第9話 アマデウスの証明

「はぁっはっはっはー! 妾の力、恐れ入ったかソーマよ――んにゅっ?」

 見る見る内に数を減らしていく巨大な蜂型のソーマの群れであるが――その内の一体が弾け飛んだ。鳳仙花の如く、その衝撃で種を撒き散らす。散弾のような種子を、ソルアートは光焔コロナの蝶の一団を割り込ませて防御したが……ほんの数個の種がそれを搔い潜った。ソルアートの矮躯の至近距離で、新手の緑の巨大蜂が生誕する。

「くっ……!?」

 ソルアート自身の光焔コロナの翅が翻るが……全部は薙ぎ払えない。……一体だけ、姿勢を崩したソルアートへと肉迫した。

 我が身を駆使して振るう武器である凍牙クレセントは、それを使いこなす修練=凍牙騎士クルセイダー自身の身体能力も引き上げる修行となる。その為、凍牙騎士クルセイダー凍牙クレセントが無くとも肉体自体がポテンシャルに優れているのだ。

 ……反面、光焔術士ソラリス光焔コロナをいくら洗練させようと、光焔術士ソラリス自身の身体能力の向上に直結しないのである。結果、運動方面に難を抱える光焔術士ソラリスは、案外多い。

 ソルアートは、勤勉な光焔術士ソラリスなのだろう。その動きは決して鈍くはないが――凍牙騎士クルセイダーにはどうしても劣る。そして、凍牙騎士クルセイダーたるマティアスすら翻弄した植物の巨大蜂にとっては、その程度のソルアートの動きなどスローモーションに過ぎない。

 彼のソーマの鎌のような前肢が、容赦なく小さき蝶の聖女へと振り下ろされた――

「――させるかっ!」

 ……否、振り下ろされる寸前、蒼白き流星がそのソーマを貫いた。巨大蜂の緑の体躯を貫通して大講堂の屋根に刺さったのは……〈北兎丸〉。マティアスからの救援に他ならない。

 ソルアートの抹殺を果たすこと無く、彼女へと紙一重に迫った植物の魔蜂は凍って砕けるが……それは決して、〝金翅蝶の聖女セインテス・バタフライ〟自身にとっては喜ばしい事態ではなかった。間合いの外、本来ならば〈北兎丸〉が届かない距離に居たソルアートを助ける為に、マティアスは己の凍牙クレセントを投擲し、手離してしまったのだから。

「〝聖父アマデウス〟殿……!!」

 慌てて崩れた体勢を立て直すソルアートの警告は、僅かに遅いか……? 凍牙ぶきを……ソーマじぶんたちへの対抗手段を手離したマティアスへ、巨大蜂の群れは狙いを変える。咄嗟に、ソルアートは〈北兎丸〉へと手を伸ばし、それをマティアスへ投げ返そうとするが――

「んきゃっ……!? し、しもうた……!!」

 ――。反射的だった自身の対応が誤りだったことに、金色髪の聖女は歯噛みする。

 高熱の光焔コロナと低温の凍牙クレセント……真逆の性質を持つ両者は、のだ。宿。……反対に、使のである。、それが違えようの無い絶対の法則……。

 故に、ソルアートの寸前の行動は明確な悪手であった。〈北兎丸〉はますますマティアスから離れ、ソルアートも再び体勢を崩してしまい……マティアスをフォローすることが出来ない。

「〝聖父アマデウス〟殿っっ!!」

 ソルアートの悲鳴が天を衝く。

聖父アマデウス〟へ、何があろうと喪われてはならない人類の希望へと、絶望ソーマの暴威が大挙して押し寄せた……。


「……大丈夫です。もう――から」


 ソルアートへ凛とした声を返したマティアスの外見が――する。

 白銀に煌めいていた猫っ毛の髪が――ソルアートに負けぬほど眩い黄金色に輝き……。

 青空めいていた双眸が――夕焼け空の色に、燃え上がった。

 何より――


 ――〈北兎丸クレセント〉を手離したその両手のひらより、の渦が噴出する。


 ……半瞬と間を置かず、マティアスの姿が消え失せた。金髪赤眼に変わった彼が巨大蜂たちの包囲網の外に出現した直後――勝利目前であったはずのソーマたちは金色の猛火に包まれる。

