第23話 帷幕の夫人アデライド
モドレドゥス・ド・バルザックが手勢をまとめ、領地に戻るのを見送った俺にはやらねばならないことがある。
事が終わったであろうヴェステンエッケに早急に戻るよりも優先させるべき事項だ。
「クシカ先輩、あなたにしか出来ないことなんです」
ショックから、ようやく立ち直ったクシカ先輩にド・プロットが逆賊として、討たれるという避けようのない未来を突き付けると『大将だけをあの世に送る訳にはいかねえ。この俺もすっぱり、やってくれ』と自分を斬るように言って、首を縦に振ってくれないのだ。
「先輩、主に殉じるのが忠義ではありませんよ。そんなのは単なる自己満足なだけだ。あなたは生きなければならない。あなたが死んだら、ド・プロットは単なる悪逆非道な逆賊の名のまま、歴史に名を残すことになるんですよ」
「なあ、フレデリク。大将もな。あんな風になっちまったが、昔はああでもなかったんだぜ。どこで変わっちまったんだろうな」
昔を懐かしむかのようにどこか遠くを見つめるような寂しげな表情でそう語るクシカ先輩はやはり、そう悪いやつではないのかもしれない。
これは俺が下手に彼と接してしまったから、情けを持ってしまったせいか。
「分かったよ。お前さんの勝ちだ。お前さんに勝てる気なんて、これっぽちもしないがな。それで俺に何をさせたいんだ?」
「先輩には西の辺境伯になっていただきたい」
「は? どういうことだ?」
目が点になった先輩に簡単に事情を説明する。
説明するが、この先輩は難しいことは苦手ないわゆる脳筋だ。
「この話は先輩よりも奥方に説明した方が早いと思うんですよ」
「アディにか? 確かにアディは俺より、理解が早いと思うが」
そうと決まれば、話は早い。
俺はなぜか、急にびびりだしたクシカ先輩とヴェルミリオンに乗り、一路、クシカ邸へと向かうことにした。
さすが、ヴェルミリオンだ。
あっという間に到着してしまったが、先輩は目を回している。
どうやら、びびっていた理由は熊のような立派な大男のなりで高所恐怖症だったのだ。
高いところに加え、高速で飛行するものだから、耐えられなかったのだろう。
まあ、元々、頑丈な人だから、回復も早かったようだが……。
「アディ。今、帰った!」
玄関の扉を開け、屋敷全体に響きそうな大きな声で帰宅を告げる先輩の姿に抱いていたイメージが狂ってきた。
恐妻家だと思っていたが違うのか?
「あなた! おっかえりなさーい」
これまた、イメージしていたのと全く、違う貴族の御令嬢みたいな奥方が出てきて、先輩に思い切り、抱き付いた。
太陽の光を思わせるようなオレンジの髪をアップでまとめ、エメラルド色の瞳にはまだ、少女のような生き生きとした光を浮かばせたその姿は先輩と並ぶとまさに美女と野獣の言葉がふさわいいだろう。
美女というより、まだ美少女でも通る若い奥方のようだが……。
思っていた以上に若い奥方だったようだ。
ゲームでは設定だけでイメージ画すら、なかったからなぁ。
詐欺もいいところだ。
それはいいとして、この二人はいつまでいちゃつく気なんだ。
俺のことを忘れてないか?
二人だけの世界に入っているってやつだぞ、これ。
「あー、コホン」
「あれ? どなたですの?」
気付いてすら、いなかったらしい。
俺って、そんなに影薄いですかね!?
「アディ。こいつは俺の後輩のフレデリク・フォン・リンブルクだ」
「へぇ。あなたがあのリンブルク将軍なの? ふぅ~ん」
俺を値踏みするように全く、視線を逸らさずに見つめてくる。
噂以上に肝が据わった婦人のようだな。
見た目に騙されたら、いけないってことだ。
「お初にお目にかかります。フレデリク・フォン・リンブルク、以後お見知りおきを」
『それがどうしたの?』というくらいに眉一つ動かさないんだから、手ごわい相手だ。
「あなた! 高名なリンブルク将軍までいらしたということは何か、大事なお話がありますのね?」
一筋縄で行きそうにない相手だが、俺でどうにか出来るのか、やれるところまでやってみるしか、ないか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます