第27話 三姉妹の事情・後編

 ニーテが溜息混じりに言う。

「私たち三人は、元々はです。同じ両親から生まれた、血を分けた姉妹ですよ。ただ……

「三人とも、光焔炉リアクターを持って生まれたから……」

 ラーンが端的に述べた理由に、マティアスは頷き返す。

 いつか、夜の神砂海ニルヴァーナの上でマティアスとクアドラが話したことだ。人類統一王国ワン・フォー・オールにおいては、たとえ貴族の血筋の直系だったとしても、光焔術士ソラリスでも凍牙騎士クルセイダーでもない者は、貴族籍を剝奪される。

(その結果、後継者が一切居なくなる貴族の家も……まぁ、少なくないんだよね……)

 そんな時、その家系がどうするかといえば、余所から光焔術士ソラリス凍牙騎士クルセイダーを養子として迎え入れ、後継者に据えるのであった。多くの場合、他の貴族の長子以外の子供を迎えるのが定石であったが、平民出身でも優れた才を持つ光焔術士ソラリス凍牙騎士クルセイダーならば、選択肢に入れる貴族は少なくない。

(ラーンさんたちはそのパターン――とは、違うんだけど……)

 マティアスは、である為、妙な罪悪感を抱いてしまう……。

 マティアス=〝聖父アマデウス〟の実在が明らかになった折、大多数の貴族は、彼の伴侶に自らの娘が迎えられることを夢見た。少なくとも、同じ一族から〝聖母マグダレナ〟が現れることを夢想したのである。……だが、当然のことながら、全ての貴族にマティアスと釣り合う年齢の女の子供が居たわけではない。

 そういう貴族たちが、それでも己の一族の娘を〝聖父アマデウス〟へと嫁がせようと、画策して実行した裏技が要するに――

(……〝聖父ぼく〟と年齢的に釣り合う女の子を自分の養子にして、〝聖母マグダレナ〟の候補者になれるように育て上げることだったんだ……)

 なのだが、当時の情勢的に、マティアスと同年代の貴族の少女たちが他家に養子に出された事例は稀であった。……それはそうである。自分たちの家と〝聖父アマデウス〟を結び付けられるかもしれない存在が自家に居たのなら、それをわざわざ余所の家にくれてやろうとなど、そうそう思わないのだから。

 結果として、〝聖父アマデウス〟の伴侶を自家から出したい……けれどもマティアスと年齢的に釣り合う女児が血族に居ない貴族たちは、平民の中に生まれた光焔術士ソラリス凍牙騎士クルセイダーの才を持つ少女たちを、積極的に養子に迎えたのである。

(ラーンさんたち姉妹はそのパターンだ。……だから、〝聖父ぼく〟と結ばれることが出来ないと、たちまち家内での立場を失う――)

「――えぇと、多分、マティアスくんが思ってるほど、わたしたちシビアな立場じゃないからね? 〝聖母マグダレナ〟になれなかったら、即刻家から放逐されるとか……そういうことは無いよ」

「……え。そうなの?」

 目をパチクリさせる女装〝聖父アマデウス〟に、述べたラーンも、続けてニーテも首肯してみせる。

「他の家がどうかは、流石に解りませんけど……私のミラード家、姉さんのアンシャリア家、それにホリーのアーノルド家は、そこまで非情ではありません」

「うん。まあ、えぇと……〝聖母マグダレナ〟になれなかったら、腫れ物扱いはされそうだけど……」

「その上、改めて嫁ぎ先を探すのも難航しそうですが……」

(……あぁ、うん、まぁ……そっか……)

 マティアスも察する。アイシア聖母学院のみでなく、マティアスと一つ屋根の下で暮らして接しているラーン、ニーテ、ホリーには、〝聖母マグダレナ〟になれなかった場合、そのような事実が一切無かったとしても、という疑惑が付き纏う。それは、彼女たちが改めて女性としての幸せを模索する時に、どうあっても不利になる部分であろう。

(……妻とする女性に純潔性を求める男性は、何だこうだで一定数居るっていうし……)

 その点を鑑みると、ラーンたち姉妹は他の〝聖母マグダレナ〟候補者たち以上の背水の陣で以って、〝聖父アマデウス〟の伴侶を選ぶ競争に臨んでいると言える。

 深々と溜息を吐くニーテとラーンに、マティアスは貴族社会のしがらみに翻弄される元平民の少女たちの悲哀を感じたのだった……。

「……わー、何かお姉ちゃんたち、重い話してる……」

 ――そこに、てくてくと帰ってきたのはホリーである。行列へと並び、待ち、確保してきた何らかのスムージーをストローで啜り上げつつ、大きな瞳を半眼にしていた。

 他人事ではないはずなのに他人事のような反応の末妹に、長女ラーン次女ニーテは疑わしそうな表情に変わる。

「……ホリー、貴方はどうしてそうも気楽なの……?」

「……えぇと、ホリー? ホリーももう貴族の令嬢で、その上わたしたちの家よりも爵位が上の家の娘なんだから、ちゃんと自分の将来のことに向き合っておかないといけないと思うの」

 呆れ気味なニーテ、心配げなラーンに、ホリーはあっけらかんととんでもない返答をしたのである――


「だってー。あたしもお姉ちゃんたちも、それだけじゃなくて〝聖母マグダレナ〟クラスの皆も、全員揃ってマティアスお兄ちゃんに貰ってもらえば万事解決だよ? ね、ティアお姉ちゃん!」


 ――マティアスは、飲んでいたバナナとヨーグルトのスムージーを盛大に噴いた。

「げふっ! ごほっ! がはっ!? な……なっ、何言い出してるのホリーいきなり!?」

 動揺から目をぐるぐると回す〝聖父アマデウス〟に、ホリーの方こそ「マティアスお兄ちゃんが何で混乱してるのかが解らないよ?」という顔を向ける。

「だってだってー。〝大預言者メサイヤ〟アマデウスが遺した預言では、『〝救裁者メギド〟は一人だけ』って限定は無かったもん。それなら、〝救裁者メギド〟はいっぱい居た方が良くない? 皆で〝聖母マグダレナ〟になって、皆でたくさん〝救裁者メギド〟を誕生させて、それで万事OKだよね?」

「……………………」

(……男女関係のモラルとか、個々の感情とか、その他諸々の問題はあるけど――)

 それら全てを『人類の救済』という大義名分の下、度外視した時――ある種の筋が通り、理にも適っているから、マティアスは困った……。

「……って、駄目! やっぱり駄目!! というか、ラーンさんもニーテさんも黙り込まないでよ!? 何か、真面目な顔で検討してない!?」

「――え!? えぇと……わ、わたし、そんな顔してた……?」

「……ご、誤解です! 私はホリーの妄言に絶句していただけで、検討などしていません!!」

 ラーンとニーテが反論して……狭い路地に巻き起こった騒動は、大通りを往く人々が何事かと覗き込むほどにヒートアップしていくのであった……。

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それでも恋せよアマデウス~救世主の父親と預言された少年は、自分の婚約者を育成する学校に通い……だけれど本当に好きな人には振り向いてもらえない 天羽伊吹清 @ibukiyo

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