだけで俺は幸せです。実はですね。俺は迷っているんですよ」


 こんなことを言われても姫は困るだけだよな。

 キョトンとした表情で小首を傾げる姿がかわいいから、いいんだが……。


「お互いに自分が正しいと思っているイタチと毒蛇が喧嘩をしていましてね。どちらもが相手が先に喧嘩を売ったと言い張って、振り上げた拳を下ろさないんです。心がお優しいセレナ姫はどうすればいいと思いますか?」


 姫は小首を傾げたまま、何かを思案して、眉間に皺を寄せているがその姿すら、かわいいからなぁ。

 考えていたことがまとまったのか、セレナ姫は俺の瞳を真っ直ぐに見つめながら、言った。


「私、喧嘩はいけないと思いますの。ですから、もう喧嘩をしないようにお二方とも懲らしめれば、いいのではありませんか?」


 あれ? 姫よ……あなた、もしかして、その顔で脳筋思考だったのか。

 いや、でもその考えにも一理あるか。

 どちらも上げた手が下ろせないなら、二度と喧嘩が出来ないように牙を抜いてしまえばいいのだ。


「セレナ姫。あなたはやっぱり、俺の女神さまだ。迷いが晴れましたよ」


 思わず、姫の手を握って、感謝の気持ちを述べると姫は『ひゃっ』とかわいらしい悲鳴を上げて……気絶したようだ、やれやれ。

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