第18話 マティアスの本音
「……女性の口説き方も、確かに教えましたが……わたくしに対して使わせる為に教えたわけではありません。もっと相応しい方たちへ語って差し上げて下さい。……ソルアート様とか」
「……クアドラは、結構ソルアートさん推しだね。僕の婚約者に……」
自分の二度目の告白を遠回しに拒絶したクアドラへ、マティアスは不貞腐れた声で述べた。
「能力、教養、血筋、全ての面において非の打ち所がありませんから。人格的にも優れていると思いますし」
「……そうだね」
ソルアートの一挙手一投足を思い返し、マティアスも頷きはする。〝
(僕に対してだって、きちんと距離感を測って接してくれるしね……)
マティアスがまだ……クアドラへの失恋から立ち直れていないという細かい点までは解っていないだろうが……自分の伴侶を選ぶことに躊躇していると敏感に察して、ひとまずは友人として付かず離れずに接してくれている。ソルアートはそういう『気が付く』女の子なのだ。
……当初の敬語禁止についても、それくらいならばマティアスは不快には感じないと悟ってやっていたのだろう。恐るべき人間観察力である。
(多分、幼い頃から教皇の娘として、
他者の心を推し量り、相手が望む対応を取る能力に長けている。一緒に居てああも不快感を覚えさせず、心地好さすら覚えさせるのは、ソルアートがまさしく聖女と呼ばれるに相応しい少女であると、マティアスにも納得を感じさせた。
(ただ……だからこそ――)
「――少なくとも現時点では、僕がソルアートさんを伴侶に選ぶ可能性は極めて低いよ」
「……どういうことですか?」
言い切ったマティアスに、クアドラは眉根を寄せる。
一五歳の〝
「……僕は、自分に〝
マティアスは、まだ温かい紅茶を一口啜る。……カップも可能な限り温めて、中身が少しでも長く冷めないようにされたクアドラの心遣い……。〝
「……でも、だからといって僕が〝
「……そうですね。その通りです」
首肯するクアドラに、マティアスはそれらを踏まえた上で続けた。
「〝
マティアスは、その温もりにすがるように紅茶のカップを両手で握る。
「……そんな情けない僕にはさ、ソルアートさんは――勿体ないよ。ソルアートさんが僕には釣り合わないんじゃない。僕の方がソルアートさんに釣り合わないんだ。彼女には……僕よりもずっと相応しい男性が何処かに居る。そんな気がしちゃうんだよね……」
今日――否、既に昨日となった日中に、〝
「……マティアス。あなたは間違いなく〝
クアドラが首を横に振って嘆息した……が、そこに呆れの感情は見られない。マティアスが覚えたソルアートへの劣等感は、彼女にも充分に伝わったようである。
「そうですね。ならば今後は、あなたへの指導をより厳しくすることにしましょう。あなたがソルアート様へそのような劣等感を覚えることが無くなるように。――あなたが〝
「……お手柔らかにお願いします……」
恐れているような言葉を紡ぎつつも、マティアスは下げた頭で見えぬ口元に笑みを浮かべていた。クアドラの、一見すると厳しい台詞が、彼女なりの激励なのだと解らぬほど、短い付き合いではないのだから……。
(とはいえ、だからこそちょっと罪悪感を覚えちゃうな……)
「……劣等感がどうにかなったとしても、僕がソルアートさんを選ぶ可能性は低いし……」
「――マティアス、その辺りも詳しく教えて頂けますか?」
「っっ……!?」
マティアスは、油断して口に出していた失言を手で押し留めようとしたが……後の祭りだ。半眼で自分を見据えるクアドラの圧迫感に、目を左右に泳がせて……沈黙は無駄だと悟って、吐露する。
「やっぱり、その……ソ、ソルアートさんは外見が幼過ぎるから……どうしてもそういう対象としては、見れない、です。……はい……」
……クアドラの口から再度吐き出された溜息は、今度は呆れ以外の如何なる感情も含まれてはいなかった。
「……なるほど。それは仕方が無いですね。〝
「ごめんなさい、ごめんなさい! どうかその辺りで勘弁して下さい!!」
土下座しそうな勢いで平身低頭する〝
「わたくしとしては、ソルアート様と同じくらいレナ王女殿下もマティアスの伴侶に相応しいと思っています。レナ王女殿下はプロポーションもなかなか恵まれておられると思いますが、マティアスとしてはどう思いますか?」
「ああああっ!? レ、レナ王女殿下は、今のところ接点が薄過ぎるし、本当のところの人柄も解らないから、自分の伴侶には考えられないよ!!」
「では、ラーン様は如何ですか? 外見的には一番マティアスの性癖に合致しているはずです。ホリー様も、ラーン様の妹として将来性には充分期待出来ると思いますが? ニーテ様――は、ええ……そうです、ね……」
「……………………」
メイドとしてのラーンたちは、立場上クアドラの下に就いている為、呼び捨てだが……これは〝
「……。うん、そうだね……。あの三人を恋人や奥さんにするのは……その、凄く疲れそう、かな……?」
「………………」
申し訳なさそうに告げたマティアスに、クアドラが黙したのは……彼女の方もそこは同意であったからかもしれない……。
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