第18話 マティアスの本音

「……女性の口説き方も、確かに教えましたが……わたくしに対して使わせる為に教えたわけではありません。もっと相応しい方たちへ語って差し上げて下さい。……ソルアート様とか」

「……クアドラは、結構ソルアートさん推しだね。僕の婚約者に……」

 自分の二度目の告白を遠回しに拒絶したクアドラへ、マティアスは不貞腐れた声で述べた。

「能力、教養、血筋、全ての面において非の打ち所がありませんから。人格的にも優れていると思いますし」

「……そうだね」

 ソルアートの一挙手一投足を思い返し、マティアスも頷きはする。〝聖母マグダレナ〟の座を巡っての競争相手であるはずのラーンやニーテ、兎夜にも、彼女は穏やかに敬意を持って接していた。……ホリーに対してのみ、ややアレだが……それについてはむしろ、ホリーの方に問題が多々あると言える。

(僕に対してだって、きちんと距離感を測って接してくれるしね……)

 マティアスがまだ……クアドラへの失恋から立ち直れていないという細かい点までは解っていないだろうが……自分の伴侶を選ぶことに躊躇していると敏感に察して、ひとまずは友人として付かず離れずに接してくれている。ソルアートはそういう『気が付く』女の子なのだ。

 ……当初の敬語禁止についても、それくらいならばマティアスは不快には感じないと悟ってやっていたのだろう。恐るべき人間観察力である。

(多分、幼い頃から教皇の娘として、幻陽教ミラージュ・サンの信者たちと数多く接してきた経験の賜物なのかな……?)

 他者の心を推し量り、相手が望む対応を取る能力に長けている。一緒に居てああも不快感を覚えさせず、心地好さすら覚えさせるのは、ソルアートがまさしく聖女と呼ばれるに相応しい少女であると、マティアスにも納得を感じさせた。

(ただ……だからこそ――)

「――少なくとも現時点では、僕がソルアートさんを伴侶に選ぶ可能性は極めて低いよ」

「……どういうことですか?」

 言い切ったマティアスに、クアドラは眉根を寄せる。

 一五歳の〝聖父アマデウス〟は、適切な言葉を探すようにゆっくりと声を綴った。

「……僕は、自分に〝聖父アマデウス〟として相応の能力があるなんて思ってない。周りが大仰に祭り上げてるだけ……そんな認識でいる。本音を言えば、自分が本当は〝大預言者メサイヤ〟アマデウスの生まれ変わりじゃないんじゃないかって……不安も抱えてるよ。……前世の記憶なんて全然無いからね」

 マティアスは、まだ温かい紅茶を一口啜る。……カップも可能な限り温めて、中身が少しでも長く冷めないようにされたクアドラの心遣い……。〝聖父アマデウス〟とされている少年は、それで尚更彼女を愛おしく想う。

「……でも、だからといって僕が〝聖父アマデウス〟の立場を投げ出すことは――許されないでしょ? 今の人類には希望が必要だから。……ソーマに神砂海ニルヴァーナへ追い詰められ、楼閣シェルターに引き籠もって暮らすしかなくなった今の人類には、それに終わりがある……ソーマを駆逐して再びこの惑星せかいの各地へと散らばっていける明るい未来があると……信じさせなきゃいけない。そうしないと、いつ絶望して、爆発して、滅茶苦茶になるかも解らない危うい状態なのが、今の人類だから……」

「……そうですね。その通りです」

 首肯するクアドラに、マティアスはそれらを踏まえた上で続けた。

「〝聖父アマデウス〟は、現状では結局のところ、その為のプロパガンダだ。人々の不安を和らげる為の捌け口だよ。僕は……その事実に怯えてる部分が、やっぱりある。これで、もし僕が本当は〝聖父アマデウス〟じゃなかったら……僕の子供が〝救裁者メギド〟じゃなかったら、どうなるんだろうって……想像するのも怖い。怖いんだ……」

 マティアスは、その温もりにすがるように紅茶のカップを両手で握る。

「……そんな情けない僕にはさ、ソルアートさんは――勿体ないよ。ソルアートさんが僕には釣り合わないんじゃない。僕の方がソルアートさんに釣り合わないんだ。彼女には……僕よりもずっと相応しい男性が何処かに居る。そんな気がしちゃうんだよね……」

