第27話 また、やってしまった

 なだらかな平原を舞台に北東の雄である二人の英傑が軍を敷き、対峙している。


 当主シモン自らが率いるエリアス家の八万の兵と当主サロモンが率いるコベール家の七万の兵だ。

 シモンはこの戦いに際し、自慢の勇将二人を招請し、左翼と右翼の騎兵隊を任せているようだ。

 ガブリエルソンとブローム。

 この二人の勇将は確かに剛勇の者だろう。

 ただ、クシカ先輩と同じで怪物を目の前にした場合、どうなのだろうか?


 コベールの麾下にはあのベーオウルフがいる。

 そうなるとユーリウスがいると見て、間違いないだろう。

 エマニエスの報告ではもう一人、注意すべき将がいるという話だった。

 そんなやつらを前にして、ガブリエルソンとブローム両名が実力を発揮出来るのか。

 その為に俺が来た訳なんだが……。


 俺の率いる一万の兵は無理を言って、中軍に入れさせてもらった。

 さらにそこから、遊撃隊として自由に動いてもいいという許可も貰っている。

 これだけ、融通を利かせてくれるシモンという男。

 やっぱり、侮れない。

 意外と出来るやつじゃないかと思い始めているんだが、判断を下すのが早すぎるだろうか。


「こちらからは手を出さないようにという約束も守ってくれているようだな」

「閣下。しかし、こうやって、どちらも動かないままでは埒が明きません」

「リーン、お兄ちゃんには考えがあるんだよ?」

「この戦、エリアス卿の側に正義ありと思われているのは二人とも知っているよな?」

「はい」

「うん」

「だから、こちらから手を出す訳にはいかないってことだよ。あくまで相手が手を出してきたので止むを得ず、反撃した。面倒だが、大義名分という建前がいるのさ。貴族というのは実に面倒らしくてね。ただ、コベール卿の側も一枚岩じゃない。大将のサロモン殿はこのまま、膠着して和睦を望んでいるんじゃないか。俺はそう睨んでいるんだが……」

「なるほど、さすが閣下です」


 ユウカは何も言わず、胸の前で両手を合わせて、頬を赤らめながら、俺を見つめてくる。

 そういう表情は好きになった男にしてあげなさい。

 ただ、そういう男が出来たら、お兄ちゃんにすぐ言うように!


「という訳で中軍はあまり、動きがないと思うが万が一のこともある。決して、無理はするな。もし、何か、あっても後陣にいるシュテルンくんの弓兵隊がフォローしてくれるはずだ。俺はヴェルと右翼の援護に向かう……また、後で会おう」




 俺はヴェルミリオンに乗り、竜騎兵ドラグーン隊を引き連れ、上空からコベール軍の左翼を窺っている。


「予想通り、敵方の左翼が突出しているな」

我が主マイ・ロード、明らかに不自然な布陣です」

「だろうね。あれは恐らく、ヘルボンの手勢だな。やっぱり、ベーオウルフのやつか」

我が主マイ・ロード……嫌な気配を感じます。邪な気配です」

「それは嫌なニュースだね。邪か」


 ざっと見て、千いるか、いないかというくらいの手勢だ。

 問題はそこに英雄であるベーオウルフとユーリウスがいるってことだ。

 そいつらが突出して、こちらの右翼を挑発するような動きを見せている。


 恐らく、動きだけではなく、『腰抜けどもがかかってこい』といったこてこての挑発も行っているんだろう。

 問題はブロームがそういう煽りへの耐性が低いってことだ。

 血気盛んというか、短慮というか。

 要は抑えられない性格の男だから、あまり持たないだろうな。


「ヴェル、近くまで頼む」

「イエス、我が主マイ・ロード。待ってください。もう戦闘が始まったようです」

「まずいな」


 非常にまずい。

 このままだとブロームがユーリウスに討たれる。

 当然、右翼が崩れ、シモンのいる本陣が側面どころか、背後から襲われるということになる。

 体勢的に厳しいが何とか、するしかない。


「ヴェル、少し、速度を抑えてくれ。ここから、狙い撃つ」

我が主マイ・ロード、これくらいでよろしい?」

「ああ。これなら、狙い撃てる!」


 ヴェルの上から、不安定な姿勢のまま、矢を三本つがえて、ユーリウスとブロームの中間を狙い撃つ。

 普通なら、矢を放ったところでどうにもならないんだがね。

 俺なら、何とか出来そうな気がするんだ。

 まあ、保険として、炎の属性魔法をおまじない程度にかけておこうか。


 びゅっと一直線に大地に向かって、風を切り裂きながら、突き進んだ三本の矢が目標地点に着弾すると俺の予想を斜め上に遥かに超えた威力を見せてくれた。


「おいおい、マジか。どうすんだ、あれ」

「バレなければ、平気です、我が主マイ・ロード


 そういう問題じゃないと思うんだよ、ヴェル。

 眼下には三本の矢を中心に激しい地割れが発生し、マグマが噴き出す地獄絵図が広がっていた。

 不幸中の幸いはその地割れに巻き込まれて、落下した兵がいなかったってことくらいか。

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