第8話 フレデリク動く

 夜の帳が下り、辺りを闇が包むと俺達の隠形はさらに完璧なものとなっている。


 身を潜めるのに最適な場所を見つけられたのも幸いだった。

 何より、弓兵がエルフのみというのが大きい。

 しかし、その何だ。


 何で女の子しか、いないんだよ、この弓兵隊!

 ユウカに腕に覚えがあって、信頼が出来る者を集めてもらったはずなんだが……。

 しかもかわいい子が多くないか?

 解せぬ。

 妹にハニートラップを仕掛けられたのか?

 そんなことしなくても俺はセレナ姫を推す。

 その一択しかない!

 セレナ姫しか勝たん!

 余所見などしないものを。

 ユウカは変なところが心配性なんだよね。


「なあ、チェンヴァレンくん。君はどう思う?」

「はい? 閣下の会話は何かがいつも抜けてる気がするんですが!」

「そこは君、一を知って十を知るくらいでないと一流にはなれんよ? 短気は損気だ、常に冷静たれ」

「うぐぅ。は、はい、分かりました」

「結構! 全員、矢をつがえ。狙うは……」


 俺は眼下で行われている激しい戦い……いや、戦いになっていないか。

 圧倒的多数を占める強者による弱者の嬲り殺しというやつだ。

 だが、俺が知っているゲームではこのまま、放っておいても彼女は死なない。


 この戦いで自らの短慮さを悟った彼女はさらに成長を遂げていく。

 やがてはこの乱世を飲み込む一代の英傑となるのだが……。

 俺には俺の思惑があるのだ。


 介入させてもらうとしよう。

 それに俺が余計なことしたせいで歴史が変わった可能性もある。

 もしかしたら、死なないはずの彼女が死ぬという展開もあるのではないか?

 俺は味方のはずのド・プロット軍を指し示すと『放て』の掛け声とともに右手を振り下ろし、迷いを振り切った。


 俺にも多少の迷いはある。

 同僚を殺さなくてはいけないからだ。

 特に親しく付き合ってもいない間柄だから、躊躇っているんじゃない。

 殺す理由が自分達が生き残る為だなんて、己のことしか、考えていないみたいなのだ。

 それがどうしようもなく嫌になってくる。


 だが、冷静に考えてみるとド・プロットの率いる西方軍は気が荒いというとまだ、聞こえはいい。

 要は統制が取れていない愚連隊の集まりに過ぎない。

 『ひゃっはー、金を奪え! 女は犯せ!』を軍隊レベルでやっている連中だからな。


 殺しても咎められるどころか、感謝されるんじゃないか?

 ただ、俺が殺さなくてはならない標的であるエイジ・ジオーネは良くも悪くも影の薄い武人だ。

 個性が強すぎる面々が揃っているド・プロット軍の中では全く、目立っていない。

 能力も可もなく、不可もなく。

 二流でもないが一流にも届かないくらいの中途半端な能力値と無難なスキル持ちのいわゆるモブ武将に相当するんだろう。

 顔グラも使いまわしだし、声なんて充てられてもいない扱いの酷さで分かる。


 逆に言うとジオーネは目立たないだけに非道なこともしていないんだろうな。

 非道なことをしている連中なら、容赦なく殺せるんだが……。




 すまん、ユウカ。

 ハニートラップなんて、疑った馬鹿な兄貴を許してくれ。

 あの弓兵隊は非常に優秀なんて代物ではなかった。

 いくら伏兵で伏せた状態からの奇襲とはいえ、ざっと見て数十倍の敵勢を見る間に減らした。


 見事なヘッドショットによるワンショットキルだ。

 こんな優秀な弓兵がいるのに冷遇していたとはね。

 ド・プロットは駄目なんだろう。

 冷遇している理由がエルフは亜人だからって。

 それは単なる偏見と差別なだけじゃないか。


 俺も弓を使って、戦ったが加減が難しいのとあまり、派手にやってしまうと俺の仕業とすぐにバレてしまうのがネックだ。

 仕方がないので威力を下げる為、一気に三本つがえて、連射してみた。

 これが丁度いい感じに減退されるらしい。

 人体が爆散しないで普通に射殺せるぞ。


 三連射とはこういうものか!

 意外と面白くなってきて、気付いたら、思わぬ数を虐殺していたようだ。

 FPSゲームをやっている要領でつい楽しくなってきたのはまずいと言わざるを得ない。

 命のやり取りをしているのにこの感覚はどうにもいけない。

 慣れちゃいけないものだよなぁ。

 結局、ものの三十分もしないうちに決着がついてしまった。


 だが、エイジ・ジオーネを殺すのが目的じゃない。

 だから、実はエイジは昏倒させるだけに留めて、殺していなかったりする。

 妙に気が咎めるというか、何というか。

 結局、殺すのを躊躇ってしまったんだよな。


 命を助けたからって、エイジが仲間になるかは分からない。

 しかし、殺して後悔するよりはましだろうと思うことにした。

 唯一、良かったことといえば、後に敵になるクカリをれたことだな。

 あいつは西方軍の中でもトップオブクズの鬼畜だから、今、殺しておいた方が世の為、人の為に違いない。


 さて、本来の目的を果たすとしようか。

 あくまで恩を売りつつ、自らを高く売り込むプレゼンというやつだ。


「さあて、ここからが本番だよ、チェンヴァレンくん。君達はここで待機しといてくれ。あちらさんを警戒させるのは本意ではないからね。俺一人で行ってくる」

「はっ、閣下! 


 チェンヴァレンくん、やればできる子か?

 分かっているみたいで安心した。


 俺は遠目でもはっきり分かる美貌の皇女を改めて、その目で確認した。

 不利な状況でも決して怯まない意志の強さが宿った瞳。

 やっぱり、こういう人に命を預けないと運命は変えられんよな。

 俺は覚悟を決め、慣れ親しんだ得物を手に命を懸けた危険な賭けへと歩みを進めるのだった。

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