 昨日の竜型個体と同様に、巨大蜂型個体たちの絶叫も、他の如何なる生き物のそれとも違っていた。

「……ま、間に合っておったのじゃな……。ふぅぅ……」

 安堵の息を吐いたソルアートの視界から、再度マティアスが消失する。凍牙騎士クルセイダーとして鍛え上げられた敏捷性に、両手から噴き出す光焔コロナの推進力が加わって……その速度は、巨大蜂型のソーマすら遠く置き去りにした。焦った様子で何度目かの増殖を企てた残る植物の蜂たちが、それを果たせず次々に松明へと化ける。身体を開き切る前にその内側へ光焔コロナが叩き込まれて、僅かに零れた種も発芽する前に燃え尽きた。

 前述した通り、光焔コロナ凍牙クレセントは相反する。その両方を扱える者は居ない。……ただ、例外として、その二つを人類にもたらした〝大預言者メサイヤ〟アマデウスは、光焔コロナ凍牙クレセントを同時に振るうことこそ無理だったが、自らを光焔コロナを扱える形態と凍牙クレセントを扱える形態とに切り替えることで、双方を別々になら使用することが可能だったという……。

 ――そして、神砂海ニルヴァーナへ移住してからも長きに亘って続いてきた人類史の中で、〝大預言者メサイヤ〟以外でただ一人同じことが行えたのが……マティアスなのである。

 銀髪青眼の時は凍牙クレセントを握り、金髪赤眼の時は光焔コロナを放つ、今の人類においてたった一人の凍牙騎士クルセイダーにして光焔術士ソラリス……。


 ――その事実こそが、マティアスが〝大預言者メサイヤ〟アマデウスの生まれ変わり、〝聖父アマデウス〟だとされる根拠なのであった。


 凍牙騎士クルセイダーの肉体的ポテンシャルに光焔術士ソラリスの変幻自在性を上乗せ出来るマティアスは、端的に言って……強い。

凍牙騎士クルセイダー形態と光焔術士ソラリス形態を切り替えるのに、まだ少し時間が掛かるのが難点だけど!)

 それ故に、ソルアートの援護が必要不可欠であったのだが――それさえ完了してしまえば、〈北兎丸〉を使っていた時とは比較にならぬほどに、マティアスは巨大蜂型ソーマを圧倒する。神速で宙を翔け、緑の巨大蜂たちを燃やし、弾き飛ばしていく〝聖父アマデウス〟の勇姿。ソルアートは金の瞳を細め、暫しそれに見惚れる……。

 ――いつの間にか、植物の巨大蜂の集団は、大講堂の斜め上の虚空に寄せ集められていた。

 駆逐する最大の好機……!

「ソルアートさん! 合わせて下さい!!」

「心得た!!」

 マティアスの呼び掛けに応じ、ソルアートの背から夥しい数の光焔コロナの蝶の大群が飛び立つ。それらは螺旋を描くように舞い飛んで――渦巻く金色の塔と成った。

「《竜巻の如くゴルド・トルネード》!!」

 それを上空から見下ろしながら、マティアスは己の胸の前で合掌した。〝聖父アマデウス〟の両手の間から雷霆の如き火花が散り、じわじわと開かれたそこに、豆粒のような黄金の球体が生じる。

「《輝珠きじゅ》――はぁぁっ!!」

 ソルアートの光焔コロナの竜巻が密集するソーマへと衝突し、それを加速的に削っていく。そこへ投げ込まれたマティアスの小光球は――一瞬で極大に膨れ上がって、異形の植物たちを光の中へと還した。

聖父アマデウス〟と〝金翅蝶の聖女セインテス・バタフライ〟の大いなる光焔コロナは、アイシア聖母学院の全敷地を黄金色に染め上げて……それが普通の色彩に戻った時、巨大なる蜂のソーマは一体どころか欠片も残さずに消え去っていたのである……。

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