 今日――否、既に昨日となった日中に、〝聖父アマデウス〟様ゲームに興じていた間のソルアートを思い返して、マティアスはその考えを強める。……あの時、結局のところは自分のことだけで精一杯だったマティアスに対し、ソルアートはマティアスを含めた他のメンバーのことすらも慮って言動を展開していた。ソルアートとマティアスでは……少なくとも現時点では、役者が違い過ぎる。マティアスが彼女を伴侶に迎えるなど……役者不足なのだろう。

「……マティアス。あなたは間違いなく〝聖父アマデウス〟です。転生した〝大預言者メサイヤ〟アマデウスに他なりません。それなのに……何という情けないことを言っているのですか」

 クアドラが首を横に振って嘆息した……が、そこに呆れの感情は見られない。マティアスが覚えたソルアートへの劣等感は、彼女にも充分に伝わったようである。

「そうですね。ならば今後は、あなたへの指導をより厳しくすることにしましょう。あなたがソルアート様へそのような劣等感を覚えることが無くなるように。――あなたが〝聖父アマデウス〟として、きちんと、相応の自信が持てるように」

「……お手柔らかにお願いします……」

 恐れているような言葉を紡ぎつつも、マティアスは下げた頭で見えぬ口元に笑みを浮かべていた。クアドラの、一見すると厳しい台詞が、彼女なりの激励なのだと解らぬほど、短い付き合いではないのだから……。

(とはいえ、だからこそちょっと罪悪感を覚えちゃうな……)

「……劣等感がどうにかなったとしても、僕がソルアートさんを選ぶ可能性は低いし……」

「――マティアス、その辺りも詳しく教えて頂けますか?」

「っっ……!?」

 マティアスは、油断して口に出していた失言を手で押し留めようとしたが……後の祭りだ。半眼で自分を見据えるクアドラの圧迫感に、目を左右に泳がせて……沈黙は無駄だと悟って、吐露する。

「やっぱり、その……ソ、ソルアートさんは外見が幼過ぎるから……どうしても対象としては、見れない、です。……はい……」

 ……クアドラの口から再度吐き出された溜息は、今度は呆れ以外の如何なる感情も含まれてはいなかった。

「……なるほど。それは仕方が無いですね。〝聖父アマデウス〟には〝救裁者メギド〟を誕生させるという何よりも大事な役割がありますから。マティアスのに合致した相手が〝聖母マグダレナ〟であることも非常に大切です、はい」

「ごめんなさい、ごめんなさい! どうかその辺りで勘弁して下さい!!」

 土下座しそうな勢いで平身低頭する〝聖父アマデウス〟。……ちなみに、マティアスの性癖は……目の前のクアドラの出る所は出て引っ込む所は引っ込んだボディラインを見れば一目瞭然だろう。

「わたくしとしては、ソルアート様と同じくらいレナ王女殿下もマティアスの伴侶に相応しいと思っています。レナ王女殿下はプロポーションもなかなか恵まれておられると思いますが、マティアスとしてはどう思いますか?」

「ああああっ!? レ、レナ王女殿下は、今のところ接点が薄過ぎるし、本当のところの人柄も解らないから、自分の伴侶には考えられないよ!!」

「では、ラーン様は如何ですか? 外見的には一番マティアスの性癖に合致しているはずです。ホリー様も、ラーン様の妹として将来性には充分期待出来ると思いますが? ニーテ様――は、ええ……そうです、ね……」

「……………………」

 メイドとしてのラーンたちは、立場上クアドラの下に就いている為、呼び捨てだが……これは〝聖母マグダレナ〟候補としての彼女たちのことを問うものであるが故、クアドラも敬称を付けた。……が、内容が内容だけに、クアドラの声は尻すぼみになる。マティアスも、どうにも切ない気持ちになった……。

「……。うん、そうだね……。あの三人を恋人や奥さんにするのは……その、凄く疲れそう、かな……?」

「………………」

 申し訳なさそうに告げたマティアスに、クアドラが黙したのは……彼女の方もそこは同意であったからかもしれない……。

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