第11話 姫の家に俺参上!
青の将軍と呼ばれたエイジ改めエレミアはフレデリクから、預けられた弓兵隊を率い、教えられた場所へと急いでいた。
「わたしが死ななかったから、おかしなことになっちゃった?」
襲い掛かってきた男を事も無げに切り捨てたエレミアの独り言に答える者はいない。
彼女に従う弓兵は黙々と矢をつがえては放つという動作を続けている。
目前に陣取る賊は次々と血の海に沈んでいった。
しかし、エレミアはおかしな点に気付いていた。
統一された装備をしている訳でもないのに動きは訓練されたものとすぐ分かる身のこなしをしている。
襲撃者は単なる賊ではないのだ。
「雑魚とは違うのだよ! 雑魚とは!」
一瞬のうちに二人を軽く切り捨てたエレミアは返す刀で背後に忍び寄っていた者を上段から、袈裟懸けに斬り下げ、あっけなく倒した。
小柄なエレミアが使う得物はファルシオンである。
膂力の無いエレミアに合わせ、重量を軽減する
実力で将軍にまで上がった者の面目躍如となる活躍であった。
「しかし、キリがないね」
賊は数に物を言わせ、群がってくる。
質よりも量で押すつもりなのだろう。
フレデリクから預かった弓兵隊の練度を考慮に入れるまでもなく、負ける要素がまるでないのだが、これでは時間がかかって、面倒だとエレミアが思った時だった。
地響きにも似た多くの馬が駆ける音とともに賊の後方から現れた黒い甲冑をまとった騎馬隊の一団が現れた。
馬上槍を構え、整然と並び、駆けてくる騎馬兵の姿は味方には安堵を、敵には絶望を与えるのに十分なものだ。
一糸乱れぬ動きで二隊に分かれると左右から、賊軍を追い散らしながら突撃し、蹴散らし、蹂躙していく。
そのあまりの手際の良さに呆けていたエレミアはこれが噂の
「どうやら目的の場所に着いたみたいだね」
俺は近侍であるチェンヴァレンくんと弓兵隊長であるシュテルンくんの二人だけを連れ、ド・プロットが遷都を強行した古都ヴェステンエッケ入りを果たした。
その前に二つほどのイベントというか、変わった出来事があった。
エイジもといエレミアが俺と同じ日本からの転生者ということを知った。
不用意に殺さなくて良かったと胸を撫で下ろすとともに彼女を守ることを心に誓った。
彼女には北にある秘密の場所を教え、弓兵隊を預けることにした。
これがまず、一つ目の出来事だ。
もう一つは、セレスティーヌと出会ったことだ。
運命的な出会い方だったのはゲームと一緒だが、思っていた以上に姫が天使だった。
ゲームでも傾国の美女と絶賛されていたが、二次元美少女は三次元でも破壊力が尋常じゃなかった。
三人で馬上の人となり、向かうのはセレスティーヌことセレナ姫のおわすオルロープ家にあてがわれた邸宅。
『将を射んとする者はまず馬を射よ』を実行しようと思い立ったのだ。
セレナ姫とお近づきになるにはまず、そのお父上から味方にすべきだろう。
あの人が姫を陰謀の道具として利用しなければ、彼女が命を絶つこともなかったのだ。
逆に言えば、あの人を味方に付ければ、姫が犠牲になることもないはずと踏んだんだが、どうなることかね?
「よし、チェンヴァレンくん。それでは勝負に出るとしようか」
「勝負って、何です!? 敵が侵入したんですか?」
「チェンヴァレンくんはまだ、十七だったかね? それではまだ、分からないかもしれんね。男の勝負と言えば、アレだよ」
「アレ……?」
「……アホばかり」
シュテルンくん、小声でもしっかりと聞こえているんだが……。
まあ、そこを問い詰めたりはしないよ。
目くじらを立てるほどのことでもないからね。
「プロポーズだよ」
チェンヴァレンくんは器用なやつだな。
両頬に手を添えて、ひいいいと叫んでいるその姿は前世で見たシュールな名画にそっくりだ。
乗馬中にやるとそれは危ないと思うぞ?
