第5話 英雄と雑兵の超えられない壁
「ははっ!?」
俺が矢を放った瞬間、信じられないことが起きてしまった。
ありのままに今、起こったことを考えよう。
何の変哲もない普通の矢を既製品である普通の弓につがえて、撃っただけだ。
そうしたら、矢ではなくてミサイルだったんだよ!
何を言っているか、分からないと思うが俺も良く分からない。
それくらいに衝撃的な光景が目の前に広がっている。
まず、矢が風を切って飛んでいく音がビューとか、ピューじゃない。
おかしいだろう。
ゴオオオだぞ! ゴオオオ!
それも地面を抉りながら、地割れでも起こしているんじゃないかという勢いだ。
大地の表面を剥がしながら、標的に向かって一直線に飛んでいった。
対地ミサイルだろ、これ。
矢の通過先に運悪く、居合わせてしまった兵士さん達には『すまん』と謝るくらいしか、出来ない。
なぜかって?
矢がちょっと近くを飛んでいっただけで名も無き兵士さんたちが『ミンチよりひでえや』の状態になっているんだ。
心の中で謝るしか、ないよなぁ。
標的のシルヴァーノはどうなったか、気になるところだろう。
ゲームでのフレデリクはウェポンマスターのスキル持ちだ。
どんな武器でも簡単に使いこなす能力があるんだが、その中でも弓は得意中の得意ではあった。
だが、実際に目にするとこれは違うとしか思えない。
化け物にも程がある……規格外だろう。
ゲームだとスキルの効果で納得するところだが、これが天才ということか?
あぁ、つまり、当たってはいるんだ。
見事にシルヴァーノの頭に命中はしているんだ……。
ただ、頭どころか、上半身すら残っていないんだ……。
教えてくれ、一体どうなってんだよ。
下半身というか、腰から下の部分は辛うじて原型を留めている。
留めているだけ、なんだよなぁ。
あとの部分はミンチになってしまったんだろうか?
威力を加減する必要性があるらしい。
少々、面倒だな。
随行者たる味方の兵士さん達はともに騎馬で敵陣を駆け抜けながら、そんな弓の破壊力を間近で見たことでさらに重症の狂信者になっていく訳だよ。
しかし、ここで動揺している場合ではない。
次だ!
次のターゲットをブレイクして、ユウカのフラグを完全に圧し折っておこうではないか。
確か、次の相手はフィランデル・カンタウンのとこの(自称)豪傑ホアキン・ハッソだったな。
「このまま、敵陣を切り裂き、後陣右翼を攻撃する。者ども、我に続け! 勝利は我が手にあり!」
少し、フェイクを交えつつも士気を上げられそうな単語を適当に羅列してみた。
さすがは狂信者だ。
『うおおおお!』と雄叫びを上げて、俺に付いてきてくれる。
これも信じられないことだが、たった五百の兵なのに雲霞の如き大軍相手にまだ、一兵も失っていないのだ。
軍神恐るべしってことか。
俺達の部隊が突っ込んでいくと罠という訳でもないのにさぁーと潮でも引いていくみたいに敵さんが逃げて、道を開けてくれるのだ。
それでいいのか、君達!
せめて、給料分くらいは働けと言いたいが死にたくないよな、そりゃ。
でもって、いましたよ、ホアキンくん。
大きな斧を担いでいるから、目立ちすぎだよ、君。
すぐに分かってしまった。
俺はさらに馬を加速させ、単独でホアキンに近付いていく。
「さぞや名の知れた豪傑であろう? いざ、一騎討ちを所望せん!」
さすがに弓を使うと他への被害が甚大すぎると学習した。
クロススピアを構えながら、これなら大丈夫だろうとは思うんだが……。
黒毛の馬に跨り、牛を思わせる二本の角が付いた強そうに見える兜をかぶり、両手持ちの大きな斧を手にしたホアキン。
見た目は強そうだ。
さて、挑発することにしようか。
たいてい、こういう(自称)豪傑は脳筋だからな。
俺がフレデリクと知っていても向かってきそうな奴が黒いバケツをかぶった得体の知れないのに馬鹿にされたら、どうするだろうか?
まず、乗ってくるだろうね。
相場でそう決まっている。
「おのれ、ふざけた格好をした奴め! 貴様如き、一撃にて葬らん!!」
はい、かかった。
入れ食いだな。
チェンヴァレンくんはこうなることを予想して、この兜と甲冑を用意したんだろうか?
そんな訳ないか。
あれは何も考えてないで慌てて、見繕った感じだった。
素直で聞き分けのいいところだけが取り柄のチェンヴァレンくんだからな。
「その言葉、そっくり貴公にお返ししよう!」
お互い、全速力で馬を駆けさせ、相手目掛け、その得物を振るった……よな?
あれ、おかしいな。
俺は軽く、クロススピアを横薙ぎで振っただけなんだが……。
駆け抜けて、振り返るとそこには上半身を失った主を乗せたまま、呆然と立ち尽くす黒いお馬さんの姿がある。
大斧? どうやら、俺のクロススピアを受けた瞬間に砕け散ったみたいだな。
このクロススピア、名物でも何でもないんだけどな。
何、これ、補正怖い。
勢いよく血を噴出したままのホアキンの遺体に軽く、合掌。
冥福を祈ると次の獲物……もとい、標的を目指し、狂信者たちと敵陣を切り裂いて回る。
この戦い最大の盛り上がりを見せる一大イベントが起きる。
ユウカを守るのに絶対に乗り切らなくてはならないイベントだ。
(ヴェル、準備はいいか?)
(
種は蒔いておいた。
うまくいくかどうかは分からないがね。
何しろ、あいつらは主人公様だからなぁ。
補正とやらがどれだけ、理不尽なものかってのは自分でも理解出来た。
英雄はいかに化け物かってことだな。
こんな奴らを相手に雑兵がいくら、束になってかかろうが無理ゲーだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます