閑話 青の将軍

 わたし、白鳥 愛美子しらとり えみこの人生はこれといって、語ることがないとても平凡なものでした。


 名前のせいか、お嬢様と勘違いされることがあるのですが、これまた特徴のないいわゆる中流家庭だったのです。

 サラリーマンの父、専業主婦の母、大学生の弟。

 月並みの言葉ですが普通のお家で普通に生まれ、何の疑問も持たずに大きくなったのです。


 そんなわたしが大学卒業後に選んだのはこれまた、普通のOL。

 特にやりたいことがあったり、目指している夢もなく、漠然と選んだ会社に入りました。

 仕事に生きているという訳でもなく、だからって、愛に生きている訳でもない。

 流されるままに生きているだけと言われてもしょうがないでしょう。


 そんなわたしにも生き甲斐はありました。

 とある趣味にはまっていたのです。

 いわゆる乙女ゲー。

 それはかなり深く、はまっていたのです。

 いわゆる、沼です。

 ファングッズなども買い漁りましたし、関連イベントにも必ず参加していました。

 今となってはいい思い出として、語れるものです。


 そして、ゲームにもはまってしまいました。

 最初はジャンルがシミュレーションRPGということもあり、とっつきにくそうだったから、手を出しませんでした。

 しかし、運命を変えたのは雑誌で見たイベントのスチル。

 わたしの心は見事に射抜かれたのです。

 気が付いたら、周回プレイをするほどにはまっていました。

 恋とは人を時に恐ろしい行動に走らせるものなのかもしれません。


 ゲームは程々にしないと駄目。

 今更、後悔しても遅いでしょう。

 何しろ、休日に寝食を忘れてゲームで遊んでいたら、死んでしまったようなんです。

 突然死でした。

 ……もしかしたら、エコノミー症候群だったのかも。


 そして、わたしが意識を取り戻した時、見慣れぬ世界にいることに気付きました。

 死んだはずなのに白鳥愛美子ではない全くの別人として、生きている。

 あぁ、これが今、話題の異世界に転生しちゃったって、やつなの?

 流行りのやつじゃない!

 一体、どこの誰に転生したんだろう。

 目に映る自分の両手が凄く小さいんだけど……。

 まさか、赤ん坊になってる!?


 愛美子としての前世の記憶を思い出しても案外、冷静なままでいられたのは異世界転生が流行っていたせいなのかもしれません。

 五歳になったわたしはどういう世界に生まれ変わって、誰であるのかということをようやく知ることが出来ました。


 今のわたしはエレミア・ジオーネ。

 青味がかった濡れ羽色の髪に晴れ渡った空のような瞳。

 青に愛されている女の子。

 そして、確信しました。

 この世界はわたしが生前にはまっていたあのシミュレーションRPGの世界だ!

 間違いありません。


 わたしの生まれた家はしがない小貴族だったのでちょっとがっかりです。

 これはモブの匂いがしてきました。

 残念です。

 ヒロインとまではいかなくてももう少し、扱いのいい令嬢でも良かったのにと神様を恨みたくなってきます。

 しかし、父が仕えている貴族の名を聞いたわたしはがっかりどころか、愕然としました。

 ダニエリック・ド・プロット。

 それはゲームの中で最悪の暴君として君臨した残虐非道な男の名じゃないですか。

 そんなやつに仕える家に生まれてしまったなんて、わたしは運がない!

 そう考えて、はたと気付いてしまったのです。


 わたしの生まれた家の家名はなんだっけ?

 ジオーネ……ジオーネ……あっ!

 も、もしかして、台詞に当てられた声優すらいないあのモブ武将!?

 登場したと思ったら、即殺されるだけのジオーネ?

 でも、わたしは女。

 女だから、大丈夫だよね?


 十五歳になって、自分がいかに甘かったのかを思い知らされました。

 女の子だから、平気じゃなかったんです。

 生まれた子が全員、娘だったんです。

 そのせいで長女のわたしは男装して、男として生きなきゃいけない。

 何、それ?

 そんなの聞いていないよ。


 でも、さらに絶望的になったのは男としてのわたしに与えられた名がエイジだったこと。

 それって、あの即退場のモブ武将じゃない!

 終わった! 詰んだってやつよ、これ。


 どう考えたって、ブラック企業のド・プロット軍に入らなきゃいけないし、死ぬのが分かっている戦場に行かなきゃいけないなんて、最悪です。

 何の罰ゲームなんだろう?

 罰ゲームよりも酷いよね。


 もう半ば、ヤケッパチになっていたわたし。

 ところが元々、真面目なだけが取り柄のつまらない子と呼ばれていた前世の性格がここにきて、色濃く出てしまったみたい。

 そんなに頑張った覚えもないのにあれよあれよという間にド・プロット軍の中で昇格していました。


 ただ、悲しいけど、モブ武将なんだよね。

 能力は良く見積もってもせいぜいBクラス。

 どう逆立ちしたって英雄に会ったら、瞬殺されちゃうミジンコだもん。

 悲観的になっていたわたしにとって、唯一の楽しみは前世でも好きで推していたフレデリク将軍を生で見られること。

 しかも間近で見れる!

 ある意味、役得。

 やばいくらいにイケメン、油断したら気絶しちゃうんじゃないかって思えてくる。


 容赦がない性格で癇に障ると仲間でも殺すなんて、陰口を叩かれているフレデリク様。

 だけど、本当は凄く、優しい純粋な人だってことを知っている。

 一回、エンディングを見ただけじゃ見られないイベントがあるのだ。

 周回プレイしないといけないんだけど、それで発生するレアなイベントでフレデリク様の隠された過去とか、秘密が明かされるんだよね。

 それがまた、泣けてくることに彼が死んだ後ってことだ。

 名誉は傷つけられたままってのが許せないよ。

 だから、わたしはフレデリク様のことが好きだ。

 恋愛感情の好きとかじゃなくって、推しキャラとしてってことだけどね。


 ド・プロットのところに従軍して、十年経っていた。

 わたしは二十五歳になり、何と将軍に昇格している。

 容姿と青い甲冑とマントを羽織っているせいだろうか。

 青の将軍なんて呼ばれているようだけど、恥ずかしいだけ。

 だから、やめて欲しいんだけど。

 知らないうちに寡黙で孤高の軍人と思われていて、草しか生えないんだけど。

 声出すと女ってバレるから、出来るだけ出さないようにしていただけなのに!


 将軍になって、嬉しいかって?

 嬉しくない。

 むしろ、死亡フラグが上がった気がして気が滅入ってくる。

 将軍になったということは一軍を率いなきゃいけない訳だよ?

 そうなるとゲームでジオーネが戦死した場面が頭をよぎるんだよね。


 はぁ、憂鬱になってくる。

 案の定、ゲーム通り、諸侯連合との戦いが始まった。

 これはやばいよね。

 運命の刻が近づいている。

 どうしよう?

 出陣の命令が来たら、拒否する……は駄目だよね。

 あのド・プロット相手にそんなことをしたら、首と胴が離れちゃうもん。

 だいたい、わたしが女とバレてもやばそうなんだから。

 モブの割にわたし、そこそこ、イケてたりするのだ。

 地味な喪女だった前世とは打って変わって、見た目だけなら美女。

 絶対、やばいでしょ。

 あの性獣に知られるのだけはまずい!


 じゃあ、出陣するしかないか……。

 もう逃げる手立てがないってこと!?

 終わった……。

 わたしの異世界での冒険は終わってしまうのだ……。


 シャイデンの砦が陥落したとの報を受け、わたしは同僚のクカリ将軍と一緒に出陣しなくてはいけなくなったのだ。

 わたしはこいつが嫌いでした。

 だって、男は殺せ! 女は犯せ! を地でやっている外道なんだから。

 それに何だろう?

 わたしを見てくる目が寒気を感じるというか、何だか薄気味が悪いものがある。

 クカリはどちらもイケるという噂があったような……。

 気を付けないといけない。

 死ぬ前に嫌な思いをするのは最悪だ。


 わたしとクカリは砦から撤退してきた兵と合流し、部隊を再編しました。

 敵の追撃に備え、兵を森に潜ませ、待つことにする。

 伏兵を忍ばせたままで終わってくれたら、ラッキーなんだけど。

 そうはいかないんだろう。

 ここまではゲームの物語通りに進んでいる。

 まるで強制的に補正されているみたいだ。


 ゲームでこの地で死ぬと知っているだけに少しでも時を遅らせたい。

 ただ、その一心なのに神様はどうやら、わたしのことが嫌いなようだ。

 追撃部隊を率いてきたのはよりによって、『氷の姫君』だった。


 あの主人公三兄弟がやって来たら、どう考えても死ぬ絵しか、浮かばない。

 じゃあ、『氷の姫君』ゾフィーア様なら平気?

 いや、無理だろう。

 普通に死ねるじゃない!

 能力的にはゲームの中でもトップオブトップだよ?

 モブとの間には越えられない壁っていうのがあるんだからね。


 えっと、わたし落ち着け。

 何をしたら、駄目なんだっけ?

 分かった! ゾフィーア様を弓で狙ったら、駄目なんじゃない?

 矢が当たる→ゾフィーア様が怪我する→おのれ! 生意気な下郎め→うわー、やめろー、だったはず。

 そうだった。

 怒らせるとゾフィーア様のとこの怖い人に一撃で突き殺されちゃうんだよ。

 分かりました!

 わたし、何もしません!!


 わたしは何もしてないよ?

 クカリのやつが頑張らなくていいのに勝手に頑張っている。

 ゾフィーア様の手勢が見る間に削られていっているのが遠目にも分かってしまう。

 彼女が無事に落ち延び、再起を誓うっていう物語をわたしは知っている。


 知っているのに本当に大丈夫なんだろうか?

 思っていた以上にやばい気がする。

 ふとそう考えていたわたしはその時、信じられない光景を目にすることになった。


 陣頭で指揮を執っていたクカリが額に矢を受け、落馬して動かなくなるのを皮切りにわたしの周囲の兵が次々と射殺されていったのだ。

 な、何が起こっているの?

 え? 何か、わたしが知っているのと違わない!?

 その時、頭に強い衝撃を受けたわたしは一瞬のうちに意識を刈り取られるのだった。

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