チェンヴァレンくんを先に遣って、事前の連絡はしてある。
むしろ、先触れもなしに突然、乗り込んだりしたら、それこそ大問題だろう。
オルロープ卿は帝国の重鎮だ。
貴族としての格も高いし、何より内務卿という重職にあるのが大きい。
尊敬が出来る人格者であるとともに帝国の未来を憂う憂国者の鑑とも言うべき人である。
何より姫の(義理とはいえ)お父上だ。
失礼があってはいけない。
助けたいと俺が願う人の一人でもあるしな。
シュテルンくんに合図をし、狙撃しやすい位置に隠れてもらう。
何があるか、分からないから、用心するに越したことはないだろう。
ド・プロットは小心者だ。
どういう手を使ってくるか、分からん男だからなぁ。
さて、それでは集中しないといけない。
これからが大事な勝負だ!
「フレデリク・フォン・リンブルクがイグナーツ・オルロープ様に拝謁致します」
出来るだけ平身低頭して、害意が無いということをアピールしないとな。
オルロープ卿は俺のことをド・プロット一の子分みたいに思って、警戒しているに違いない。
「これはこれは偉大な将軍閣下がささ、こちらへどうぞ」
イグナーツ・オルロープは老年に差し掛かった白髪頭に柔和な表情を絶やさない好々爺といった印象が強い人だ。
しかし、内務卿を任されているだけあって、実務能力には定評がある。
人柄が良いだけでなく、殺される運命にあったセレナ姫を助け養女にするという気骨のある人だ。
だからこそ、助けたいと思う。
俺が動かなければ、この人も西方軍に殺されてしまう運命なのだ。
どうにかしないといけない。
邸内に招き入れられ、お茶を御馳走になる。
さすがは文化人としても一流の人。
いいお茶を使っているらしくて、実に美味しいお茶である。
あまりにのんびりした雰囲気に思わず、和みそうになってしまったがそんな場合ではない。
気を引き締めねば、なるまい。
「閣下は私に何か、御用がおありなのですかな?」
「オルロープ卿の目は欺けませんね。お……いえ、私が今日、こちらに参りました理由は一つです。卿は帝国の未来を憂う方だ。陛下の身が心配で眠れぬ夜を過ごされている。違いますか?」
好々爺にしか、見えなかった卿の瞳が鋭い光を帯びた気がする。
警戒心がMAXとでもいうところか?
「ほっほっほっ。私を宰相閣下に二心を抱いているとお疑いですかな? 滅相もございません。私は忠実なる臣でございますよ」
「私が宰相から差し向けられて、様子を探りに来たものとお疑いのようですな。では一つ、話をしましょう。こちらの都に来てから、クカリ将軍をご覧になりましたか?」
「はて、そういえば、宮中でも見かけませんでしたが御病気ですかな?」
「俺が殺したんですよ。あまりの非道にこれ以上は許せなくなりましてね」
俺の意外な答えにオルロープ卿の目に浮かんでいた鋭さと胡乱さが和らいだ気がする。
「これはお戯れを。そのようなことを口にされては御冗談では済みませんぞ」
「いいえ、本気ですよ。ゾフィーア皇女をお救いするのにあたり、俺が自ら手を下して、殺しました」
「なんと……閣下。それでは何をしにこちらへいらしたのですか?」
「卿はド・プロットを排するべく動こうとされているのでは? しかし、卿のお力だけではヤツの強大な力に抗しきれない」
「……」
「古人がいい言葉を残していますな。『毒を以て毒を制す』とね。俺を使いませんか? 『腕に覚えあり』ですよ」
セレナ姫を使って、俺とド・プロットを争わせる必要がなくなるんだ。
実の娘でもないセレナ姫を本当の娘のように愛しているオルロープ卿がこの提案を蹴るとは思えないが……どう出ますかね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます